三十四話
実生活でのルミと靖聡はルミが休学したこともあり、卒業以来1度も顔を合わせる機会はなく、その後の消息も知らないまま過ごしていた。ルミの事などすっかり忘れ、優希と靖聡は長過ぎる春に終止符を打ち、今春結婚したばかりだった。
「なんで、あんな夢見たんだろ…」
結婚間もない靖聡は怪訝に思いながらも起き出すと、出発の準備に取りかかる。
今日は、靖聡と優希が結婚したことを墓前に報告する為、靖聡の父の郷里へ車で出かける事になっていた。5時間ほどかかる為にいつもより早起きした優希は靖聡を叩き起こすと「泊まりがけになるかもね」などと話しながら車に乗り込んだ。
転勤の多い仕事だった靖聡の父親は1〜2年に1度は引っ越しを余儀なくされた。それに合わせて外国を転々とするのは勉学に影響するのではないか…そんな両親の意見から、靖聡は中学校入学まで父方の祖父母の家で暮らしていた。5年間共に暮らした祖父母は、靖聡を可愛がってくれた為、祖母には結婚式を見せてあげたいと思っていたが、1年前に急逝したことから喪が明けてすぐ結婚した優希と二人、祖父の待つ父の郷里へ向かう事にした。
連休初日だったため混雑を心配していたが、早起きが功を奏したのか車の流れはスムーズだ。首都高から東名高速に入る頃
「よかったね、空いてる」
先に起きて朝食用のお弁当を作っていた優希は、持参したトートバックから小さなおにぎりとペットボトルのお茶を取り出した。
「叩き起こされたおかげだな」
靖聡はフライパンの音がすごく大きかったと戯けて言うと
「だって、本当に息してないみたいだったのよ。こうやって体揺すって大声で呼んでるのにピクリともしなかったんだもん」
優希は起こし方を再現しようとハンドルを握る靖聡の体を揺すってみせ、不思議そうに首を傾げた。
「………あのさ、変な夢、見たんだ…」
靖聡はバックミラーで後方の車を気にしながら車線変更をする。
「大学の頃、ルミって居ただろ? …あのコ、今どうしてるんだろう?」
靖聡が言うと優希が睨みつけた。数々の嫌がらせを受けた記憶は消えず、ぼったくりバーや浮気の件も手伝い、優希は未だに嫌悪感を拭えないようだ。
「もー、そんな名前訊きたくない。知らないわよ、あんな人」
優希はつっけんどんに言うと顔を背け窓の景色を目で追い始めた。
「……実は…」
靖聡は、ルミの祖父が購入した海辺の家で暮らす様子や子宮頸癌のルミが訪ねてきた事、優希と別れ話をするシーン等、夢の内容を事細かに話して聞かせると
「なんか、気持ち悪い…」
優希は腕組みし、小声で呟いた。
5時間かけてやっと辿り着いた父方の郷里へ到着すると、祖父を始め、親戚が出迎えてくれた。
「おじいちゃま、先日の結婚式にはわざわざおいで下さいましてありがとうございました」
優希は畳に正座するや否や80近い靖聡の祖父にお辞儀をすると
「お口汚しにでも…」
東京から持参したのは昨日、行列の出来る店で購入しておいたチーズケーキと和菓子だった。家を継いだ長男とその嫁、靖聡には伯父と伯母にあたる親戚らと談笑していると、伯母が
「そうそう。靖ちゃん。この間、こんなものが送られてきたの。電話で知らせようかと思ったんだけど…」
伯母はそう言いながら仏壇の引き出しから白い封筒を持ってきた。宛先は靖聡だった。差出人は不明だった。
「なんでここへ送られてきたのか分からないんだけど…」
伯母から受け取った封筒を開けた靖聡は息が止まりそうになった。出てきたのは夢で見たのと同じ、片方だけの真っ赤な珊瑚のイヤリングだったからだ。
「あ…」
優希は小さく声を上げると靖聡を見つめる。その目は、大きく見開き、何かを訴えているようだった。
「…これは…」
優希も靖聡も声が出なかった。その場に居合わせた親戚一同には意味が分からないながらも
「ここには住んでないのになんで靖くん宛のがうちへ送られてくるのか…ねぇ…」
当惑気味だ。やがて、優希は靖聡の手から封筒を取り上げると言った。
「消印は山形ね。…ルミの故郷……。私、ちょっと調べてみるわ」
優希はそう言うが早いか携帯電話を取り出すと、幼なじみで同級のスミレに電話を架けはじめた。




