十二話
「これ、どこで買ったの?」
靖聡はカーペットの上に落ちていたイヤリングを妻・ヒカリに手渡しながら尋ねる。
薄暗い寝室の鏡台に座って髪を梳かしていたヒカリは鏡越しに靖聡を見つめると、目を細め、その手元をジッと見つめた。
「貰ったの」
一瞬体の動きを止めたヒカリだったが、小さなイヤリングに目を凝らすと涼しい顔で答えた。
後ろからそれを見ていた靖聡は、白いパジャマを着ているヒカリの肩がハンガーのようにやせ細っているのをしげしげと見つめながら
「肉体は滅びても魂は滅びないわ」
結婚を決める直前、病床にあったヒカリが呟いていたのを思い出していた。しかし、病弱な体とは裏腹にヒカリの眼光は鋭く、力がみなぎっているように見える。
靖聡はベッドの端に腰を下ろすと膝に両肘をついてヒカリの後ろ姿に空恐ろしさえ覚えた。
『地でいってるなぁ…』
ヒカリ、いや、ルミのしつこさと余命幾ばくもないという身の上にほだされ結婚を決めたものの、その生命力の故だろか、まだまだ滅びそうになかった。
ひょっとして、こいつに騙されたんだろうか…靖聡はふと思うのだ。何故なら、残り数ヶ月と宣告されたルミは小康状態を保ち、健康体の時と同じ様に暮らしていられるからだ。
『はっ…俺は、ヒカリを愛してるんじゃないのか? …これじゃまるで死ぬのを待っているみたいだな…』
靖聡はベッドに仰向けになると天井を仰ぎ苦笑いを浮かべた。
『だけど…これじゃまるで契約違反じゃないか…あと半年もないと言われたのに、一年が過ぎてもピンシャンしている……いや、そうじゃない。医者は予断を許さないと言っているし、いつ急変してもおかしくないんだ…』
靖聡は自らのうちに沸き上がる不信感を打ち消そうと思い巡らす。
『それにしても…いつ発車するか分からない電車を待つ気分だ…』
Xデーが来るのを待つように緊張した日々を送っていた靖聡にとって、ヒカリの気力が疎ましく感じる瞬間があった。
「ねぇ…」
髪を梳かし終えたヒカリは部屋の電気を消すと、軽くなった体をベッドに滑らせ靖聡にしなだれかかった。
ヒカリの体は体重が30キロ台にまで落ちており、まるで針金のようだ。痩せぎすの体を抱くのは忍びないと感じるほどだったが、ヒカリは夜の営みを執拗に求める。
『最近、ガイコツを抱いてる気分だ…』
断りたいを心を悟られないよう、体重が減少するのとともに小さく萎むその胸をまさぐってみるが、どうも意欲が湧かない。
『まるで、倦怠期の夫婦だな…』
靖聡は、本当にヒカリを愛しているのか、疑問を感じ始めていた。
09/10/17 誤字脱字の修正を行いました。




