体育祭も楽しまなきゃね(校長談) 10
「おおっ!」と、入口を入ったとたんにさっそくニシモトに言われる。
やっぱいるのか…
「どうしたどうしたお前ら」ニシモトが面白いもん見つけたって感じでわかりやすく勢い込んだ。「まさかの放課後デートか!オレが自分ちでバイトしてる時にそのオレからケーキ買ってって二人で食うとか…」
「そんなんじゃないよ」と私は言ったのにタダは何も言わない。
ニシモトが言う。「え?クラスも同じ?すげえじゃんタダ。良かったな~~」
そうなの?ニシモト…タダは私と同じクラスで良かったの?
が、「黙れ」と素でニシモトを睨むタダ。ほら違うじゃん。
「まあまあまあまあ」とタダをあしらったニシモトが私に聞いた。「てか大島はヒロトが好きだったよな?」
そんな事ここで聞くな。好きだよ今でもうるさいよ。なんでニシモトまで知ってんの?
「実はな、ヒロトも来たんだけど今日。なんとケーキの予約してった」
マジで!?
もしかしてもしかしてもしかして!
私にって事?おめでとうって事?
「なんかな」とニシモト。「付き合い始めた子が16日誕生日だって言って予約してった。なんか昨日オレにその子の写真送ってきて、好きそうなケーキどんなんかなって。顔だけ見てそんなの分かるかよってお前が選べっつう話だよな。プレートがな…『ユキおめでとう』って。ふざけてんよな~~ヒロトの分際で女子と付き合うとか。ケーキ買ってやるとかマジかよって話だよな」
いや、笑うなニシモト。そしてなんでそれを私に教えた。
『あ~~~~~~~~~~!』と、ここのケーキが全部振動して揺れるくらい野太い声で唸りたいのを我慢する。
ああああ!もう!私へのはずなんてなかった恥ずかしい。一瞬でもそう思った私が可哀そ過ぎる。
まさかの!
有り得ないよね、ヒロちゃんが好きなユキちゃんと誕生日が…かぶるか普通!逆に奇跡!やっぱ本当に付き合い始めたんだあの後!
なのにだ。私は私のケーキを自分で予約か。ちょっと恥ずかしいかな、くらいの気持ちがあっという間に消え去った。もうケーキなんかいらん。どうでもいい。ヒロちゃんの話を聞いてしまった今は、そんなもん自分で予約するくらいなら誰からも誕生日祝われなくていい。
「ニシモト」とタダが言った。「また来るわ」
「へ?」
「ちょっと先にすませなきゃいけない用事あった。また後で来る」
「そうか?え、と大島?」と急に焦り始めたニシモト。「なんか悪い。オレ、余計な事喋った?」
「ううん、全然」とムッとした顔で首を振る私。喋ったよ愚かなニシモトめ。
タダが私を追い出すようにニシモトのうちの店を出る。ポンムベールは大通りに面しているけれど、すぐ横の路地を入って私たちの通っていた小学校の方へ抜けるとすぐタダの家だ。
黙りこむ私にタダが言った。「もういいじゃん」
「…」
なにがだよ?とすぐに言いたいけど口には出さない。
私だってわかってるよ。花火大会の時にヒロちゃんに、ユキちゃんが好きだからってきちんと振られて、それでも私の気持ちを大切に思ってくれている事もわかって、哀しかったけれどちゃんとあの時嬉しいとも思えたのだ。きちんと話してくれたヒロちゃんはやっぱりカッコ良くて、ずっと好きでいて良かったって思えた。これからもずっと好きなんだなって思った。それにユキちゃんは本当に優しくて元気で良い子だし、ユキちゃんもヒロちゃんが大好きだし。私が割り込める隙なんてもう全くない。巨乳アイドル好きだったヒロちゃんが、おっぱいだけで彼女を選んだりしなくて良かったよ。わかってるよ私だって。
「オレもヒロトからユキちゃんの誕生日が来るっていうのは聞いてて知ってたけど」とタダが言う。「まさかな。誕生日カブるとか奇跡的だよな」
くそ。ヒロちゃんめ。いろんな友達にユキちゃんの誕生日どうしようかとか言ってんのか。どんだけ嬉しいんだ。
…ヒロちゃんの横腹殴りたい…私の誕生日とカブってるなんて思いもしないんだろうな。
「うん、もういい」と私は言う。「もう今日は予約しないで帰る。ていうかケーキ、もういらないような気もする」
もうタダの家の近くだ。今日はケーキの予約は止めてこのまま帰ろう。ニシモトには悪いけど。
「…なあ」とタダが言う。
「なに?」出来るだけなんともない風に答える私。
「…」私を見つめその後を言わないタダ。
別にいいよ、と私は思う。タダ優しいね。同情してくれてんのかな。いらないけどな、そんなの。
私の事を好きだとか言ってくれたのもそもそも、小学低学年からずっと好きだったヒロちゃんに、何回も振られた私を可哀そうに思ったからかもしれない。
ていうか、そうに違いないよね。それしかない。1回目私が貧乳を理由に振られた時には笑っていたタダも、さすがに可哀そうだと思ったんだろう。…まだ笑われた方がましかもしれない。そんな自分が余計に可哀そうに思えてくるような同情はいらない。
「なあ」とまたタダが言う。
「なにもう」今度はイライラを隠さずに言う。「私、もうこのまま帰るから。じゃあね!」
「なあ、肩!」
「…なに?」肩?
「肩掴ませて」
「…」なに?
「オオガキが大島の肩ずっと掴んでんのすげえイヤだったからオレにも掴ませて」
「…い…イヤだよそんな事!」
「シャーペン」
「…」シャーペン?
そっか…ユキちゃんの誕生日の衝撃で忘れてたけど、タダが私のシャーペン返すって言ってたんだった。
「返すっつってたけど、もう返さないから」
「は?」と思わず聞き返す。「なに、どういう事?」
「大島のシャーペンはオレが使ってんの普通に。授業中も普通に使ってんの。だから返さない」
使ってんの!?タダ、私より前の席だし離れてるから気付かなかった。私の黄色いシャーペン。黒猫のシルエットが付いていて、ヒロちゃんの家で飼っている黒猫のキイみたいだと思って買ったのに。
「…じゃあ私のかばんに入ってた銀色のは誰のよ?」
「オレの」
「…」
「何すげえ普通にしてんだよ」とタダが言う。
「…」
「『好きだ』つった後も逃げるように帰るし。アレはあれで面白かったけど、オレは結構ドキドキしてすげえ恥ずかしかったのに。その後学校でもずっと普通だし。全然っ、普通だし」
「タダこそ普通だったじゃん!」
「普通じゃない」
「普通だった、すんごい普通だった!」
「まあいいや、取りあえず肩掴ませて」
「…イヤだよ何言ってんの?」
タダ、そんな事女子に言うキャラじゃないじゃん。
イライラしてきてブチまけてしまう。「ユキちゃんの誕生日の事知ってたんだったらニシモトんとこに行く前に教えてくれたら良かったじゃん!」
「いや、ヒロトがケーキの予約に行ってんのは知らなかった」
「あんたさあ」この際だと思う。ちゃんと言おう。「私の事可哀そうだと思ってるだけでしょ」
ふん?て顔をしてから答えるタダ。「いや」
「うそ!私は可哀そうだとか思われたくないからね」
「だから思ってねえって」
「…」
「全然!思ってねえ。だってオレは大島がヒロトに振られて嬉しかったもん。だから最初に大島が振られた時も嬉しくて笑って…大島すげえ睨んでたよな?あの時は悪かったってちょっと思ってるけど」
「…」
答えない私に「はあああ!」と大きくわざとらしいため息をついてからタダは言った。
「やっぱ全然悪くねえわオレ」
「は?」
「人がすげえ勇気出して好きだとか恥ずかしい事言ってんのに、逃げた上に普通押し通して、教室で目が合っても反らしてたろ」
「それは!」
…それはタダの事を意識してたからだよね。私だって言われた時すごく恥ずかしかった。あれからタダの事をすごく気にしてた。
「それはなに?」とタダが聞く。
「…」
「それは、の後なにって」ともう一度聞かれる。
「…なんでもない」
そう答えた私の顔をじっと私の顔を見つめるタダ。
…ダメだ。またすぐ目を反らしてしまった。
そんなに言うなら私のどこが好き?って聞きたいけど、そんな事恥ずかしくて口に出せるわけない。
「オレにはそんな感じなのに」とタダが言う。「あんな最近知ったようなヤツとなに仲良くなってんだよ」
「タダ!…あの…タダは、…」
「なに?」
「タダは…ほんとのほんとに私が好きなの?」
聞いちゃったよね…口に出せないとか思いながら口から出てた…
「なんで疑う」とタダ。
「…なんかよくわかんないけど…いろいろ…」
「いろいろなに?」
「いや、もう聞かないで」
「自分が聞いたんじゃん」
「…ごめん」
「ごめんてなに?オレの事嫌なの?」
「そうじゃないよ!」
またじいっと私を見つめるタダ。下を向いてしまう私。
「なら」とタダが言った。「もう1回言おうか?」
パッと顔を上げてしまった。
わ、と思う。
タダが…恥ずかしそうな顔してる!どうしよう!
「大島!」
え?
後ろから急に声をかけられてタダと一緒に振り返ると、そこにはタダの弟の幼稚園児のカズミ君と…一緒にいるのはタダのお母さんだ。参観日とかで見た事があった。
「違った!」と、走って近付いて来たカズミ君が言った。「ユズル!ユズル遊びに来たの!?」
「コラコラコラコラ」と、カズミ君を追って来たタダのお母さんがカズミ君を注意する。「年上のお姉さんを呼び捨てしたらいけません」
「ううん」とカズミ君。「前、兄ちゃんとユズルって呼ぶ事にしたから。一緒にご飯も食べたし」
「ああ!」と、タダのお母さんがいきなり声を張ったのでビクッとした。「一緒にカズミの参観に行ってくれた?」
「あ、あのすみません、こんにちは」慌てて言う。「ご飯ご馳走になりました。ありがとうございました」
「こんにちは」とタダ母が優しくニッコリとほほ笑んでくれる。「そう言えばあの日ヒロちゃんが行けなくなって大島さんも行かなかったらオレも行かないとか言い出して…ほんとヘタレなんだから。ねえ?」
ヘタレって…私はぶんぶんとタダ母に首を振って見せる。
「ありがとう大島さん。うちで今からお茶飲んで帰らない?ていうかイズミがもう家に誘ったのかな?」
「いえ!ちょっと一緒に帰って来ただけです。私、失礼します!」
「帰んの?」とカズミ君。「またカメ見せてやるのに」
「…うん。ごめんね」
「帰っちゃうの?」とタダ母も聞く。
「はい、でもありがとうございます」
「ユズルねぇ」とカズミ君がタダ母に言う。「ユズル、兄ちゃんの事好きって言ってた!」
「「は?」」とタダと声を合わせてしまう。
「前ご飯食べた時、兄ちゃんの事好きって言ってた!」
「あら!」とタダ母。「良かったね、イズミ」
確かに言ったけども!と、幼稚園児を、しかも年少さんの幼稚園児を本気で睨む私だ。
それはカズミ君がタダの事を、『好きか嫌いかで言うとどっちか?』って聞いたからだ。
ていうか、一緒に『は?』って言ったくせに、それについてタダが何も言わない。私の口からこれを、どうやって説明するんだ…説明できないよねそのいきさつを、こんなところでしかもお母さんに。
「だって大島さん」とタダ母。「ずっとヒロちゃんが好きだったんでしょ?」
へ?
「今はあんまり学校の事とか話さないけど、こっちに転校したての頃はヒロちゃんと大島さんの事、よく話してたのよ~~」
「もういいから」とタダが言う。「もうカズミと先に家に入っといて」
「ユズルもうち行こ、早く」とカズミ君が言うが、もう私は帰ります。…ごめんカズミ君。
タダ母にお辞儀をする。「カズミ君、ありがと。でも今日は帰るから。じゃあね」
もうタダには何も言わずに歩き出すと、後ろからカズミ君が叫んだ。
「ユズル~~」
振り向くと私に手を振ってくれている。タダのお母さんもだ。「「また遊びに来てね~~~~」」
チラッとタダを見ると、タダもちょっと私に手をあげて見せた。普通によくやって見せるやつだ。
わ~~…今日もあんな事言った後なのになんかやっぱ普通。私は3人にまとめてお辞儀だけして、自分の家へ急ぐ。
急ぎながら、あ~~、と思う。私のシャーペンはまだタダが持っている。




