四
「その者たちの面倒を、手厚く見てやれ」
公然と顔を上げ、はっきりと命じた。
「ははーっ」
報せにきた家臣が下がった。
「何か問題ありますか」
黙っている土岐野を、挑戦的な目で睨むように見た。
「いいえ、何も。おや、納得のいかない顔をしていますね」
「こともなげに罪人を打ち首に……」
そんな暗く冷たい心を持った白菊ならば、追い出すかもしれないと思ったのだ。
らしくない事をするなと、土岐野が文句を言うとばかり思った。
「ああ、あれの罪は、一度や二度のことではありませんでした。酷い目に遭った領民は大勢います。
悪賢い上に、何度罰を下しても懲りないどころか、近頃は年端も行かない者どもをそそのかして、悪の道に走らせておりました。
見せしめにしたのは、その者たちの目を覚ます為でしょう。
お屋形様は、ご承知の上で領主としての断を下されただけのこと」
あの闇は、そうして出来たものだったのだろうか。
鹿の子は、知らず身震いした。
「お屋形様のご様子はどうですか。お医者に見せなくてもいいのかなあ」
「あまり良くはありません。だが、火傷の手当てをした医師は、困った事に先日亡くなりました。
謙介に、口の堅い代わりの医師を探させています」
白菊に余計なことはするなと言われたが、こればかりは土岐野も聞くわけにはいかない。
「お見舞いをしようかしら」
「ならぬ」土岐野は、とっさに答えていた。
会わせてはいけないような予感がする。
思いもかけず強い口調で断られ、鹿の子は、自分に出来ることは無いだろうかと考えているうちに、先ほどの家臣が再び現れた。
「四人が、お庭先からなりとお礼を申し述べたいと申しております」
「許す」
四人の男女は庭の端に膝を着いて、頭を下げた。
「ありがとうございました。権佐と申します」
「紫苑でござんす」
「逸です」
「ガジ」
鹿の子が知っている顔と名前ばかりが 並んだ。
「話を聞きたい。しばしそこに控えよ。
人払いを申し付ける。誰も近づけるな。
土岐野、陽映様にお越し頂く様、急ぎ伝えよ。
そなたも下がっておれ」
鹿の子は立ち上がり、ことさらにゆっくりと庭に面した廊下に近づく。
そうしないと、走り出しそうだった。
人が居なくなったのを見計らって、口を開いたのは逸だ。
「よっ、久しぶり。あのお転婆がきれいになったな」
「逸さん? 紫苑姉さんとガジはすぐに分かったけど、まさか髭がなくなったら、こんなに間抜け面になるとは思わなかった。ものすごい垂れ目だったのねえ」
「だから髭を生やしていたんじゃないか。この顔で短剣投げは、迫力が無いだろ」
内容も口調も変わらないのに、見た目が変わると性格まで違って見えるのは不思議だ、と鹿の子は思った。
「こっちは権佐おじさんよね。少し痩せた? それとも髭のせい?」
「思うところがあって、頑張って痩せようとしているところだ。そうか、痩せたか」
権佐が嬉しそうに言うと、三人は、じろりと睨んだ。
「大いに思うところがあるだろうよ。まったく、こっちまで死ぬところさ」
相変わらずの紫苑の憎まれ口に、権佐は小さくなった。
負い目があるらしい。
「良かった、生きてて。死んじゃったかと思った。他の人たちは?」
「生きてる」とガジ。
「調子に乗って名前まで変えちまったから、気が付かなかったんだねえ。
菓子屋じゃあるまいし、お萩とせんべいだってさ。都茱姉さんと隼人だよ」
鹿の子は、紫苑の話に驚いた。
馘になった飯炊きと下僕の代わりに来た二人だ。
鹿の子を含めると、一座の七人が領主屋敷に揃ったことになる。
「じゃあ、あたしが居ることを、随分前に知ってたんだ。どうして会いに来てくれなかったの」
「鹿の子は記憶を無くして、この近くで拾われた。そうだな」と逸。
「だから鹿の子はここんちの子で、生まれた場所に戻ったのかもしれないと思ったんだよ。
それなら、あたしらの出番はないから、そっとしとこうってね。
あたしらの知ってる鹿の子は、お姫様にゃ見えなかったけどさ」
一言多い紫苑が、思い出したように寂しい顔を見せた。
「で、様子を見てたら、ややこしいことになってると知ってさ。
綺羅ちゃんに相談したら『任せなさい』とか言うから」
権佐は困ったように首を傾け、以前よりほんの少しだけ小さくなったお腹をさする。




