十三
屋敷に戻り、陽映が部屋に納まると、例によって縁側から綺羅君が現れた。
婿君のお友達として出入りを黙認されているのだから、普通に入ってくればいいものを、縁側から突然湧いて出るのが癖になったらしい。
「牛車は、いかがであった。気に入ってもらえたろうか」
「鹿の子は、牛の尻尾がいたく気に入ったようです」
「おお、なかなかの通じゃ。して、陽映殿は」
「私は牛より馬の尻尾……あ、そうじゃなくて、内緒の話ができるのが気に入りました」
「ふ~ん、したんだ、内緒話。この浮気者」
綺羅君は、分かっていても茶化さずにはいられないらしい。
陽映は相手にしないと決めた。
かまわず伊織に目配せをする。
伊織は立ち上がり、廊下の先、庭の陰、周囲の部屋を確認してうなずいた。
陽映は、綺羅君に向き直って言う。
「林の中で賊に教われました」
「そんな荒っぽいことをするだろうか」
この返事は、心当たりのある証拠だ。
何処まで知っているのだろう。
侮れないお人だと、陽映は内心嘆息した。
鹿の子が言ったように、陽映も綺羅君が本当に調べるのかは半信半疑だったが、自分が動くわけにもいかない。
栗右衛門と人当たりの良い伊織に、それとなく鳥座家の内情を探るように命じてあった。
惣右衛門が言い出さなくても、周辺の情報から、いずれ同じことを思いついたことだろう。
しかし、
「あっという間に引いていきましたが」
そこが、どうにも気になるところだった。
陽映の言葉に、伊織も反応した。
「本当に。襲ってきておきながら、陽映様が姿を現すや否や、さっさと逃げました。
かなりの手練と見ましたが、根性が無さすぎる。
無論、陽映様がむざむざ討ち取られることはございませんが、死ぬ気で来られたら苦戦するところでございました。
刺客のくせに、諦めが早すぎます」
襲われる身にすれば、刺客に根性が無いのはありがたいはずだ。
伊織のちょっとずれた感想に、綺羅君は一度目を見開くと、珍しく真面目な顔で考え込んだ。
一つうなずいて 口を開く。
「なるほど」
「って、それだけ?」
伊織が肩すかしを食らって、よろめいた。
「今夜は、この屋敷にお泊りになられますか」
陽映が尋ねたのは、もう一つの可能性が有力だと考えたからだ。
「ん~。もう一押しなんだけど、閨までは入れてくれそうに無い。
それに、やりすぎるとまた生霊が出来そうだから、今宵は帰る。
流人屋敷にも、わずかながら使用人がいることだし、あれらをなんとかしなくては」
のんきに生霊作りに励んでいる場合ではない、と突っ込みたくなるのを陽映はかろうじて堪えた。
狙われたのは、陽映でも白菊でもない。
牛車だ。
おそらくは、牛車にいつも乗っている綺羅君が狙われたのだ。
綺羅君が、いつか言っていたではないか。
近頃、国司から遊びに来いとしきりに誘われると。
そのことを知る者が襲うなら、あそこは見通しも悪く、人目に立たない絶好の場所だ。
「では、牛車をお借りしたお礼に 伺います。
秋の日は釣瓶落とし。今からいけば日も暮れましょう。
泊めていただくことになります」
陽映の言葉に、綺羅君は笑った。
「うふっ、お友達はよいのう。では、今夜はしっぽりと……」




