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くれないの影  作者: しのぶもじずり
第四章 ないしょ話は牛車の中で
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47/69

十三


屋敷に戻り、陽映が部屋に納まると、例によって縁側から綺羅君が現れた。

婿君のお友達として出入りを黙認されているのだから、普通に入ってくればいいものを、縁側から突然湧いて出るのが癖になったらしい。


「牛車は、いかがであった。気に入ってもらえたろうか」

「鹿の子は、牛の尻尾がいたく気に入ったようです」

「おお、なかなかの(つう)じゃ。して、陽映殿は」

「私は牛より馬の尻尾……あ、そうじゃなくて、内緒の話ができるのが気に入りました」

「ふ~ん、したんだ、内緒話。この浮気者」

綺羅君は、分かっていても茶化さずにはいられないらしい。


陽映は相手にしないと決めた。

かまわず伊織に目配せをする。

伊織は立ち上がり、廊下の先、庭の陰、周囲の部屋を確認してうなずいた。


陽映は、綺羅君に向き直って言う。

「林の中で賊に教われました」

「そんな荒っぽいことをするだろうか」

この返事は、心当たりのある証拠だ。

何処まで知っているのだろう。

侮れないお人だと、陽映は内心嘆息した。


鹿の子が言ったように、陽映も綺羅君が本当に調べるのかは半信半疑だったが、自分が動くわけにもいかない。 

栗右衛門と人当たりの良い伊織に、それとなく鳥座家の内情を探るように命じてあった。

惣右衛門が言い出さなくても、周辺の情報から、いずれ同じことを思いついたことだろう。


しかし、

「あっという間に引いていきましたが」

そこが、どうにも気になるところだった。

陽映の言葉に、伊織も反応した。


「本当に。襲ってきておきながら、陽映様が姿を現すや否や、さっさと逃げました。

かなりの手練(てだれ)と見ましたが、根性が無さすぎる。

無論、陽映様がむざむざ討ち取られることはございませんが、死ぬ気で来られたら苦戦するところでございました。

刺客のくせに、諦めが早すぎます」


襲われる身にすれば、刺客に根性が無いのはありがたいはずだ。

伊織のちょっとずれた感想に、綺羅君は一度目を見開くと、珍しく真面目な顔で考え込んだ。

一つうなずいて 口を開く。


「なるほど」

「って、それだけ?」

伊織が肩すかしを食らって、よろめいた。


「今夜は、この屋敷にお泊りになられますか」

陽映が尋ねたのは、もう一つの可能性が有力だと考えたからだ。

「ん~。もう一押しなんだけど、(ねや)までは入れてくれそうに無い。

それに、やりすぎるとまた生霊が出来そうだから、今宵は帰る。

流人屋敷にも、わずかながら使用人がいることだし、あれらをなんとかしなくては」


のんきに生霊作りに励んでいる場合ではない、と突っ込みたくなるのを陽映はかろうじて(こら)えた。

狙われたのは、陽映でも白菊でもない。

牛車だ。

おそらくは、牛車にいつも乗っている綺羅君が狙われたのだ。


綺羅君が、いつか言っていたではないか。

近頃、国司から遊びに来いとしきりに誘われると。

そのことを知る者が襲うなら、あそこは見通しも悪く、人目に立たない絶好の場所だ。


「では、牛車をお借りしたお礼に 伺います。

秋の日は釣瓶落とし。今からいけば日も暮れましょう。

泊めていただくことになります」


陽映の言葉に、綺羅君は笑った。

「うふっ、お友達はよいのう。では、今夜はしっぽりと……」



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