十
一日が長いのか短いのか、白菊は土岐野さえ下がらせて部屋に居た。
あと少し、あと少しのはずだった。
何もかもうまくいくはずだった。
おのれ千種。死んだ女に歯噛みした。
夕暮れが迫ろうとしているのも知らず、一人座って、炎に焼かれていた。
顔から肩、腕、手の甲に至るまでの左半分が、ちりちりとした痛みをよみがえらせる。
傍でしきりに顔を洗っていた淡雪が、ふと動きを止めて、白菊を仰ぎ見た。
雨のしずくが屋根にあたる音がし始めた。
やがて大きな水音になって部屋ごと白菊を覆ったが、炎は静まる気配さえ無い。
熱い奔流が闇を追い払ったわけでもない。
闇は、白菊と共にそこにあった。
この雨が止んだら、また孤独が押し寄せそうで怖い。
降り続けよ。降り続けて雨に閉じ込めよ。
心の中で命令した。
天の意向さえ従わせようとしていた。
白菊の命に従ったのか、雨は衰えを見せることなく降り続いた。
* * *
雨は降り止まなかった。
いつもの年であれば、長雨の季節はもっと先のはずだったが、激しい雨が降り止まぬままに四日が過ぎた。
法要は大雨の中で執り行われた。
雨雲に塗り込められた薄闇の広間に、祭壇の揺らめく蝋燭に照らし出された若い女領主は、立派に勤めを果たした。
突然の葬儀の時よりも、一周忌法要の時よりも、領主らしくなったと参列した者たちが感嘆した。
一番ほっとしたのは土岐野だ。
確かに、この影は使える。
しかし、問題は婿取りのほうだ。
年に一度の葬祭事ではなく、日々の暮らしの多くをいやでも影に任せることになる。
のっとられても文句を言えないばかりか、逆に、白菊の存在が邪魔にされる可能性さえ出てきたのだ。
何とかしなくてはならないのは分かっている。
だが、方策も説得の方法も思いつかないまま悩んでいた。
べっとりと左頬に張り付いた火傷の爛れが、白菊を日々食い荒らしていくようで、ほっとしたのも束の間、今度は、いやな汗が滲んだ。
法要にかかわる行事のあれこれが滞りなく進み、夜が更け、真夜中を過ぎたあたりで、ぴたりと雨が止んだ。
先代領主の三回忌法要が滞りなく執り行われて、翌朝。
射してきた日の光を、白菊は忌々しげに見やる。
「お屋形様、惣右衛門様がお越しでございます」
「通せ」
白菊が座につく。御簾は下げられたままだ。
「ご法要も無事終えましたからには、一刻も早く、ご婚儀をすすめたいと思います。
つきましては、陽映様がいらっしゃるうちに、お二人で国司様にご挨拶に出向かれてはいかがかと存じます。
よろしゅうございましょうか」
「任せる」
「達磨坂殿と私とで相談の上、早々に婚儀の段取りをつけますゆえ、姫様は、陽映様とご歓談などいかがでござろう。
この庭は水捌けが良うござる。これだけ日が射せば、じきに乾きましょう。
雨できれいにぬぐわれた草木が生き生きとして、ちょっとおすすめ。
…… いや、これは余計なことを」
惣右衛門は、法要で見せた変わらぬ白菊の様子にほっとしたのだろう。
つい調子に乗って、久しぶりに姫様と口走ってしまった。
ひやりとする。不機嫌にならねばよいが。
「よきに計らえ」
返ってきた答えに、思わず目を輝かせ、いそいそと退室していった。
「土岐野、影を」
土岐野は黙ってうなずき、鹿の子を呼ぶ為に立ち上がった。




