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くれないの影  作者: しのぶもじずり
第三章 煌めきの君 被虐の目覚め
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32/69


一日が長いのか短いのか、白菊は土岐野さえ下がらせて部屋に居た。

あと少し、あと少しのはずだった。

何もかもうまくいくはずだった。

おのれ千種(ちぐさ)。死んだ女に歯噛みした。

夕暮れが迫ろうとしているのも知らず、一人座って、炎に焼かれていた。

顔から肩、腕、手の甲に至るまでの左半分が、ちりちりとした痛みをよみがえらせる。


(かたわら)でしきりに顔を洗っていた淡雪が、ふと動きを止めて、白菊を仰ぎ見た。


雨のしずくが屋根にあたる音がし始めた。

やがて大きな水音になって部屋ごと白菊を覆ったが、炎は静まる気配さえ無い。

熱い奔流が闇を追い払ったわけでもない。

闇は、白菊と共にそこにあった。

この雨が止んだら、また孤独が押し寄せそうで怖い。

降り続けよ。降り続けて雨に閉じ込めよ。

心の中で命令した。

天の意向さえ従わせようとしていた。


白菊の命に従ったのか、雨は衰えを見せることなく降り続いた。



      *    *    *



雨は降り止まなかった。

いつもの年であれば、長雨の季節はもっと先のはずだったが、激しい雨が降り止まぬままに四日が過ぎた。


法要は大雨の中で執り行われた。

雨雲に塗り込められた薄闇の広間に、祭壇の揺らめく蝋燭ろうそくに照らし出された若い女領主は、立派に勤めを果たした。


突然の葬儀の時よりも、一周忌法要の時よりも、領主らしくなったと参列した者たちが感嘆した。


一番ほっとしたのは土岐野だ。

確かに、この影は使える。

しかし、問題は婿取りのほうだ。

年に一度の葬祭事ではなく、日々の暮らしの多くをいやでも影に任せることになる。

のっとられても文句を言えないばかりか、逆に、白菊の存在が邪魔にされる可能性さえ出てきたのだ。

何とかしなくてはならないのは分かっている。

だが、方策も説得の方法も思いつかないまま悩んでいた。


べっとりと左頬に張り付いた火傷の爛れが、白菊を日々食い荒らしていくようで、ほっとしたのも束の間、今度は、いやな汗が滲んだ。


法要にかかわる行事のあれこれが滞りなく進み、夜が更け、真夜中を過ぎたあたりで、ぴたりと雨が止んだ。



先代領主の三回忌法要が滞りなく執り行われて、翌朝。

射してきた日の光を、白菊は忌々しげに見やる。


「お屋形様、惣右衛門様がお越しでございます」

「通せ」

白菊が座につく。御簾は下げられたままだ。


「ご法要も無事終えましたからには、一刻も早く、ご婚儀をすすめたいと思います。

つきましては、陽映様がいらっしゃるうちに、お二人で国司様にご挨拶に出向かれてはいかがかと存じます。

よろしゅうございましょうか」

「任せる」


「達磨坂殿と私とで相談の上、早々に婚儀の段取りをつけますゆえ、姫様は、陽映様とご歓談などいかがでござろう。

この庭は水捌けが良うござる。これだけ日が射せば、じきに乾きましょう。

雨できれいにぬぐわれた草木が生き生きとして、ちょっとおすすめ。

…… いや、これは余計なことを」


惣右衛門は、法要で見せた変わらぬ白菊の様子にほっとしたのだろう。

つい調子に乗って、久しぶりに姫様と口走ってしまった。

ひやりとする。不機嫌にならねばよいが。

「よきに計らえ」

返ってきた答えに、思わず目を輝かせ、いそいそと退室していった。


「土岐野、影を」

土岐野は黙ってうなずき、鹿の子を呼ぶ為に立ち上がった。



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