十一
目配せだけで見張り番に扉を開けさせ、土蔵に入る。
薄闇に目が慣れるのを待って 立ち止まっていると、窓に寿々芽が来て止まった。
奥で、紅王丸が立ち上がる気配がする。
鹿の子はゆったりと進んでいった。
それにつれて、紅王丸も一歩、また一歩、と近づいてゆく。
格子の前で鹿の子は正面からじっと見つめ、瞬きもせずに紅王丸が口を開くのを待った。
「ああ、本当に、姉上……に……似ている」
鹿の子はがっかりした。
やはり弟には、わかってしまうのだろうか。
「まだ駄目なのね。どこが違うのかなあ」
「姉上は……見てはくれない。
姉上の眼差しが通り過ぎるようになったのは、いつの頃からだろう」
「えっ」
失敗した。
しかし、こんなにきれいな人を見つめずにはいられない。
できれば、ずうっと見ていたい。
「……嬉しかった」
紅王丸が、ほんの少し微笑んだ。
鹿の子も嬉しかった。
それはちゃんとした笑顔に見えたから、とても嬉しかった。
鹿の子の顔は、久しぶりに笑顔でいっぱいになった。
もっと喜んでもらうには、どうすればいいのだろう。
そうだ! もちろん、こんな狭い所から出してあげるのが良いに決まっている。
見張り番は、鹿の子を白菊だと思っている。
紅王丸を解放しても止めないはずだ。
「あのね……」
「もう関わるな。来るのも、やめたほうが良い。出る気はない」
くるくると変わる鹿の子の表情は読みやすい。
紅王丸は、鹿の子が言おうとしたことを遮った。
「でも……」
「行きなさい」
そんなに簡単な事ではないのだろう。
幽閉の理由を先に聞き出すべきだった。
鹿の子は、うなだれてきびすを返した。
出口の寸前で、後ろから小さな声が聞こえた。
「ありがとう。私を見てくれて、ありがとう」
外は、まぶしいくらいに明るかった。
鹿の子は、考えながら部屋に戻ろうとした。
作戦変更だ。
まずは、どうなっているのか調べなくてはならない。
複雑な事情があるのだろう。
それからでなくては先に進めない。
しかし、白菊のふりをして、どうして紅王丸が幽閉されているのかを訊くことはできない。
あまりにも不自然だ。
白菊が知らないはずは無いからだ。
さて、どうしたもんだろう。
「よし! 頑張る」
この屋敷で唯一、軽業のお客になった人だ。
広い場所で思いっきり披露して、喜んでもらうのだ。
庭を突っ切ろうとして、妙なものが目に入った。
土塀に沿って、庭木の陰を選ぶようにやってくる人物がいる。
庭木は豊かな緑をあふれんばかりに茂らせていて、隠れているつもりなのかもしれないが、色鮮やかな狩衣が目立ちまくって、ちっとも隠れていることになっていない。
怪しいが、泥棒にしては間抜けすぎる。
あきれてみていると、向こうも鹿の子に気がついた。
日差しの中に姿を現し、にっこりと微笑んだ。
「我が運命の乙女子よ、やっと会えたね」
って 誰!
二章が終わりました。
三章に続きます。




