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もう一度、恋をする。

「紬……つむぎ!!!!」


私を呼ぶ声に意識が引き戻された。

「紬……よかった、よかったぁ、」


ベッドの柵にしがみついて私の顔を心配そうに覗き込む男。


「……どちら様ですか?」


男は、呼吸を忘れたように固まった。


彼は私の彼氏だと言った。

名前は田中景。

見てると少し安心する顔をしているが一般的にはイケメンの部類ではないと思う。

髪は短く切りそろえられており、白のTシャツ、黒のチノパンという服装だ。

余程急いで駆けつけたのか、所々に汗が滲んでいる。


私とは大学で知り合い、付き合ってからもう1年と2ヶ月ほど経つらしい。


程なくして父と母が病室に駆けつけた。


私を見るなり涙を零しながらベッドにしがみつく両親に胸が痛んだ。


彼とは面識があるらしく田中景から事情を伺っている。


どうやら私は交通事故に遭ったらしい。

大雨でスリップした車と衝突したそうだ。

体のあちこちが痛む。


医者からは、事故の際に頭を強く打ったことが原因で、記憶の一部を失っていると告げられた。


幸いなことに、目立った外傷はなく頭を強く打ったこと以外は軽傷だったため日常生活で経過観察という形をとり数日で退院することができた。


両親は私の無事を確認して地元に帰ったため、退院日には田中景が迎えに来た。


外は少し寒くなってきており、肌を擦る。

数日病室にいただけで、外の空気がいやに懐かしく感じる。


「寒くない?大丈夫?」


隣の彼はそう言いながら自分の上着を脱いで差し出してきた。


「…大丈夫だよ。ありがとう。」


「…おう。あー、家の場所はわかる?」

「同棲してたんだっけ、私たち。……わかんないかも。」


彼は一瞬、とても寂しそうな顔をした。

そしてすぐに誤魔化すように笑う。


私は彼の後をついて、帰路を歩いた。

歩いたことがないはずなのに、体から自然と緊張が解けていくのを感じた。


懐かしい。覚えていないけれど、きっと私はこの道を何度も繰り返し歩いてきたのだろう。


病院から二十数分。

景がアパートの二階、右の角部屋を指した。


「あそこだよ。」


所々剥がれたピンク色の外壁。二階建ての建物。私たちの部屋は一番奥。


景に続いて部屋に入る。


「…ただいま?」


身体が教えてくれた。安心できる場所に帰ってきたと。

そう思った瞬間、戸惑いながらも言いたくなった。ただいま。


景は驚いたようにこちらに振り返った。


「おかえり。つむぎ。」


部屋は大学に通い始めた頃より整っていた。

洗い物が溜まっていない。

ゴミが散らかっていない。

髪の毛も落ちていない。

景の性格だろうか。


チラホラと私物も見受けられた。

綺麗に畳まれた衣類、カトラリーや本。

私の知らない一年と二ヶ月を、この部屋は知っていた。


「ここがつむぎの部屋だよ。」


扉の前に“つむぎ”の札が掛けてあった。

やけに手に馴染むドアノブ。ここは紛れもなく私の部屋だ。


中には見覚えのある部屋がそっくりそのまま広がっていた。

大学に通い始めた頃のレイアウト。やっぱり落ち着く。


部屋に鍵をかけ、正面のベッドにダイブする。


「あ゛〜〜……」


疲れた。


天井を眺める。

落ち着く。やっぱりここは私の部屋だ。

そして、田中景は私の……。


そこで意識は途切れた。


トントントン。小気味良いリズム音と味噌汁の匂いで目が覚めた。


顔を洗ってリビングに向かうとエプロン姿の景が朝ごはんを作っていた。


「おはよ。景…さん?」


彼は嬉しそうにこちらに顔を向けた。


「おはよ、つむぎ。もう少しでできるから座って待ってて。」


彼に言われるがまま、私は食卓に着く。

ソワソワしている。私の選んだ相手とはいえ、私は彼のことを全然知らない。彼と積み重ねた全てが、今の私には何もない。


「お待たせしました〜。」


コトッ。

景が2人分の朝食を卓に広げる。

焼き鮭、味噌汁、ご飯にたくあん。

完璧な朝食だった。


「つむぎ、お腹すいてるでしょ。昨日の夜食べてないから。」


「うん。すいてる。」


「おかわりもあるからね。いっぱい食べてね。」


「ありがとう」


いただきますをして食事に手をつける。


「おいしい。」


「でしょ!」


ここぞとばかりにドヤ顔を見せつけてくる景。

なんだか心がポカポカする。温かい。


どれも食べたことのある、味を知っているものなのに、こんなにも心が苦しいのはどうしてだろう。


味噌汁に口をつける。あぁ、これだ。この味だ。


「つむぎ…どうしたの。」


「あれ、私。」


頬を涙が伝う。


「あれ、おかしいな…あれれ。」


景は戸惑う私の隣に座り、背中をさする。


「景さん…景さん…」


「うん。うん。ここにいるよ。」


なんで、忘れちゃったんだろう。

大切な記憶だったはずなのに。

私達が重ねてきた、大切な日々を。

思い出せない。何も。


「つむぎ。君が嫌じゃなければ、これからもそばにいさせてほしい。」


こうして、私を知る恋人と、恋人を知らない私との生活が始まった。

ここまで読んでいただいて、ありがとうございます。


初めまして、不常と申します。


今回が小説家になろうへの初投稿になります。


趣味でずっと創作活動をしていましたが、誰かの目に触れるところに投稿したのは初めてです。


設定や世界観、物語の展開を考えてばかりで、文章を紡ぐ力はまだ拙いと思います。


「2度目の初恋。」は、紬と景がもう一度恋をしていく物語です。


もし少しでも面白いと思っていただけたなら、評価や感想をいただけると嬉しいです。


これから少しづつ、作品を書き出していこうと思っています。


改めて、ここまで読んでいただいてありがとうございます。

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