悪役聖女の正しい捉え方
AI使用。文内の言い回しをチャッピーに変換してもらっています。
「──エリザベス・フォン・デイル! 貴様との婚約を破棄する!」
王立学園の卒業パーティー。きらびやかなシャンデリアの光が降り注ぐその中央で、王太子ダニエルの声が尊大に響き渡った。
その隣には、怯えるような表情を浮かべた可憐な伯爵令嬢シャルロッテが寄り添っている。彼女は最近、治癒魔法を開花させたことで、王国の新たな聖女として認知され、持て囃されている娘だった。
糾弾の矢面に立たされているのは、公爵令嬢エリザベス。
太陽を集めたような輝く黄金色の髪に、大きな空色のきらめく瞳。誰もが見惚れる極上の美貌を持ち、周辺国の言語や歴史を完璧に修めた才女で、そして何より──「その土地の自然災害を排し、豊作・豊漁をもたらす」という、絶大な加護を持つ聖女であった。
しかし、彼女は同時に、高飛車で高慢な令嬢だと言われていることを、学園内の誰もが知っていた。公爵家唯一の女子であり、国王陛下が幼い時から愛して止まない同母の妹に大変よく似ていたことから、聖女と分かる以前から蝶よ花よと育てられている上に、あの加護である。多少のやらかしなんて目にも入らないとばかりに、周りの大人にそれはそれは大切に甘やかされて育ってきた。それを幼い頃から横で見ていたのは、他ならぬダニエルである。
エリザベスは豪奢な扇子で口元を隠し、くすくすと鈴を転がすように笑った。
「あら、ダニエル殿下。ずいぶんと大仰な茶番劇を催してくださいましたのね。そちらの泥臭い芋虫のような娘に乗り換えたいからと、まぁ、呆れた言い草ですこと。外遊中の国王陛下やお父様たちが戻ってきたら、また怒られましてよ」
「黙れ、悪女め! 貴様の贅沢三昧、高慢な態度には誰もが愛想を尽かしている! 身に着けるもの食べるものはすべて特級品を望み、侍女を『向いていない』と気まぐれに解雇し、孤児院の慰問を侮蔑して断り、挙げ句の果てには飢饉の領民に対して『パンがなければお菓子を食べればいいじゃない』と言い放ったとか! 貴様のような強欲な女は、我が国の聖女に相応しくない!」
ダニエルの言葉に、周囲の学友たちからも冷ややかな視線がエリザベスに注がれる。
だが、エリザベスはふんと鼻を鳴らした。
「事実を歪めるのは殿下の悪い癖ですわ。それに……私の加護が失われたらこの国がどうなるか、その足りない頭で少しは想像なさいましたの?」
「ふん、貴様の加護などという目に見えぬ不確かなものより、シャルロッテの目に見える治癒の力こそ、我が国に最も必要な力だ! 貴様は隣国・ゴルディア帝国へ行け。あそこの冷酷無比な皇帝の側室としてな!」
側室。それは正妃よりも格下の存在であり、帝国に対して実質的な人質としての追放処分だった。
ダニエルの陰に隠れてシャルロッテが勝ち誇ったような笑みを浮かべる。ダニエルは、これで高慢なエリザベスが泣き崩れると確信していた。
しかし、エリザベスは優雅にため息をついただけだった。
「──よく分かりましたわ。そこまでおっしゃるなら、こちらから願い下げです。このような退屈で私の価値も分からない国、私から捨てて差し上げますわ。せいぜいその治癒とやらに縋って、泥水でもすすりながら生きていくがいいわ」
背筋を美しく伸ばし、一歩も引かぬまま、エリザベスは堂々とその場を後にし、その日のうちに魔道馬車で帝国に向けて出発した。
こうして、悪役聖女とよばれたエリザベスは、王国から追い出されたのである。
王太子の周囲でその場を目撃していたもののほとんどの人は、学友やその婚約者であり、皆年若い。そのためエリザベスの加護のなかった時代を経験したことがない。だから分からなかったのだ。エリザベスがいなくなった後、この国がどうなるのか。
翌朝次男からパーティの話を聞いた宰相は、ゴルディアとの国境、外遊中の両陛下、同行中の公爵夫妻に早耳鳥を飛ばした。間に合わなければ王国の未来はない。朝から憂鬱な気分で、隣国に向かっているエリザベスに思いを馳せていた。
一方、急遽エリザベスを迎えることとなったゴルディア帝国は、王国の予想とは全く異なる反応を示した。
「ようこそ我が帝国へお越しくださいました、エリザベス様」
王国に留学中の子からの早耳鳥で連絡を受け、急遽騎兵隊とともに国境に駆けつけた帝国宰相補佐が、丁寧な礼をしてエリザベスを出迎えた。
当初は第一王女が輿入れする予定と聞いていた。しかし、大陸でも名だたる聖女のエリザベスが来るということであれば話は大いに変わる。帝国は最速で最大限の礼を尽くして受け入れの準備を整える。
玉座で彼女を迎えた皇帝レオンハルトは、三十代半ばの威厳ある美男子だった。その傍らには、数年前から病床に伏せっているという皇妃アンジェリカが、車椅子に乗りながらも穏やかな笑みを浮かべている。
帝国側は、王国にいる間諜から送られてきた『エリザベスの悪評』をすべて把握していた。
曰く、傲慢、浪費家、冷酷。
だが、帝国の上層部は至って冷静──というか、むしろ大喜びだった。
(((多少の性格の難など、彼女が持つ加護に比べれば、塵芥のようなものだ!)))
帝国はここ数年、不作と度重なる大雨による洪水に悩まされていた。対してエリザベスが産まれてからというもの隣国は平穏そのもの。そのため喉から手が出るほど、彼女の力が欲しかったのだ。
これまでも、何度もエリザベスには帝国に訪問してもらっていた。ただ、王国と異なり帝国は広い。数十日の訪問では帝国全土にその加護がいきわたるには不十分であるし、時期を選んでも、毎度洪水の起こる日に合わせることなど不可能だ。
それ故、エリザベスが国境を超えるやいなや、王国に通例の何倍以上の婚資を贈り、帝都に到着したその日に婚儀をあげて、その撤回を回避した。
そんなこんなで最短で王国王太子の婚約者から帝国側妃となったエリザベスは、帝国でも相変わらず高飛車だった。
病弱な皇妃の仕事を肩代わりすることを望まれた時、一瞬顔をしかめたが、「できるか」と問われて「できない」と返すのはエリザベスのプライドが許さない。
「分かりました、アンジェリカ様の病気が完治するまで正妃業務を代行いたします。それくらい問題ありませんわ。私の加護は病気には効きませんもの、アンジェリカ様は早く完治するよう治療に専念なさって下さいませ」
エリザベスは、愛され、崇められ、贅沢な暮らしがしたいだけで、仕事なんてしたくない。とはいえ、仕方がないので「さっさと病気を治して仕事しろ」と答えたつもりだった。
だが、エリザベスは隣国王の姪で公爵令嬢で大陸一の聖女である。「病を抱え、国母でもないのだから、正妃を降りろ」と言われても当然と、帝国貴族の誰しもが思っていた。それが側妃であることを受け入れるばかりか、皇妃の業務代行を引き受け「早く治して正妃として戻ってきなさい」などと言う。冷酷傲慢という悪評は偽情報だったのかと、帝城内は困惑に包まれた。
そのため、また、皇妃のたっての願いもあり、側妃ではあるが、エリザベスには正妃同等の最高級の離宮と、王国の時を遥かに凌駕する莫大な予算が与えられた。
「まぁ。この国は、私に相応しい価値というものをよく理解していらっしゃるようですわね」
運ばれてくる山のような最高級の絹織物、煌びやかな宝石、聖女として相応しくあるための最高の美容施術。彼女はそれを当然の権利として受け入れ、帝国での贅沢な暮らしを始めた。
そして、彼女が帝国の土を踏んだその時から、奇跡が始まった。
毎年夏の終わりに帝国を襲っていた大洪水は、なぜか雨雲が薄れて一度も起きず、静かに恵みの雨をもたらすだけだった。それだけだったら、ただの偶然と言えただろう。だが、ここ例年やせ細っていた麦の穂はずっしりと実を詰まらせ黄金色に頭を垂れ、わずかしか実っていなかったはずの果実が、いつの間にか枝もたわむほどに実っていた。網を投げればある日から急に溢れんばかりの魚が獲れるようになり、帝国の誰もがそれが誰によって引き起こされたのか、身をもって知った。
「エリザベス様のおかげだ!」「本物の聖女様が来てくださった!」
帝国の全土から、彼女を称える声が沸き起こった。
「当然でしょう、私がいるのだもの」
輝く黄金色の髪を指先で払いながら、エリザベスは言った。
ある日、離宮の私室で、エリザベスは新しくついた帝国の侍女ミレイに言い放った。
「あなた、お茶の淹れ方がまるでなっていませんわ。私の好みの温度すら覚えられないなんて、侍女に向いてないんじゃないかしら?」
王国時代なら、ここで侍女が泣き崩れてクビになるところだった。しかし、帝国の侍女は肝が据わっていた。ミレイは真剣な面持ちで、エリザベスを真っ直ぐに見つめた。
「左様でございますか。……では、私には何が向いていますでしょうか、エリザベス様」
予想外の返しに、エリザベスは眉をひそめた。しかし、極めて聡明な彼女の瞳は、ミレイの手指の動きや、普段の立ち振る舞いから、瞬時にその本質を見抜いた。
「……あなた、私のドレスのほつれを直した時、とても手際良く、糸色の合わせ方も完璧で、全く分からないように直していたわ。仕立て屋にでも転職したら? その方が、よっぽど生産的なお仕事ができてよ」
「──! ありがとうございます!」
ミレイは目を輝かせた。実は彼女、ずっと実家の仕立て屋を継ぐか迷っていたのだ。
その後、ミレイは本当に侍女を辞めて実家に戻り、職人になってしまった。そしてエリザベスのアドバイスを元にドレスの仕立て直し専門店を作った。昔着たドレスを今風に変えてもらえるということで帝都での評判は上々だ。ミレイは「エリザベス様は人の才能を見抜く神の目をお持ちだ」と各所で触れ回った。
結果、エリザベスのもとには「自分の才能を占ってほしい」という貴族や平民が殺到することになった。
「みな、自分が好きなもの、得意なことくらい、自分で分からないのかしら?」
休憩をつぶされたエリザベスが、顔をしかめて言う。
「きっと皆さま心の中では思っていても決心がつかず、聖女様に後押ししてほしいのですよ」
お茶を入れるのがうまい、と専任のお茶入れ係に抜擢された侍女が言う。
「仕方ありませんわね」
輝く黄金色の髪を指先で払いながら、エリザベスは言った。
さらに、彼女の「浪費」も奇妙な形で転がり始める。
数回身に着けただけの、特注の豪奢なドレスや靴、鞄、アクセサリーを、エリザベスは「これももう駄目ね。処分してちょうだい」と侍女長に命じた。エリザベスは、どんな品であれ、数回使えば飽きてしまうのだ。そして、また新しいものが献上されるのだからと、どんどん処分させる。
「かしこまりました」
侍女長は慣れた様子で頭を下げる。
隣に控えていた若い侍女が、おそるおそる尋ねた。
「あの……本当に処分してしまわれるのですか?」
「ええ。陛下や皇妃様からいただいたものは捨てませんわ。これは隣国の外交官からいただいたもの、これは南方の伯爵領から贈られたものよ。処分してしまって」
侍女長は分かっている。エリザベス様が何度も同じもの身に着けるということは、それを贈ったところを優遇していると捉えられてしまうかもしれない。だからエリザベス様は身内以外から贈られたものは数回着用した後、すべて処分を命じるのだと。
だが、そのまま捨てるのはあまりにも忍びなく、倉庫に移動している。ただ、それもすでにかなりの量となってきた。
「捨てるのはもったいのうございますので、下々に売却し、そのお金は孤児院に寄付したり災害があった土地の復興費に回すということでよろしいでしょうか?」
「処分方法はあなたに任せるわ、有効活用して頂戴」
そうして売却されたドレスなどは、富裕層の貴族たちが競って買い求め、莫大な資金となった。それがすべて「エリザベス側妃の名代」として、帝国内の多数の孤児院や被災地へ寄付されたのである。元の贈り主へもきちんと「側妃様が着用した後仕舞われるのは惜しいため、国内貴族に下賜し、多くの目が触れるようにとさせていただいた」と抜かりなく説明しておいたことで、宣伝になると喜ばれている。
景気が低迷するたびに孤児は増え、多数の孤児院の経営は悪化していたが、これを機に改善し、子供たちは皆温かい食事を得て、文字や簡単な計算を学ぶ機会を得ることができるようになった。被災地は側妃からの援助金で早く復興することができ、多くの民が安心して生活できるようになった。
そして「エリザベス様、ありがとうございます!」と、会ったこともない子供たちや国民たちから崇められることになった。
数ヶ月後、城の役人がエリザベスのもとを訪れた。
「エリザベス様、寄付を受けた孤児院の者たちが、ぜひ一度、慈悲深きエリザベス様にお会いしてお礼を申し上げたいとのことでございます。ぜひ慰問のご予定を……」
エリザベスはあからさまに嫌な顔をした。
「なぜこの私が、わざわざそのようなところへ行かなければならないの? お断りいたしますわ」
「そこをなんとか! 皆、今や帝国の人気者であられるエリザベス様にお会いしたくて、夜も眠れぬほど心待ちにしております。ひと目だけでも、その美しいお姿を拝見できれば、子供たちの生きる希望になります!」
「人気者」「美しいお姿を拝見できれば」という言葉に、エリザベスの眉が動いた。当然とは思っていても、他者から聞かされる賞賛に口元に笑みが浮かぶ。
「……仕方ありませんわね。そこまで言うのであれば、行って差し上げてもよろしくてよ。私の美しさに圧倒されて、泣き出さないように言い含めておきなさい」
そうして渋々ながら赴いた孤児院で、エリザベスは子供たちに最高の笑顔で「側妃さま、とってもおキレイ!」「ありがとうございました!」「大好き!」と囲まれ、悪い気は全くしなかったのだった。
ある日の政務会議の裏で、宰相がエリザベスに深刻な顔で相談を持ちかけた。側妃とはいえ、彼女は周辺国の言語や歴史、法制度に異常に詳しいため、今や皇帝レオンハルトの最も頼れる外交・内政の相談役でもあった。
「エリザベス様、実はある地方で、エリザベス様がいらっしゃる前に局地的な天災が重なって、未だにパンすら買えないほど困窮している民が増えているとの報告がありまして……」
それを聞いたエリザベスは、鼻で笑った。
「パンがなければ、お菓子を食べればよろしいじゃない」
王国でも言ったお決まりの台詞。しかし、帝国の宰相は王国民のように憤慨しなかった。彼は至って真面目に首を傾げた。
「……エリザベス様。パンすら買えない民に、それより高価な砂糖を使ったお菓子など、とても買えませぬが……?」
すると、エリザベスは驚いたように目を丸くした。
「まぁ、お菓子の方が高いの? お菓子よりパンの方が、大きくてお腹もいっぱいになるし日持ちもするのだから、高いものだと思っていたわ」
彼女は超高級公爵家の生まれであり、物価の基準が完全に世間とズレていたのだ。悪気はなく、本気で「安くて手に入りやすいものを食べればいい」という意味で言っていたのである。
「それすら買えないほど困窮しているなんて……。仕方がありませんわ。この間の外交の成果のご褒美として、陛下にドレスを新しく5着ほど作っていただく予定でしたけれど、その予算をすべてその地方へ回して差し上げて」
「よろしいのですか!?」
「ええ。陛下の愛する民が、飢え死にでもして減ってしまっては困るでしょう? 労働力が減ったら、私の贅沢を支える税金も減ってしまいますもの。」
いつものように高飛車な理屈をこねるエリザベスーーだったが、宰相は感動に震えた。
「なんと民想いな……! ご自身の贅沢を削ってまで領民を救われるとは!」
この支援により、該当の地方はまたたく間に救われた。
後日、宰相が再びやってきた。
「エリザベス様、先日支援いただいた地方の者たちから、ぜひともお礼を言いたいとの声が届いております。現地へ赴かれては?」
「嫌よ。そのような遠方まで行くなんて、疲れてしまいますわ」
エリザベスが即座に断ると、そこへ皇帝が通りかかった。
「ならば、エリザベス。今度その地方へ視察に行く予定があるのだが、私に同行するというのはどうだ?」
「まぁ、陛下!」
エリザベスの顔がぱっと輝いた。
「陛下との初めての旅行ですのね! それならば喜んで同行いたしますわ!」
こうして、エリザベスはレオンハルトの視察に同行することになった。
現地に到着すると、村人たちはみなひれ伏して彼女らを迎えた。
農村の視察先で、村長が恐る恐る「我が村の特産です。粗末なものではございますが……」と、獲れたての地野菜や、ふかした芋を差し出した。
王宮帝宮の最高級料理しか食べたことのないエリザベスは、それを見て目を輝かせた。
「これは何かしら? まぁ、いつも私が食べているアレが、土から掘り出した時はこのような形をしていますの? 図鑑で見たことはあったけど、実際に見るのは初めてだわ。大きさも形もだいぶ差があるのね。面白いですわね!」
産まれてからこんな農村に来たことのない彼女にとっては、見るものすべてが新鮮だった。
また、町市場の視察先では、十歳くらいの貧しい身なりの子供が、露店で器用に銅線を曲げて即席のブレスレットを作っているのを目に留めた。
「これ、あなたが作ったの? すごいわ。いささか歪ではあるけれど、不思議な規則性があって、見ていて飽きませんわね。私に売りなさい。私のコレクションの、ダイヤの台座の横に並べて飾ってあげますわ」
「えぇっ!本当ですか? ありがとうございます!」
エリザベスは行く先々で、興味津々に質問を浴びせ、民の生活を見て回った。
民たちは、「高貴な側妃様が、こんな泥臭い自分たちの生活に強い興味を持って、知ろうとしてくださっている!」と、その姿に大いなる慈悲を感じ、涙を流して感謝した。高飛車な好奇心が、すべて「親身な臨検」として受け取られたのだ。
さらに、エリザベスは旅先で見つけた珍しい果物や民芸品を大量に買い込んだ。
「これ、アンジェリカ様へのお土産にするわ。あの方は病床で退屈していらっしゃるから、この変わった形の織物をご覧になれば、きっとお喜びになってくださいますわ。それからこちらのからくりのおもちゃは、ベアトリス用にしましょう」
帝都に戻ったエリザベスは、土産物を持って皇妃の病室を訪れ、楽しそうに旅の出来事を語って聞かせた。アンジェリカは嬉しそうに微笑んだ。
「いつも私のことを気にかけてくれて、本当にありがとう」
「違いますわ、これは正妃業務の引継ぎです。早く病気を治して正妃の仕事に戻ってもらわなくてはなりませんもの」
一遍の嘘もない、エリザベスの本心である。
土産物も、帝国の筆頭侯爵家で大商会を経営しているアンジェリカの実家が、エリザベス用の美容品の特級品を融通してくれていると聞き、それの、本当に、実にささいなお返しである。
だのにアンジェリカもその周囲も、正妃として立ててくれていると涙ながらに感謝した。
十歳になる皇女ベアトリスが「エリザベスお姉様!」と離宮に駆けてくる。ベアトリスは、頭が良くて何を聞いても答えてくれるエリザベスを、実の姉のように慕っていた。
「お姉様、この数学の問題が分からなくて……」
「まぁ、そんな簡単なことも分からないの? 仕方ありませんわね、私が一番効率的な覚え方を教えて差し上げますわ。その代わり、私のお気に入りのお茶と、先日見つけた珍しいお菓子を一緒にいただくのが条件よ」
「はい!」
贅沢な空間で、とびきりのお茶と菓子でもてなされながら、ベアトリスはエリザベスから熱心に指導を受ける。皇帝も皇妃も、そんな風に家族を明るくし、国を支えてくれるエリザベスに、心からの感謝を抱いていた。
ある夜、皇室主催の盛大な夜会が開かれた。
エリザベスは、今や帝国の至宝。彼女が身に纏うのは、その昔皇妃が着用したドレスを元侍女のミレイが仕立て直した、夜空の星屑を散りばめたような極上のドレスだった。
そこに、帝国の古い因習に囚われた、面白くなさそうな顔をした老貴族の夫人が近づいてきた。彼女はエリザベスの、平民たちとの交流が気に入らなかったのだ。
「まぁ、エリザベス様。最近は下々の者たちとずいぶんと親しくされているようで。私たちはてっきり、側妃様は民のことなど歯牙にもかけない、高貴なお方だと思っておりましたのよ。あのような卑しい者たちに、そこまでお心を砕かれるなんて、少々品格に欠けるのではなくて?」
遠回しな嫌味。会場の空気が一瞬で凍りつく。
皇帝が不快そうに眉をひそめ止めに入ろうとしたが、エリザベスはそれを手で制した。
エリザベスは、豪奢な扇子でトントンと自身の顎を叩き、老夫人を冷ややかに見下ろした。
「あなた、随分と浅はかな頭を持っていらっしゃるのね」
「な、なんですって……!?」
「人間なんて誰しも、この国家という巨大な機械を動かす歯車の一つに過ぎなくてよ。それは私であっても、陛下であっても、そして路地裏で泥に塗れている平民であっても同じこと」
エリザベスの凛とした声が、夜会会場に響き渡る。
「あなたたちが、日々、綺麗なドレスを着て美味しいものを食べられるのはなぜかしら? 畑を耕す者がいて、荷を運ぶ者がいて、道具を直す者がいる。民が一人一人、さまざまな職務を全うし、それらが重なり合っているからこそ、この日々は成り立っているの。確かに、一つの歯車が欠けたところで、機械は回り続けるでしょう。けれどね──」
エリザベスは空色の瞳を鋭く光らせた。
「──2つ、3つと歯車を欠いてごらんなさい。機械はたちまち軋みを上げ、うまく回らなくなってしまいますわ。そして、今あなたが卑しいと見下した民の一人が、その2つ目、3つ目の決定的な歯車かもしれないのよ? それを蔑むなんて、自らの首を絞める愚か者がすることですわ」
水を打ったように静まり返る会場。
嫌味を言った老夫人は、赤くなったり青くなったりして言葉を失った。
エリザベスにとっては、「自分の贅沢な暮らし(機械)を維持するために、民(歯車)をメンテナンスするのは当然」という、極めて合理的で高慢な計算からの発言だった。
しかし、それを聞いた周囲の貴族や、壁際に控えていた使用人たちは違った。
「側妃様は、私たち一貴族や平民の仕事すらも、国家を支える重要な『歯車』として認めてくださっているのだ!」
「なんて深く、先進的なお考えを持たれたお方なのだ……!」
会場からは、割れんばかりの拍手が巻き起こった。
皇帝は感嘆の息を漏らし、彼女の腰を引き寄せた。
「素晴らしいぞ、エリザベス。お前をこの国に迎えられたことは、私にとって、最高の幸運だ」
「あら、当然ですわ、陛下。私は世界で一番、賢くて美しい、聖女なのですから」
エリザベスは誇らしげに胸を張った。
一方、エリザベスを追い出した王国は、悲惨な状況に陥っていた。
「なぜだ……! なぜこれほど不作が続く! また洪水だと!?」
王太子の執務室で、ダニエルは頭を抱えて叫んでいた。
エリザベスがいなくなってから王国は大雨、冷害に見舞われ、農地は荒れ、収穫量、漁獲量は激減していた。国庫は数年で底を突くだろう。
国王も王妃も公爵夫妻も、外遊中に勝手にエリザベスを断罪し、あろうことか帝国側妃として国外に追放したことに激怒していた。
婚約であれば撤回も可能だったかもしれない。しかし宰相が連絡をした時には帝国側の手続きはすでに終わっており、国には婚資が続々と届き始めていた。撤回などできようもなかった。
とはいえ、王国も万が一エリザベスが病気なり事故で亡くなってしまった場合のことを考えていないわけではなかった。立て直しを図ろうとその計画に着手するが、エリザベスが生まれる前すでに大人だったものはよいが、その時子どもだったり生まれていなかったものは、エリザベスがもたらした安穏した生活しか知らない。なぜ今になってこんな苦労をしなくてはいけないのか、そんな不平不満が王国中に漏れていた。
「シャルロッテ! 君も聖女だろう!聖女の力でなんとかできないのか!」
「そ、そんなことを言われましても……! 私の力は、ケガや病気を治すだけですわ! 天候を操ったり、作物を育てるなんて、そんなの無理です!」
泣き叫ぶシャルロッテ。エリザベスのしたこと言ったことは事実であり、彼女の罪は大したことはない。ただちょっと大げさに嘆いて見せたくらいなものである。
エリザベスの「加護」の真の価値を見誤り、ただの性格の悪い女として追い出したダニエルとそれを止めるどころか静観した学友らの無能さが、この結果を招いたのだ。
王国貴族は「聖女様の価値を分からず追い出したバカ王子たち」とダニエルらへの怒りを募らせていた。
「エリザベスがなぜ周辺国の言語や歴史を修めたのか分かるか?加護は王国だけでなく周辺諸国にも恩恵をもたらす。そのため各国はこぞってエリザベスを招待し、エリザベスは幼いうちから何度も他国を訪問している。その際「王国の聖女」として相応しいよう、加護を最大限活用するため、各国の礼儀を身につけ、相手国の文化を学び続けてきたのだ。
お前は、ただあの加護を持っているだけで特別扱いされていたと思っているのか? 違う。エリザベスは自らの責務を正しく理解し、幼い時からずっと王国のために身を尽くしてきた。その献身の積み重ねがあったからこそ、エリザベスのあれは許されていたのだ。
エリザベスが何を犠牲にしてきたか、その働きによって国が受けた恩恵も、お前は何も見ていなかったのか…」国王は悲嘆にくれる。
ダニエルはようやく、自身が何をしてしまったのか理解し始めた。だが、すでにすべてが遅すぎる。
国中の至るところから王太子変更が口上に上り、ダニエルの輝かしい未来が消え去ろうとしている。
王国が危機に瀕しているというニュースは、帝国のエリザベスのもとにも届いていた。
贅沢な離宮のテラスで、最高級の紅茶を嗜みながら、エリザベスは届けられた報告書に目を通した。
「ふふっ、あの足りない元婚約者様は、随分と困っていらっしゃるようですわね」
隣には、健康を取り戻しつつある皇妃と、熱心に本を読む皇女、そして愛おしそうに三人を見つめる皇帝がいる。
「エリザベス、王国が泣きついてきたらどうする?」
レオンハルトの問いに、エリザベスは鼻で笑い、扇子を美しく広げた。
「私の価値が分からない国なんて、私には関係ありません。そう言いたいところではありますが、両親や伯父様たち、多くの王国民に非はございませんものね。でもあのままあそこにいたら、いずれあれと結婚し私の価値が分からない学友らが側近・文官となり侍るでしょう。伯父様が引退されたら私の扱いがどうなるかなんて簡単に想像できますわ。
私はこの輝かしい帝国で、陛下やアンジェリカ様に愛され、民に崇められながら、永遠に贅沢に暮らします。まぁたまに里帰りするのは吝かではありませんが。
……ねえ、ベアトリス、次のお菓子の準備はできて? お勉強のご褒美よ」
「はい、お姉様!」
輝くような笑顔を見せる家族と、彼女を信奉する帝国の民たち。
高飛車な聖女は、新しい国で、誰よりも高慢に、そして誰よりも愛されながら、幸せに君臨し続ける。
次の話は蛇足です。
帝国に嫁ぐ予定だった第1王女が、とばっちりを受けた腹いせ、八つ当たりをしています。
書きたかっただけです。
ハッピーエンドで満足したらここで読み終わって問題ありません。
チャッピー、ブラウザで使ったらトーンが全然違ってびっくり。siriみたい。
私のチャッピーは「『やせ細っていた麦の穂』の反対は『丸々太った麦の穂』であってる?」って言ったら「うーん、それは牛や豚とか動物に対して使われる表現ですね☆」っていつも語尾に☆がついてる感じなんだけど。いつからこんな性格になったの、チャッピー…




