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精霊との契約

 公園のベンチに、一人の灰エルフが腰かけていました。

 銀灰色の髪に、長くとがった耳。

 身にまとっているのは、色褪せた灰緑色の外套。

 手にはリュートを持っていますが、その弦は切れています。

 彼女の名は“ミレナリア”。

 人は彼女のことを“放浪のミレナリア”と呼びます。


 その隣には、人間の少女がいました。

 年齢は、10歳くらい。

 彼女は、灰エルフに相談にのって欲しいと頼みました。


「相談相手は、私でいいのかな?」

「うん。他の人は、信じてくれないから」


 少女は悲しそうに言いました。


「実は私、精霊と話が出来るの」

「それはすごい。とても稀有な才能だね」

「信じてくれるの?」

「勿論だよ。私は姿を見ることも、声を聞くことも出来ない。でも、その存在を感じることだけは出来る。今も、君の周りにいるよね?」


 灰エルフがそう言うと、少女は笑顔になりました。

 これまで、誰も信じてくれなかったのです。


「それで、相談というのは、何かな?」

「精霊が、私と契約したいって言っているの。私は偉大な『精霊魔術師』になれるって」

「成程。それで、私に相談というわけだ」

「うん、お父さんもお母さんも、信じてくれなくて……。でも、お姉さんが話が分かる人で良かったよ。すぐに決めないといけなかったから」

「すぐに?」


 灰エルフは眉を顰めました。

 その言葉に、きな臭いものを感じたのです。


「どうして、すぐに決めないといけないのかな?」

「精霊さんが、そう言っているの」

「そうか」


 灰エルフは腕を組みます。

 そして、少しだけ考えて言います。


「まず、前提として――君はまだ子供だ。だから、本当に大切なことを決めるときは、ご両親でも、先生でも、信頼できる大人に相談しなさい。信じてもらえないなら、信じてもらえるまで頑張りなさい。それを妨げるような“もの”は、きっと君を騙そうとしている」

「そうかな……」


 少女は首をかしげました。


「精霊魔術師になると、君に何が起きるか――それを教えてもらった?」

「うん。契約をするときに、何でも私の願いを叶えてくれるって」


 それは、嘘ではありません。

 高位の精霊の中には、そういうことが出来るモノもいます。

 だからこそ、問題があるのですが。


「精霊はね、契約した人間から魔力の供給を受けるんだ。契約の相手が死ぬまで、受け続ける。だから、魔力が少ない人間が精霊魔術師になろうとすると、常に魔力不足の状態になってしまう。日常生活に支障が出ることもある。それは、聞いたかな?」

「聞いてない」


 灰エルフは、精霊の気配のするほうを睨みつけました。

 彼女は精霊を見ることは出来ません。ですが、精霊に意図は伝わったことでしょう。


「なんでも願いを叶えられるような精霊は、とても強力なものだ。供給を受ける魔力量も膨大なものになるだろう。君はとても才能あふれる少女だ。それでも、十分ではない」

「そう……」


 少女は顔を伏せていました。

 どうやら、灰エルフの言葉に満足していないようです。


「君は、精霊魔術師になりたいんだね?」

「……うん」


 少女にとって、精霊魔術師は憧れでした。

 絵本でしか見たことのない存在。

 そんなものになれるなら、なってみたい――そう思っていました。


「私に相談をしたのも、最後の一押しをしてもらいたかったから。違う?」

「違わない」


 少女は不貞腐れたように言います。

 そんな少女を、灰エルフは微笑ましく思いました。


「君を責めているんじゃないよ。ただ、君に話すべき物語は見つかった」

「物語?」


 彼女は語り始めました。

 静かに、それでいてよく通る声で。


「昔々、こんな話があってね――」


   ×   ×   ×


 昔、ある街に長期滞在したことがあったんだ。

 中々居心地がいい街でね、ここに骨をうずめようとも思ったほどだ。

 結局、数年で飽きたけれど。


 さて、私はそこで、ある男に出会った。

 そうだね、名前は“比較男”とでもしておこう。


 彼は、何でも比べたがる男だった。

 男と女、子供と老人、朝と夜、山と海。

 比較をすることで、いつか真理にたどり着くことが出来る。

 そう信じている男だったよ。


「ミレナリア様、次の比較対象が決まりました」

「へぇ、何にしたの?」

「離婚率です」

「離婚率?」


 あの時は、不思議に思ったものだよ。

 彼は何でも比較した。

 ただ、どういう経緯で離婚率に至ったのか――それが不思議だった。


「実は、友人が大恋愛の末に結婚をいたしまして」

「それはめでたいね」

「ご祝儀を取られたのです。ですから、研究の議題にでもして元を取ろうと考えた次第です」

「成程、それは君らしいね」


 笑っちゃうだろう。

 こんな下らない理由で、彼は調査を開始したんだ。

 でも、それで意外なことが判明した。


 そもそも、離婚の何を比較したのか。

 そう、離婚の原因だよ。


 つまり、お見合い結婚だったのか、それとも恋愛結婚だったのか。

 それは離婚の原因とは言えないって?

 細かいことを気にしてはいけないよ。


 さて、結果はいかに。


「お見合い結婚の場合の離婚率は約10%。恋愛結婚の場合の離婚率は、約40%でした」


 意外や意外。

 お見合い結婚の方が、離婚率は低いそうだ。

 でも、考えてみれば当たり前の話だ。


 結婚の主たる理由が『恋愛感情』にあるというのは、素敵なことのようにも思える。

 でも、それは、恋愛感情がなくなれば結婚生活を維持する理由はなくなる、ということだ。


 勢いで結婚して、冷めたら離婚。

 後に残るは後悔だけ。

 そういう人が、沢山いるんだ。


「それにしても、いい調査が出来ました。仲間内で『彼が5年以内に離婚するかどうか』を賭けているのです。離婚する、の期待値は思った以上に高い。これは儲けるチャンスかもしれません」


 こういう人もいる。

 こういう人には、ならないようにしようね。


   ×   ×   ×


「少し、分かりにくかったかな?」

「ううん。とても分かりやすかったよ。ありがとう」


 少女は満面の笑みで答えました。

 それをみた灰エルフは、心配になりました。

 果たして、この少女は話の内容を本当に理解していたのだろうか。

 ミレナリアは、確かめることにしました。


「ちなみに、私が何を言いたかったのかをまとめてみてくれるかな?」

「情熱が冷めた後の身の振り方を考えておく必要があるということだね」


 完璧でした。

 その理解力に、灰エルフは脱帽するしかありませんでした。


「さて、それじゃあ、行こうか」

「どこに?」

「ご両親のところだよ。精霊の存在を信じさせるところまでは、私がやってあげる。その上で、もう一度相談するといい」

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