本物と偽物
木製の粗末な椅子に、一人の灰エルフが腰かけていました。
銀灰色の髪に、長くとがった耳。
身にまとっているのは、色褪せた灰緑色の外套。
手にはリュートを持っていますが、その弦は切れています。
彼女の名は“ミレナリア”。
人は彼女のことを“放浪のミレナリア”と呼びます。
今、彼女は人間の村で行われている“イベント”に参加していました。
正確に言えば、参加させられていました。
押しの強い“主役の女性”に、強引に頼み込まれたのです。
「旅のエルフの方に出会えるとは縁起がいい。是非、参加していってください。その場にいるだけで結構ですから」
「それ、何か意味があるの?」
「このイベントに箔が付きます」
灰エルフは、女性にそう頼まれていました。
断りませんでした。断れませんでした。
彼女は断るのが苦手なのです。
そんな弱みに付け込もうとするのが、人間の汚い所。
女性は、灰エルフに新たな要求をしました。
「エルフさん。何かお話をしていただけないでしょうか」
灰エルフは、女性にそう頼まれました。
その場にいるだけでいいと言われていたのに。
断りませんでした。断れませんでした。
彼女は断るのがとても苦手なのです。
彼女は語り始めました。
静かに、それでいてよく通る声で。
「昔々、こんな話があってね――」
× × ×
とある鉱山都市で、宝石商から相談を受けたことがあったんだ。
エルフは長命だからね。
沢山の知恵を持っていると思う人も多いみたいだよ。
そんなことはないんだけどね。
知識は増えても、知恵には限界がある。
――閑話休題。
本題に戻ろう。
相談の内容は“ダイヤモンド”についてだった。
具体的に言えば“人工ダイヤモンド”についてのものだった。
「このことは、他言無用でお願いしたいのですが。実は、知り合いの技術者が、人工ダイヤモンドの作成技術を完成させてしまったのです」
「それはすごいね」
正直に言えば、私は何がすごいのかよく分かっていなかった。
ダイヤモンドに興味がなかったからね。
ただの透明な石としか認識していないよ。今でも。
「それで、何か問題でもあるのかな?」
「私は天然のダイヤモンドを扱っています。人工ダイヤモンドが広まれば、在庫の価値が大きく下がることになります」
「ああ、そういうことか」
要は、希少価値がなくなるというわけだ。
珍しいから高く売れていた物が、珍しくなくなる。
宝石商にとっては、死活問題だ。
「技術者は、早く成果を世間に発表したいようなのです。ですが、そんなことをさせてしまえば、私は破滅してしまいます。私は彼を止めました」
「どうやって?」
「人工ダイヤは壊れやすい――ということにしたのです。私は多くの加工職人を抱え込んでいます。私は、職人たちに頼んで、人工ものに対して荒い加工をさせました。そして、技術者に対しては『このような品質ではまだ市場に出せない』と伝えました」
ここまで聞いて、大体話は見えてきた。
この状況下での悩みとしては、二つの可能性が考えられる。
一つは、技術者を騙すことへの良心の呵責。
でも、これはないよね。可能性でしかない。
良心が痛むなら、最初から騙したりなんてしない。
もう一つは――。
「このやり方が、通じなくなったんだね」
「その通りです。裏切った加工職人が現れたのです。彼は、技術者と手を組みました。そして、天然ものと人工ものに対して、同じ加工を行いました。全く同じものが出来上がりました。私の嘘が露見したのです。技術者は憤慨しました。彼は私に対して『違いがあるというのであれば、どちらがどちらなのかを説明してみろ』と迫りました」
「出来るの?」
「無理です! 区別などつきません。ですから、どうすれば、見分けることが出来るのか考えてほしいのです」
宝石商は、二つのダイヤモンドを並べた。
両者とも緻密なカットがなされ、複雑に光を反射していた。
私はその二つをよく見比べた。うん、勿論区別はつかなかったよ。
宝石商に出来ないのだから、私に出来るわけがないよね。
私にできることは、一つだけだったよ。
それが何かって?
それは勿論――問題の解決だよ。
× × ×
話を聞いていた女性は、首をかしげました。
一体、どうすれば宝石商の問題を解決することが出来るのでしょう。
天然ものと人工もの。両者の間に差はないというのに。
「そもそも、二つのダイヤモンドを見分ける必要なんてなかったんだよ」
「どういうこと?」
「私が提案したのは、人工的に作ることが出来るようになったことを技術者に公表させないこと。ただ、それだけだよ」
女性は首をかしげます。
そもそも、技術者が発表をしたがっているのが問題だったはずです。
「それは、無理矢理?」
「合意の上で、だよ」
灰エルフが言います。
「人工ダイヤモンドが作れるようになったと知れたら、天然ダイヤモンドの価値が下がる。だったら、発表さえしなければ、人工ものを天然ものの値段で売ることが出来るでしょ? 私は、商人と技術者に、手を組むよう勧めた」
「あ……」
「まぁ、人工ダイヤモンドが作れるようになって、流通量は増えることになるだろう。半年もせずに、世間も気づくことになる。それまでに、儲けられるだけ儲けてしまえばいい」
「それは、解決なのですか?」
「解決だよ。宝石商が知りたかったのは『どうすれば自分だけは損をせずに済むか』ということだったんだから。技術者も、儲けることが出来る。それに、発表は遅らせるだけであって、永遠にしないわけではない。だから、いずれ栄誉も手に入れることが出来る。ウィンウィンの関係だ。これで損をする人がいるとしたら、誰になるんだろうね」
灰エルフは、さりげなく言いました。
その意図するところを、女性は理解したようです。
「ミレナリアさん。一つだけ、聞きたいことがあるのですが」
「いいよ」
「それ、いつの話ですか?」
「先週」
女性は、複雑そうな顔をしました。
彼女はウェディングドレスを着ていました。
その指には、ダイヤモンドの結婚指輪がありました。




