第二部 追いつけなくても
その後、昼前まで筋トレを続けた。午後も明日もやるのに、もう筋肉痛になりそうだ。
「本当にここまでついてくるとは思ってなかった。ハングリー精神は一流だな」
とセイも額の汗を拭っていた。
「とりあえず、ストレッチして、昼飯食べて休むか。午後は他の事するしな」
俺たちは弁当を食べている間、俺が疲れ過ぎていて一言も話さなかった。セイも話しかけて来なかった。俺たちがようやく口を開いたのは、昼食後のクールダウンの時だった。
「お前の兄ちゃん、どんな奴なんだ?」
俺はどう言えばいいのか分からないままだ。
俺はあいつに勝っていると堂々と言えることが見当たらない。だから、手放しで褒めてしまえば、俺より上の存在だと認めて仕舞えば、きっと楽になる。
でも、違う気がする。
「敵も大切にする甘ったるい馬鹿」
一生、こんな中途半端な言葉で済ませてしまうのだろうか。
「で、お前より足も速い。お前より社交的で、お前より……」
セイはつらつらと俺があいつに負けている事を列挙し始めた。
きっと耳を塞いだって、内側から聞こえてくるような音。
鼓動が速くなる。息苦しくなる。
「でもな」
セイは俺と目線を合わせた。
「俺はライトの弟を弟子にしてるんじゃ無い。ドーンと構えてろ。俺はエントだって」
何も言えないでいる俺を見つめながら、セイは続けた。
「後ろにいると思ってた奴がいつの間にか手を伸ばさないと届かなくなって、いつしかもう追いつけなくなってたりするけどよ。それでも俺はそいつに出来ないことをできる。隣にいる理由とか、一緒に戦う資格って、そういう事だと、俺は思うぜ」
セイは俺の頭に手をポンと優しく置き、離したと思ったら立ち上がった。
「よし、やるか!」
先程の言葉で思案の世界から現実に引き戻された俺は、ほんの少し間をあけて、
「ああ!」
と返事をした。
「って、ここで本当に合ってるのか?」
俺たちがやって来たのは、海だった。
今四月だぞ?この気候で海に入ったら死んでしまう。
「ああ。でも、流石に泳ぐ訳じゃ無い」
セイはハムを取り出して海に放り投げた。まもなく、水が盛り上がり、巨大な蛇が現れた。
「え、こいつは一体……」
「こいつはな、穏やかなタイプの奴だ。これ乗って移動するぞー」
ヌメヌメしているのを想像していたが、鱗は水を弾いており、一枚の上に腰を下ろせば椅子のようになった。
「行くぜ!」
とセイが言うと、大蛇は静かに泳ぎ始めた。
まだ何をするか分からないが、ちょっと楽しそうだ。




