表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/10

八.人体実験

 僕は薄暗いアパートに戻ってすぐに着ていた服を脱ぎすて、脱衣所に思いっきり投げ込み、ベットに潜り込んだ。あの(マル)は今は見えない。牧本さんに声をかけられた後、あの赤い髪の女が舌打ちをしてすっと消えた。

 

(くそっ、一体に僕に何が起こってるんだ!?)


 ふと加藤先輩に見せられた記事を思い出した。

 

〝デジタルデバイスから離れる行動が広がっており、それが深刻な精神的影響、さらには自殺に繋がるケースが……〟


 背筋がぞっとした。精神的な何かが僕にじわじわと悪影響を与えてきている、そんな気に襲われた。(マル)は今は見えない。だが、またあの夢を見るかも、あの女に出会うかもしれない。夜が、寝るのが恐ろしくなった。あの赤い髪の、僕に異常な悪意をもった女。あれは仕方のない事だった。しょせんゲーム。僕に悪気はなかった。どうしてこんなことになった。頭痛がしてきた。なぜ、こんな事に僕が。ズキズキとこめかみがうずいた。僕は深い深い闇に襲われた。

 

     ~異世界


 私は山村の町医者としてぼそぼそと生計を立てていた。小さな子供から、弱り切ったお年寄りまで、分け隔てなく親身に診察する気さくな町医者として世間の評価を得ていた。だが私にはもう一つの顔があった。

 

 人体実験

 

 正確には召獣と人間の融合実験。かつてこの世に存在した神獣と呼ばれた巨大な獣。その遺物の人体への影響度の調査。私がこの可能性に気づいたのはある偶然からだった。


      *


「ガートラント、これをみてくれ」


 ブレイグが指す先を見て私は息を飲んだ。数千年の時を経で発掘された義眼。しかし、その輝きは色あせることなく、まるでついさっき研磨されたのように、美しく滑らかに透き通っていた。

 

「ついにやったな」


 私は興奮してブレイグを見たが、その曇った表情に眉をひそめた。どうかしたのか? 私の問いかけに彼は迷った後、答えた。

 

「すまん。今回は俺は降りる」


(あの、がめついブレイグがこれ程の遺物を?)


 呆気にとられた私は義眼をまじまじと見た。先ほど感じた輝きがうすれ、ぼんやりと黒い不気味な影に覆われている気がしてぞっとした。


召獣の瞳(エターナルアイ)。特別禁忌(きんき)指定物だ」


 ブレイグが諦めたようにつぶやいた。

 

(まさか……)


 私は呆然と義眼を眺めた。

 

(これは造形物ではなく、生物の、召獣の瞳そのものなのか?)


 その輝きに目を奪われ、思わず吸い寄せられた手を慌てて引っ込めた。

 

「まちがっても触るなよ。そのまま、再び土に返すんだ。残念だが発掘もこれで終わりだ」


 名残惜しそうに眺める私に彼はあきれてつぶやいた。

 

「まあ、どうしても欲しければ持って帰れ。召獣は人を選ぶという。お前なら大丈夫かもな」


 ブレイグの言葉に困惑しながらも、私はまじまじと義眼を、いや召獣の瞳(エターナルアイ)を眺めた。不意にイメージが頭に浮かんだ。燃えるような髪。透き通るような肌、かがやく美しい瞳。マハジャル・ダ・シン。子供の頃から憧れ、この道を選んだきっかけになった女性。彼女に使えし召獣。その一部を手にしたものは永遠の加護を得られるという言い伝え。ただし、心あさましきものは逆に永遠の苦痛に(さいな)まれるとも。私は決心した。

 

「私はこれを持ち帰る」


 ああ、そういうと思ったよ。ブレイグはあきらめたようにつぶやいた。

 

「だが決して後悔をするなよ。どんな道がまっていようと、お前は全て受け入れる責務がある。それが召獣の、マハジャル・ダ・シンの加護を得るという意味だ」


 めずらしく真剣なブレイグのまなざしに、私はごくりと息を飲んだ。

 

      *


 発掘調査が終了し、村に戻った私は一人部屋にこもり、召獣の瞳(エターナルアイ)を手に取ってまじまじと観察した。

 

(それにしても美しい。今でも十分機能するのでは?)


 ふと私はある事を思いついた。義眼をもってひっそりと部屋を抜け出し、隣の医療小屋へ移動した。昨晩、一人の身寄りのない老人が静かにベッドで息を引き取った。数日前、借家の店主がいつまでたっても出てこないのを気にして見に行くと、すでに虫の息という事だった。引き取り手の無いまま、明日は共同墓地に埋葬される。

 

(やるなら今夜だ)


 好奇心が背徳感をまさるとはこの事。その時の私には自分の知的欲求をおさえる歯止めがまったく存在していなかった。ブレイグがいれば多少なりとも相談をして踏みとどまったのかもしれないが、残念ながら彼とはあれから疎遠になっていた。

 

 私は手袋をつけて遺体のシーツを取り払った。ハーブ麻酔に手を伸ばしかけたが不要な事に気づいて苦笑いをした。


(血止めの鉗子(かんし)も不要だな)


 私は古びたメスを手に慎重に瞳をくりぬき、あの義眼をはめ込み縫合した。

 

(ん?)


 縫い終わった後、じんわりと赤い液体が縫い目から染み出てきて私は眉をひそめた。指で触ってまじまじと見た。血液だった。なぜ? 瞬く間にその量が増えてどくどくとあふれだし、床全体が真っ赤な鮮血でそまった。

 

(どういう事だ?) 


 誰かの視線を感じてどきりとした。義眼の瞳孔がこちらを向いていた。瞼を少し細めて、何か品定めをしてるようにも見える。

 

(ばかな……)


 私は呆気に取られて思わず、義眼をくりぬいて放り投げた。

 

 コンと音を立てて、それは床を転がって行った。

 

      *


 あの日から私は常に妄想に取りつかれるようになった。召獣の体を身にまとった超自然的な力をもつ人間。アヌビス、ガネーシャ、ミノタウロス。獣と人間が合成された神々をも超えた神秘的な存在。あの遺体の目は生きていた。しかし体は屍のまま。生きた体がいる。できれば若く、美しく、まるでマハジャル・ダ・シンのような魅惑的な少女が。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ