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七.異世界転生

 ずぶ濡れの山下はいったん、牧本の会社に寄る事になった。一言も話さなず黙ってついてくる山下に牧本の不安はますます高まっていた。


(マル)……ですか? それと突然現れたゲームのキャラクター?」

 

 時任(ときとう)はうつむきつぶやく山下の言葉に首を傾げた。

 

「なんでしょうね。他に気になったことはありますか?」


 黙り込み首を振る山下に時任(ときとう)はうーんと唸った。

 

「我々としても国の依頼で候補者の選定を行っているだけで、詳しい実験の内容は知らされていないんです。残念ですがこれ以上は手助けはできそうにありません。あと三週間。しばらく状況をみてもらえませんか」


 時任(ときとう)の冷たい態度に牧本が抵抗した。

 

「でも、それじゃあ、あまりにも無責任です。彼を勧誘したのは私です。せめて中断の要請はできないのでしょうか?」


 時任(ときとう)がやれやれとため息をついた。

 

「いいのかい? 彼が中断すれば君のノルマが増えるだけだよ」


 牧本の顔が青白く変わった。

 

「大丈夫です」


 僕は声を振り絞った。

 

「着替えの服、ありがとうございました。明日、持ってきます」


 僕は二人にお辞儀をしてその部屋を飛び出した。

 

      *


 残された牧本は時任(ときとう)を泣きそうな目で見た。


「私、これ以上この仕事を続けられません。まさかこんなかわいそうな事に勧誘していたなんて」


 時任(ときとう)は再びため息をついた。

 

「まあ、落ち着いて。それよりさっき、彼が(マル)といっていたのを覚えてるかい?」


 (マル)ですか? 急な質問に牧本はぽかんとした。

 

「確かに彼はそう言ってましたが。デドックスの影響で幻影を見たという事でしょうか?」


 時任(ときとう)はおっと声を上げて満足そうにうなずいた。

 

「なかなか鋭いね。やはり君は見込みがある」


 すわりたまえ、と時任(ときとう)は牧本を椅子に勧めた。

 

「ところで、異世界転生ってしってるかい?」


「異世界……? 何のことでしょうか?」


 突然の質問に牧本はぽかんとした。えっと。予想外の反応に時任(ときとう)は困ったように頭をかいた。

 

「まいったな、君ぐらいの世代なら当然しっていると思ったんだが。まあそっちの世界のタイプじゃないから採用したのも事実なんだが」

 

 妙に困惑する時任(ときとう)に牧本は眉をひそめた。異世界。どこかで聞いた気がするのだが……ふと、弟がもっている小説でそのワードを見た事を思い出した。中学生の弟はゲームや漫画に夢中になる年頃で、いわゆる中二病にどっぷりはまっている。剣や魔法、美少女、美少年のキャラが渦巻く小説を何冊も本棚に並べている。

 

(いったい何が面白いのだろう……)


 同じような顔をした絵柄に首をかしげる私に、得意げに説明する弟。どこがそんなに面白いの? と聞いてみたが、面白いものは面白いんだよ、と要領の得ない回答に、好きならば特に問題ないかと深くは干渉しなかった。妙に長いタイトルに違和感を感じながらもその中で〝異世界〟というワードを頻繁に見た記憶がある。黙り込む牧本を時任(ときとう)が興味の目を浮かべてみていた。

 

「何か思い出したかい?」


 時任(ときとう)の質問に牧本は戸惑いながらも答えた。

 

「あ……はい。弟がもっている小説でその言葉を見た事を思い出したのですが。ただ具体的に何なのかまでは」


 うんうん。時任(ときとう)は嬉しそうにうなずいた。

 

「結構だ。ある程度イメージは湧いているようだ」


 時任(ときとう)はペンをもってホワイトボード向かい、大きな丸を二つ書いた。

 

「こっちが現在の我々が住む世界。そして、こっちが異世界だ」


 〝現代〟と〝異世界〟と記入した。


「そして現代の中に住んでいる人が何らかの原因で死に至り」


 牧本は首をかしげながらも聞いていた。

 

「異世界に生まれ変わる」


 左から右に線が引かれた。


「大体のケースが不成功な人生をおくっていた人間が、新しい世界では、大成して成功を収めるという形になる。これが異世界転生だ」


 はあ。牧本は首をかしげながらもうなずいたが、感じた疑問をぶつけてみた。

 

「えっと、質問があるんですが」


 なんでもどうぞ。得意げに時任(ときとう)はうなずいた。その態度に弟が重なって少し吹きそうになった牧本は、気を取り直して続けた。

 

「まず、単純な疑問なんですが、異世界とはなんですか? こことは別の世界という事ですが、なぜ死んだらそちらの世界に生まれ変わるのですか? こっちで成功しない人がなぜ異世界で成功できるのですか? あと一番の疑問点が、なぜ、同じような話の小説がいくつもあるのに、みな飽きないんですか?」


 時任(ときとう)が珍しく困惑した表情を浮かべた。再び弟を思い出した牧本は、笑いを懸命にこらえた。

 

「まあ、思う事はあると思うが、いわゆるテンプレートというやつだ」


「テンプレート? ですか」


「王道パターンといった方がいいかな。よく漫画であるだろ。少年が修行をして強くなり、仲間と一緒に悪と戦い、勝利する。そしてその悪がまた仲間になり、新しい敵が現れて、再び修行をして強くなる。それと同じで、異世界転生は、現代の少年少女がワクワクと心を躍らす最高のシナリオの骨太なんだよ」


 はあ。牧本はわかったような、わからないような、再び煙に巻かれたような気持ちになったが、弟と同じでそれ以上は聞かなかった。

 

「えっと、それと今回の山下さんの件とはどういった関係が」


 そこだよ。と時任(ときとう)は再び得意げな顔になってボードに向かった。

 

「君がさっき感じた疑問。なぜ異世界が存在するのか、なぜ死んだら生まれ変わるのか、なぜ成功するのか、なぜ同じようなストーリなのに面白いのか。全てが彼の前に現れた(マル)によって説明できる」


 牧本は困惑した。デジタルデトックスの影響で現れたと思われる(マル)。それで異世界転生が説明できる。どういう事? しばらく思案していた牧本は、あっと声を上げた。


 うんうん。時任(ときとう)は満足そうに再びうなずいた。

  

「わかったようだね。どうする? 君から説明してみるかい?」


 時任(ときとう)は嬉しそうに牧本に話すように促した。牧本は戸惑った。今思いついた事はあくまで可能性に過ぎない。だが山下のあの話。その確率はかなり高い気がする。

 

「わかりました。あくまで想像ですが……彼は今、デジタルデトックスの影響でネットへの接続ができない、つまりゲームへの参加ができない状態です。また、彼の申し込みアンケートによるとデジタルへの依存度はレベルZの最高レベル。息を吸うのと同じくらい、彼にとってのデジタルは生死にかかわる無くてはならない存在。そして、突然の断絶。日々激流のごとく流れ込んできた情報の唐突な遮断に彼の脳は混乱した。その空間を早く埋めないと脳の機能維持、生命そのものの維持に関わってくる」


「そうだ、実際にデジタル断で命を落とした若者も実在する」


 時任(ときとう)の言葉に牧本は呆気にとられた。やはりそうなのか……

 

「……であればやはり危険な状態。そして、彼の脳は新たな通信手段を自ら生み出した。あの(マル)、あれは外部との、インターネットへの接続状態を示すアンテナのようなものではないですか?」


 牧本は説明しながらも混乱した。

 

(あの(マル)が外部へとつながるアンテナ? スマホの縦に並ぶ三本線と同じ? まさかそんな……)


「いいね。やはり君は思った通り素晴らしい」


 時任(ときとう)が嬉しそうに手をもんだ。

 

「これは国家の主導する臨床実験。次の世代の通信インフラ構築へ向けた情報革命への足がかりだ。君の質問。なぜ異世界が存在するのか、なぜ死んだら生まれ変わるのか、なぜ成功するのか、なぜ同じようなストーリなのに面白いのか」


 時任は得意そうに笑みを浮かべて、両手を掲げた。


()()()()()()()。ネット上にオープンワールドと呼ばれる理想郷が構築され、異世界が誕生した。若者はこぞってその世界を疑似体験した。厳しく、むなしく、空虚で、生きる意味の無い現実から逃げ、ゲームで、異世界で自らの夢と希望を実現させた。参加する人の数だけそこにドラマがある。仲間を集め、剣と魔法の世界で悪と戦う。その単純なストーリの中には無数の感動と奇跡が存在する」


 一点、時任(ときとう)はむなしそうに首を振った。牧本もその内容に違和感を感じた。ゲームはあくまでも息抜き。厳しい現実を乗り切るための気分転換。しかし、デジタル革命がその状況を一変させた。まるでリアルのような世界観。オンランでつながる参加者たち。第二の現実。異世界という名の理想郷。

 

「実験は第二フェーズに入った。彼がこの先、異世界に取り込まれるのか、現実に踏みとどまるのか。残り三週間。我々にできることは暖かく見守る事ぐらいだ」


 時任(ときとう)の顔がすっと冷血な様相に変わった。その表情に牧本は背筋がぞっとした。

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