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闇の聖女は愛を囁く  作者: 藍沢ユメ
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88 グレイスの告白

不定期投稿です。

お待ち下さっている皆様、何時も有難うございます。


意識を失って表に出てきたアグリスの要求でも呑んだのだろうか。

いつの間にかグレイスは、魔族によって見覚えのない漆黒のドレスに着替えさせられていた。

美しい銀糸の髪がドレスに映え、恐ろしく美しい。

グレイスの足元から広がる魔法陣から、黒い粒子を帯びた銀色の魔力が触手のように伸び、ドイナー達が戦っている魔族に絡み付き、動きを阻害する。

グレイスが戦いに加わった事で、魔獣を相手にしていた騎士達も勢いづき、形勢は逆転し、一方的な戦いとなった。

こうしてナルージアやドイナー達が戦っていた魔族や魔獣は倒され、死体は灰となって消えた。


「グレイス様!」

『グレイスー!』


各々がグレイスの元へ向かう。

皆、グレイスが目覚めたことで、安堵の表情を浮かべていた。


「グレイス様、お目覚めになられたのですね。良かった。」

「私を助けに来てくれたのでしょう?有難う。」


グレイスは笑顔で迎える。

その表情は、何処か吹っ切れたかのような、清々しささえ感じるものだった。


「このドレスは誰の趣味かしら?」


身体に沿うようなラインのレース使いの漆黒のドレスを身に纏ったグレイスは妖艶だ。


【俺だ。清潔に保ちたかったからな。魔族に命じてやった。なかなか似合っているぞ。その後、自分のものになれと言って連れ去ろうとする魔族達と戦っていたのだが。】


アグリスの声が頭に響く。


「ふふ、アグリスなのね。身体を清潔に保ってくれて有難う。」


一瞬和やかな雰囲気が漂うが、直ぐ様スルーガ卿が現状を説明し始めた。




「ダリウスを魔王の依代に?」

「はい、魔王の魔力がこもった魔石を身体に取り入れさせると。意識を魔王に乗っ取らせる事を目的としている様です。ただダリウス卿が耐えられれば、魔王の力を操る事が出来ると。」

「残っていた魔王の魔力に関わるものは、エリオット様が全て回収されたのかと思っていたけれど、そうではなかったということね。」

「皇帝陛下とフェアノーレ国王様からは、もしダリウス卿が身体を乗っ取られたら殺すよう指示を受けております。」


そう言うスルーガ卿の表情は厳しかった。


「その儀式はもう始まるのね。」

「はい、おそらく。」

「では早く向かいましょう。でもその前に、ロシェルの身体はどうしたの?何かの魔力が、身体の中で暴れているわ。このままでは····。」


戦いが終わってからも、座って壁に寄りかかり目を閉じるロシェルに寄り添う。

ロシェルの顔色は悪くなるばかりだ。


「古代の呪いが込められた短剣で刺されました。表面の傷は聖属性の魔法で治せましたが、内部は呪いで犯されています。」

「呪い·····。」

「神力だそうです。聖属性の魔力さえ弾いているようです。」

「神力·····。かつてのフィーネが持っていたものと同じ様な、得たいの知れない力ね。」

「コノママダト死ヌ。恐ラク短剣ヲ見ツケタ魔族モ、呪イノ解除方法ハ知ラナイダロウ。」


ナルージアの言葉で沈黙が流れる。


「助けるわ。」

「グレイス様·····。」

「ロシェルを死なせはしない。」


私の命に代えても、ロシェルを失う訳にはいかない。


「でもどうやって·····。」


皆が注目する中、グレイスはロシェルを抱き、呼び掛ける。


「ロシェル、お願いがあるの。」


グレイスの言葉を受けて、ロシェルはゆっくりと目を開く。


「·····グレイスの願いなら、何でも·····。」

「有難う。あなたを助ける為に血の契約が必要なの。許してくれる。」

「血の契約·····勿論だよ。僕が欲しくて止まないものだ。」

「ふふ。この戦いが終わったら、ちゃんと解除するから。」

「嫌だ。解除しない。」


ロシェルはそう言ってグレイスを抱き締める。

大きな子供を宥める様に優しくロシェルの背をさする。


「時間がないわ。早速始めるわね。」

「うん。」


グレイスはロシェルの胸に手を当てる。

グレイスが詠唱を始めると魔法陣が現れ、光が2人の身体を包み込んだ。

それと同時にロシェルの胸に血の契約紋が現れる。

皆、その様子を固唾を飲んで見守っていた。


刻印された契約紋からロシェルへグレイスの魔力を流し始める。

血の契約紋から受け取る魔力は、通常の何倍もの量になる。

そしてあの日、グレイスがアグリスの、古竜の血の呪いをダリウスからその身に移したものと同じ魔法を展開する。

ロシェルの身体の中にある短剣の呪いにグレイスの魔力が絡み付き、そのままグレイスの方へ引きずり出されていく。

グレイスは、それを自分の中に取り込み、ゆっくりと自身の魔力で包み込んでいく。

アグリスの時はまったりと絡み付くような魔力だったが、それとは違い、刺々しく、包み込む魔力を突き破るような荒ぶる力だった。


『アグリス。』

【ああ。】

『喰べて。』

【無茶を言う。】

『私が全力で押さえ付けるから。』

【ククク····噛み砕いてやろう。】


呪いがロシェルの身体から完全に離れた所で、グレイスは人を周りから遠ざけた。


『アグリス、今からゆっくり私の体外へ呪いを押し出すわ。そこで戦うわよ。』

【ああ。グレイス、分かっていると思うが、結構無茶苦茶なやり方だ。】

『そうね。でも私達がこうしていることも、本当は無茶苦茶なことよ。』

【確かに。】


グレイスの座る真下には、銀色と漆黒の粒子を帯びた魔力が魔法陣を描く。

その光は、周りと遮断させるかのように、天に向かい黒い光の壁を作った。


「グレイス、何を······。」


呪いが身体から抜け、痛みから解放されたロシェルは、モランに身体を支えられながら、その光景を見守っていた。

やがてグレイスの掲げた指先から、黒い液体のような何かが出て来た。

生き物の様に動くそれは、同時に現れた銀色の魔力に動きを阻害されているように見える。


「何だあれは·····。」


誰かが呟く。

グレイスの指先から出てくる黒い何かは、ヘビの様に身体を伸ばし、グレイスの銀色の魔力から逃れる為か、グレイス自身を刺すような攻撃を始めた。


「グレイス!」


その鋭利な先端をグレイスに突き立てる様は、まさに細い剣を突き立てているかの様に見える。

グレイスはそれを魔力で弾きながら、更に魔力で絡め、動きを封じようとする。


その黒い何かがグレイスの指先から完全に出きったのだろうか。

ヘビ状だった形は小さい人型へ変わり、もう一度グレイスの身体の中に戻ろうとしている。


『アグリス、やって!』


グレイスの合図と共に周りを囲んでいた魔力の壁から、漆黒の刺が黒い人型に突き刺さる。


【ギャァァァ!!】


地響きのような絶叫が響き渡り、黒い人型は押さえ付けているグレイスの銀色の魔力に抗い、グレイスの身体を傷つけていく。

グレイスの血飛沫が魔法陣内に舞う。


「グレイス!グレイス!離してくれ!」


ロシェルは魔法陣に飛び込もうとするが、皆に抑えられ、その様子を見守ることしか出来ない。


『今は手出しするな、我慢しろロシェル。』


グレイスの様子を食い入るように見つめるナルージアが、ロシェルにそう言い放つ。


黒い人型はアグリスの攻撃により、傷つき、すり減っていく。

やがて抗う力は弱まっていき、人型を保つことさえ出来なくなった時点で、グレイスはその首辺りを直に手で掴み、魔法陣の壁へ押し当てた。


【ガガガガ·····】


黒い人型の唸りが聞こえ、完全に動きを止めた所で、グレイスは更に闇の魔法を展開する。

グレイスの詠唱と共に黒い人型だったものは崩壊を始め、更に形を無くしていく。

そしてとうとうグレイスの手には、光る魔力だけが残っていた。


「あれは·····。」


皆が呆然として見守る中、その光はやがてグレイスの身体に吸収されていった。

完全に吸収したのを確認した後、グレイスは魔法陣を解いた。



「グレイス!!」


ロシェルは抑えるモランを振り切り、グレイスの元へ向かう。

グレイスの身体は呪いの攻撃を受けて、ドレスは裂かれ、身体中に深い切り傷ができ、そこから血が流れていた。


「ああ····グレイス!!」


ロシェルは治癒魔法を展開し、グレイスを聖属性の魔力で包み込む。

グレイスはそれを黙って受け入れていた。


ロシェルは悲痛な面持ちで、一つの傷も残さない様に丁寧に治療を行っていた。


「グレイス、本当にごめん·····そして有難う。僕は助けてもらってばかりだ。」


ロシェルは泣いていた。


僕はいつもグレイスに守られてばかりだ。

どれだけ時が経っても成長していない·····。

夫になれたのに、夫らしい事は何一つ出来ていない。

今回も僕の為にこんなに傷ついて·····ダリウス卿の時と、いやそれ以上に強い呪いを解いてくれた。

それに引き換え僕は、本当に何一つグレイスに返せていない。


治癒魔法をかけながら溢れ出る涙は、止まることなくロシェルの膝を濡らした。

黙って涙を流しながら治療を行うロシェルの頬に、グレイスはそっと手を伸ばし、指先でその涙を拭った。


「ロシェル泣かないで。私がどうしてあの精神魔法から解放されて、ここにいると思う?」

「グレイス·····。」

「あの夢の世界では、私の大切な侍従達、ハルやタッカ達も生きていて、王妃が側妃を殺す事件も起こっていなかった。だから私は婚約者だったエリオット様と予定通り結婚して王太子妃となっていたわ。そして、子供も····双子も生まれたの。」

「グレイス·····。」


ロシェルは言葉につまる。


「現実の世界での昔の私は、自分に向けられるエリオット様の狂愛を恐ろしく感じていたわ。でも夢の中のエリオット様は、結婚を機に穏やかになり、子供達も愛してくれて·····私は幸せだった。」


はっきりと幸せを口にするグレイスに、ロシェルの胸は締め付けられる。


「そんな中、ヒトラス伯爵夫人と言葉を交わす機会があって····それから私はあの世界であなたを探したの。」

「僕を?」

「ええ。本来なら私はあなたと出会う機会はない。そのままにしておけば、あなたは病で亡くなってしまうと思ったから。共にいる未来はないけれど、あなたには病を治して、ヒトラス伯爵家から解放されて自由に生きて欲しかったの。」


確かに領地が魔族に襲撃され、その討伐にグレイスが来ない限り、出会うきっかけはなかった。

どちらにしろ、グレイスに出会わない限り、病で死んでいただろう。


「それで僕は、グレイスに出会って、助けられたの?」


助けた僕をグレイスはどうしたのだろうか。

エリオット様がいる限り、傍に居ることは出来なかっただろう。

グレイスは僕の問いに静かに目を閉じる。


「助けられなかったわ。」

「え?」

「助けられなかったの。私は病を治す為に必要な闇の魔法を使うことが出来なかった。」


ロシェルは言葉を失った。

そして考える。


「闇属性の魔力は、私がアグリスの呪いをこの身に受けなければ得ることは出来ないもの·····。」


そこでグレイスは一旦言葉を切る。


「目の前で·····大切な者達が命を失う(さま)を目の当たりにし、強い悲しみと憎しみを抱えない限り、闇の力を得る事はなかったでしょう。」

「そうか·····前にもそんな話をしたね。彼らの死が僕の生を後押ししたって。でもあの時は、消える命を少しでも可能性がある限り、見捨てないって話だった。でも今の話だと、ハルさんやタッカさんが残酷な死を迎えない限り、僕は助からなかった····そうなんだね?」

「······そうよ。」


ああ、これがグレイスが心から僕を受け入れて来なかった理由なのか·····。

グレイスは無意識に、人の死を踏み台にする様にして得た幸せだと思い、自分自身を許せなかったんだ。

そもそも、治らないはずだった病を治して、命を助けてもらった事だけで、僕は満足しなければならないのかもしれない。

グレイスの夫になり、その愛を一身に受ける事を望むのは、烏滸(おこ)がましい事なのだろう。


それでも·····僕は·····。


「·····耐えられなかった。」


「え?」


グレイスは何かを思い出しながらそう呟いた。


「あなたにたどり着けたけれど、私は闇の魔法を使えず、結局治療する事が出来なかった。そして私の腕の中で息絶えたの。·····治療出来なかったのに、あなたは私に感謝を伝えながら·····。」


その時を思い出して、グレイスの目から涙が零れ落ちた。


「グレイス?」


「あなたが死んでしまう事に耐えられなかった。そして気づいたの。折角現実の世界で、あなたは生きているのに、何故私はあなたとの幸せを求めないのかと。皆の死を望んではいない。でも現実に皆の死の先にあなたの生があって·····それこそ向き合って大切にしなければならないのに。」


「グレイス·····。」


「愛しているわ、ロシェル。あなたを失いたくないの。これからもずっと傍に居てくれる?」


「うっ·····グレイス·····。」


ロシェルはグレイスを引き寄せ、強く抱き締める。


「もう離さないから。元々離すつもりもないけど。グレイスが行く所は何処にでも付いていく。覚悟して。」

「ええ、ロシェル。」


グレイスも優しくロシェルを抱き締める。

それは今までにない程、穏やかな表情だった。




数ある作品の中から見つけて、読んで下さり有難うございます。

本年も宜しくお願いします。


また大変な想いをされている皆様が、1日早く日常を取り戻せますことを、心よりお祈り申し上げております。

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