85 もう一つの人生 ⑩
不定期投稿です。
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またお待ち下さっている皆様、何時も有難うございます。
グレイスの意識は堕ちていく······。
夢だと分かっているのに、いつの間にかそれが現実かの様に、認識が曖昧になっていく。
失った者達は皆生きていて、生まれるはずだったであろう命も今はここにある。
戻る必要はある?
何かがそう囁く。
ここでは失った者達が残した魔力が夢に少しだけ影響するの。
だから全てが作り物じゃないのよ。
あなたが生きているかぎり、彼等もここで生きられる。
だからここに居ましょう。
それが失った者達の願いであり、きっとあなたの望みなのだから。
◇
「ルダリスタン帝国の立太子の儀に参列ですか?」
「ああ。2人で渡航するのは初めてだろう?ルダリスタン帝国の各地の視察も予て、2人で行かないか?」
「そうですわね·····。」
「子供達の事が心配か?大丈夫だ。母上が直々に目をかけて下さるそうだ。子供には関心があまりないかと思っていたが、孫は別らしい。」
ある日の夕食の際、グレイスはエリオットからそう提案を受けた。
目の前で話すエリオットは機嫌がいいらしく、その表情は柔らかだ。
「それで皇太子はどなたに?」
「ダーナー第1皇子だ。皇后の実子であるし、妥当だろう。」
そう、はじめは第1皇子が皇太子になったが、その後魔獣や新たに現れた魔族の討伐の功が評価され、第3皇子であるリーヴァが皇太子になる。
あの時はグレイスも共に戦っていた。
リーヴァは変わらずルダリスタン帝国でタンドゥーラ公爵家預かりとなっていたが、エリオットが幽閉されず、婚約白紙にもなっていないグレイスが、ルダリスタン帝国へ行くこともなかった為、この世界ではリーヴァと共に生活したという経験はない。
その為、今はリーヴァとの関係は希薄だ。
「リーヴァ第3皇子はどうされているのでしょう?」
「第3皇子?ああ、そう言えばリーヴァは帝国でタンドゥーラ公爵家に身を寄せていたな。まあ、私も従兄弟ではあるが。彼は第3騎士団を任され、魔獣討伐に駆り出されているらしい。気になるか?」
「はい。命を狙われる事も多々あると聞いていますので。」
「タンドゥーラ家の後ろ楯がある限り、そう何度も無茶な真似はしてこないだろう。気になるなら尚更、ルダリスタン帝国へ行って確認したらいい。」
「そうですね、そうします。」
エリオットには珍しく、侍従は居るものの、2人だけの旅という事もあってか、とても喜んでいる様に見えた。
そして時は流れ、訪れたルダリスタン帝国の立太子の儀式の日。
帝国の属国の1つであるフェアノーレ王国をはじめ、多くの国の来賓客が訪れる中、儀式は行われた。
ダーナー皇子の産みの親である皇后は誇らしげに微笑んでいた。
フェアノーレ王国の代表として参加したエリオットとグレイスは、両陛下に挨拶した後、他の参列者との挨拶に廻る。
はじめに挨拶したのは、ルダリスタン帝国を不在にしている両親に代わり、領地を守っているグレイスの次兄のセディンだった。
グレイスと同じ色で、容姿も端麗なセディンは、令嬢達に囲まれる中を抜け出して、エリオットとグレイスに挨拶してくれた。
その際、タンドゥーラ公爵家が後ろ楯となっている第3皇子であるリーヴァも紹介され挨拶をする。
この夢の世界で会うリーヴァは現実とは異なり、眼差しも表情も、どこか険しい印象を持った青年だった。
グレイスを初めて目の当たりにしたリーヴァは、驚いた様な仕草を見せた後、少し頬を染めながら視線を反らした。
エリオットとセディンが話をしている間、グレイスはリーヴァに話しかける。
まるで別人とも思えるような、リーヴァとの肩苦しい言葉遣いに少し苦笑いし、グレイスはリーヴァに告げた。
「私は殿下の後見をさせて頂いているタンドゥーラ家の娘であり、殿下の今は亡きお母上様の故郷の国の王太子妃でもあります。殿下の後ろには我々が控えておりますこと、どうぞお忘れなく。殿下が心安らかにお過ごしになられることを、心よりお祈り致しております。」
グレイスの言葉に聞き入っているのだろうか、リーヴァは何も言わず、ただひたすらにグレイスを見つめていた。
この世界では、どこか孤独に見えるリーヴァに、せめて我々はずっと味方だということが伝わればいいとグレイスは思った。
その後は特に互いに会話を続けることはなく、グレイスはエリオットと共にその場を離れた。
それからパーティーも終わりに差し掛かった頃、エリオットと離れ、1人になったグレイスに話しかける女性がいた。
数多くの夫人や令嬢を相手にした後だったので、グレイスも一息つこうとテラスに向かっていた時だった。
「フェアノーレ王国王太子妃殿下、ご挨拶させて頂く機会をお許し頂きたく存じます。」
そう言う声のする方を見ると、そこには40代半ばと思われる夫人が、グレイスに向かい礼の姿勢をとっていた。
「構いませんわ。あなたは?」
「有難うございます。私はヒトラス伯爵の妻マルティナと申します。以後お見知りおきを。」
マルティナと名乗った夫人は、グレイスと話が出来るのが嬉しいようで、すり寄ってきた。
ヒトラス領········。
確か現実世界では魔族の襲撃に会い、嫡男以外は死んだはず。
そして······ロシェルと出会った場所。
当時を思い出しグレイスの胸が締め付けられる。
ロシェル·····。
今回の立太子の儀は、理由は分からないが、現実世界よりも時期が少し遅れている。
だとしたらロシェルは今、どういう状況なのだろう。
やはり病に侵されているのだろうか。
現実世界と同じなら、ヒトラス伯爵は見目麗しい男娼達を集め、屋敷の地下で客を取らせ、高額な金銭を得ているはず。
その中でも、病に侵された者達は治癒魔法が効くギリギリまで働かされ、いよいよ治療が出来なくなったら放置され、死を待つばかりになる。
利用するだけ利用され、死んでいく者達の事を考えると居たたまれなくなる。
そんな中にロシェルが居るとなれば尚更······。
「ヒトラス領には確か美しい湖があったと記憶していますが?」
夫人の普段の生活ぶりが気になり、領地の話を持ち出す。
「ええ、よくご存知で。丁度この季節、湖畔に咲く花の花弁が水面を彩り、とても美しいのですよ。妃殿下にも是非ご覧頂きたいですわ。」
帝国北部に位置しているヒトラス領は、王都より馬車で20日ほどかかる場所に位置している。
そう容易に行ける場所ではない。
視察を兼ねるなら尚更単独行動は出来ないだろう。
今はここで、ロシェルの何かを確認する術はないだろうか·····。
グレイスが考えあぐねていると、ふと背後に気配を感じた。
「グレイス、ここに居たのか?」
声のする方を振り向けば、そこにはエリオットが立っていた。
「エリオット様。」
「漸く抜け出せたよ。君も随分囲まれていただろう?丁度一息ついていた所かな。それで、そちらは?」
「はい。こちらはヒトラス伯爵夫人のマルティナ様ですわ。」
「フェアノーレ王国王太子エリオット殿下にご挨拶申し上げます。」
「ああ。ヒトラス伯爵か。ヒトラス領の鉱山から採れる鉱石は、質のいいものが多いと聞いている。」
「有難うございます。腕のいい宝石彫刻師が多くおりますので、そちらも評価頂いていると存じます。機会がございましたら、是非我が領地の宝飾をお求め頂けたらと思います。」
「ああ、考えておこう。」
エリオットからの言葉を受けて、マルティナは恭しく礼をすると、その場を辞して行った。
グレイスはその後ろ姿を見つめていた。
「グレイス、ヒトラス伯爵夫人に何かあるのか?」
グレイスの様子を見て何かを察してか、エリオットが問い掛ける。
このままではロシェルの安否を確認出来ない。
直接ヒトラス領へ行くにも、日数がかかる上、エリオットとそんな長い間別行動は出来ない。
「グレイス、何かあるなら聞こう。」
そう言って、エリオットはグレイスの腰に優しく手を回す。
いっそのことエリオット様に協力してもらったらいいのかしら·····。
グレイスはエリオットを見つめながら考える。
エリオットは光属性の魔力持ちだ。
転移魔法を使えるのはこの光属性の魔力を持った者にしか使えない。
この光属性の魔力を持っているのは、この大陸では、ほとんどがルダリスタン帝国の王族とフェアノーレ王国の王族だと言われている。
他の者が使いたい場合は、光属性の魔力を込めた魔石が必要になる。
その為、光属性の魔石は高額で取引されており、莫大な収入源となっている。
エリオットがいれば転移魔法陣を使うことが出来るため、ヒトラス領へ行くのも容易になる。
しかしエリオット様は共に行ってくれるだろうか?
男娼をしている少年に会うためと言えば、異性であるだけで嫉妬するエリオット様が許すはずもない。
でも、エリオット様の協力なくしてはヒトラス領へ行くことは叶わないだろう。
ならば、正直に······。
「エリオット様、お願いがございます。」
「グレイスがお願い事何て珍しいね。何かな?」
「ヒトラス領に行って確認したいことがあるのです。」
「何を?」
そう尋ねるエリオットの眼差しは、既に何かを知っているかのようで、グレイスの心を少しざわつかせた。
「聞いた話になりますが、ヒトラス伯爵は屋敷の地下に男娼を囲って、そこで客を取らせているそうです。」
「男娼を囲い、客を取らせるのも、この国では基本的には違法ではない。」
エリオットはグレイスに確認するように応える。
「はい。ですが、病を得てしまった者達は、最後は劣悪な環境で最後を迎えると伺いました。」
「そうか。」
「その中で、助けたい者がいるのです。」
グレイスの一言で沈黙が流れる。
「誰だ?」
エリオットの声はどこか冷たいものとなる。
「紫水晶の瞳を持ち、エルフの先祖がえりと言われている少年です。」
「エルフの血をひいているのか。それは珍しいな。·····それでグレイスはその少年をどうしたいんだ?」
「病を得ているかもしれません。治癒魔法が効かなくなる前に助けたいのです。」
それだけ言うと、エルフの血をひいて珍しいから手元に置きたいという風に聞こえてしまうだろう。
その上、男娼であるなら色好かと言われても仕方がない。
「·····その様な情報をいつどこで知ったか気になるが、ヒトラス領まで行って助け出したいほど、グレイスにとって特別な者なのか?」
エリオットの言葉は冷静なものだが、どこか嫉妬を滲ませていた。
そう反応されても当然だわ。
でも·····。
「かの者は、聖属性の魔力を持っているかもしれないのです。それを確かめさせて下さい。」
「聖属性?失われたエルフの魔力をか?」
「はい。数十年に一度、エルフの先祖がえりと思われる子供は生まれますが、何故か今まで聖属性の魔力持ちは確認されていないと聞いています。しかしその子はおそらく·····。」
「それが本当なら大変な事だぞ。古代の失われたエルフの魔法が復活出来る。」
聖属性の魔力を盾にするのは本意ではない。
だが、それほど特別だと示さなければ、エリオットに動いてもらう事は出来ない。
それで無事ロシェルを保護出来たとして、その後古代の魔法の復活の為の駒として扱われることになったとしても、傍に置いておけば、不遇な扱いを受けることはないだろう、とグレイスは思った。
エリオットはグレイスの言葉を受けて暫し考えると、再び視線を戻し、グレイスに問うた。
「私の協力を望むのは、転移魔法陣を使うためか?」
「はい、それもありますが、もし本当に聖属性の魔力持ちであるなら、エリオット様にその者を保護して頂きたいのです。」
「後ろ楯になって欲しいということか?」
「はい。」
エリオットが話を聞いてくれることに安堵する。
「·····分かった。協力しよう。」
「!! 有難うございます。」
グレイスの安堵した表情を見て、エリオットもまた笑みを見せる。
「どうせヒトラス領へ確認へ行かないと、グレイスの憂いは晴れないのだろう。」
「!! ·····はい。」
グレイスの返事を聞きながら、エリオットはそっとグレイスの頬に手を寄せる。
「グレイス、君の願いを聞く代わりに、私の願いも聞いてくれるだろうか。」
エリオットは僅かだが、イタズラっぽい表情を見せる。
「なんでしょう?」
「結婚して何年も経つのに、未だに私のことを敬称なしで呼んでくれない。」
「·····はい。」
「だから今後、私のことはエリオットと、呼び捨てにするように。」
「え?」
「分かったね、永遠だよ。」
意外なエリオットの願いに少し戸惑いつつも、グレイスは微笑みながら頷いた。
数ある作品の中から見つけて、読んで下さり有難うございます。
もし宜しければ、暇潰しに、「貴方のためにできること~ヒロインには負けません~」
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も読んで頂ければと思います。宜しくお願いします。