86 もう一つの人生 ⑪
不定期投稿です。
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薄明かりの中、屋敷の裏門の前で1台の馬車が停まる。
中から、仮面を着け、黒いローブを纏った4人が降り立つ。
「何用ですか?」
裏門の守衛に尋ねられる。
「宝石を探しに来た。」
これがこの屋敷に入るための合言葉だ。
「·····紹介状はありますか?」
これもこの門をくぐる為に必要なもの。
「これを。」
そう言って光属性の魔力が込められた魔石を手渡す。
守衛は魔石を確認すると、中に入るよう促した。
それから守衛に本館と繋がった別棟へと案内された。
そこは、目隠しのつもりか、周りをわざわざ木々で囲っていた。
「この扉から入って通路を進み、、地下へ降りる階段があります。そこに受付の人間がいるので、指示に従って下さい。」
守衛はそう言い残すと持ち場へと戻って行った。
「上手く入れましたね。」
「ええ、有難うタッカ。あなたが事前に調べておいてくれたからよ。助かったわ。」
「いやぁ、始めにグレイス様から、ヒトラス領に居る男娼に会いに行くと聞かされた時は、私がエリオット様に殺される未来が一瞬見えましたからね。そのエリオット様も同伴されると言われた時は、その何と言うか····変な趣味にご興味が湧いたのかと·····ぐふっ。」
「下品な事をグレイスの前で言うなタッカ。本当に殺されたいのか?」
軽口を叩くタッカの腹にエリオットの拳が入る。
「エリオット様、拳に力が入りすぎです。本当に死んでしまいますよ。」
タッカはエリオットにやられたお腹を擦りながら抗議する。
グレイスはそんな2人のやり取りを懐かしい気持ちで見ていた。
皆が恐ろしいと萎縮するエリオット様に、こんなやり取りが出来るのはタッカだけだったわね。
グレイスは思い出して、目頭が熱くなるのを感じていた。
エリオットにヒトラス領へ行く事を願い出たものの、エリオットには何処か宿で待機してもらおうかと思っていたが、結局、グレイスが心配だという事で、ついてきてくれた。
護衛はタッカのみとし、他に連れてきた騎士達は、屋敷の外近くに待機してもらうことになった。
ハルもまた、グレイスの手伝いをしたいからと、同行を申し出てくれた。
グレイスは魔族討伐に訪れていた時を思い出す。
あの時は魔族を倒した後、本館の正面入口から僅かに発せられる魔力を頼りに地下室にたどり着いた。
このような裏口があったことには気付かなかった。
早速扉を開け中に入ると、廊下が続き、その先に地下に降りる階段を見つけた。
階段の傍にはテーブルと椅子が置かれており、そこに執事らしき年老いた男性が座っていた。
「宝石をお探しですか?」
その男性は、挨拶も無しに、グレイス達の姿を見とめると直ぐに話しかけてきた。
「ええ、紫水晶があると聞いて来たのだけれど。」
グレイスがそう言うと、男は少し眉根を寄せ、怪訝な表情を見せた。
「あるにはありましたが······そのお話はいつ頃お聞きになりましたか?」
男の口調だと、もう既に紫水晶の瞳を持った男娼は居ないかのようだった。
グレイスは心の中で少し焦りながらも男に答える。
「私達は隣国から来たのだけど、話を聞いたのは随分前だわ。さすがにもう誰かが持ち出したのかしら?」
暗にその男娼を売り払いでもしたのかと問う。
「ええ、お客様、紫水晶を持った者は今までに1人しかおりませんが、その者は病を得てしまいまして。残念ながら、最早お相手出来る状態ではありません。 」
そんな······まさかもう病が·····。
グレイスの中で不安が膨らむ。
「ではもうここには居ないのですね?」
「あ·····いえ。居りますが、先程も申しましたように、お相手が出来る状態ではないので、隔離しております。確かに元気な頃は美しいと評判でしたが、今は見る影もありません。それでもお会いになりますか?」
「ええ、お願いするわ。」
グレイスがそう言うと、男は少し溜め息をつき、暫く控え室で待つようにと、階段近くにある個室に案内した。
どうやら、ここは来た者の付き人が待機しておく部屋のようだった。
どのくらい時間が経っただろうか、漸く男に呼ばれ、男娼の元へと案内される。
その際男は、「お相手は出来ませんよ。」と何度も念を押すようにグレイスに言葉をかけた。
「こちらです。どうぞご確認下さい。」
階段を降りて地下室に行くと、数ある部屋の中の一室に案内される。
促されるまま中に入ると、少し異様な臭いがした。
その部屋の奥にあるベッドには、1人の少年が寝かせられていた。
癖のある金髪に、今にも消えてしまいそうなほど白い肌。
金髪から僅かにのぞいている耳は尖っている。
ロシェル·····。
グレイスは一つ一つを確かめるようにして近づく。
あの時ほどではないが、目元は落ち窪み、頬は痩け、早い呼吸をしている口元は乾いていた。
おそらくグレイス達が来てから身なりを整えたのだろう。
ブカブカだが、質のいい衣服を着せられていた。
ロシェルはグレイス達に気付いたのだろう、目を開け片肘をつき、何とか上半身を少しだけ起こし、グレイスに向き直る。
グレイスはすかさずロシェルを支える。
「すみません。僕を·····紫色の瞳の者をご用命と聞きました。指名して下さり有難うございます。ですが、病気になってしまい、もう·····満足いくお相手は出来ません。·····すみません。」
「いいのよ。」
酷く申し訳なさそうに言うロシェルにそう言って、グレイスは優しく抱き寄せた。
「支えて下さり·····有難うございます。先程、久しぶりに髪や身体を拭いてもらいましたが、まだ臭うでしょう?·····ごめんなさい·····。」
ロシェルは呼吸するのも辛いようで、言葉を途中詰まらせながらも、何とか話そうとするが、そのまま眠るように意識を手放した。
「この者で間違いありませんか?」
「······ええ。」
グレイスはある程度予想していたものの、そんなロシェルを見て、溢れそうになる涙を堪えながら男に応えた。
それからハルに合図すると、お金の入った袋を男に渡した。
中身を確認した男は、ずっしりと、思った以上の金額に驚く。
「このまま身請けしたいのだけど、いいかしら?」
「身請けですか?構いませんが、宜しいのですか?病も最早治癒魔法は効かず、死を待つばかりかと思いますが。」
躊躇するだけ、この男には良心があるのだろうか、改めて確認するように聞いてきた。
「ええ。」
グレイスはそう言うと、意識を失ったロシェルに防御魔法をかけ、抱き上げると部屋を出た。
「グレイス様、私が抱きます。」
タッカがそう言うが、グレイスは首を振り、魔法で軽くしているからと、そのままロシェルを抱いた状態で、屋敷を出て馬車に乗った。
エリオットはその様子を何も言わず見ていた。
宿に着き、予め借りおいていた部屋のベッドにロシェルを寝かせると、グレイスはロシェルの着ているブラウスのボタンを外し、ハルと共に身体の状態を確認する。
それを見てグレイスもハルも言葉を失う。
「グレイス、大丈夫か?」
エリオットが問うのは、ロシェルの容態よりもグレイスの気持ちを察しての事だろう。
ロシェルの皮膚は広範囲で変色しており、一部は腐敗しているようで、その部分だけ、布が当てられていた。
最早死を待つばかり·····あの男が言ったことは間違いない状況だった。
「グレイス様、治癒魔法をかけても、これはもう······。」
ハルも思わずそう呟く。
でも大丈夫。
悪いながら、これでもあの時よりも少しだけ状態は良いように思える。
ここではまだ知られていない、闇属性の魔法で病巣を取り除いてしまえば、後は体力の回復と、ロシェルが持つ聖属性の魔力で、自身の身体を修復するのを手助けすればいい。
グレイスはあの時の様にロシェルの身体に血の契約紋を刻む。
そこからグレイスの魔力を流し、低下しているロシェルの身体の機能を回復させる。
ロシェルを運ぶ際もグレイスの魔力を流していたが、血の契約紋により、よりスムーズに多くの魔力を受け入れたロシェルの身体は、先程よりも血色を帯びた様に見える。
その光景を見たエリオット達も目を見張る。
これから闇属性の魔力も流し、その魔法で体内の病原体を消失させていけばいい。
そう思い、グレイスは闇属性の魔力を呼び起こす。
しかし、グレイスの身体の中に、闇属性の魔力を感じることは出来なかった。
これは······。
何時も当たり前の様に感じていた闇属性の魔力が感じられない。
どうして?
グレイスは焦燥感に駆られる。
どうして発動しないの?
グレイスは考える。
本来、水と土の属性の魔力持ちだったグレイスが、どうやって闇属性の魔力を得たかを。
私はどうやって闇属性の魔力を手に入れた?
闇属性の魔力、それはダリウスから古竜であるアグリスの血の呪いをこの身に移した事から始まる。
そしてフィーネの刺客に襲撃され、タッカやハルをはじめとする11人の死を前にして感じた、とてつもない怒り·····それがアグリスの血の呪いと呼応し、アグリスの呼び掛けに応えることによって闇属性の魔力を得ることが出来た。
今はどうだろう?
エリオットが断罪される事もなかった為、現実の世界で起こった、古竜であるアグリスがエリオットの手によって眠りから呼び起こされる事もなく。
その為、ダリウスが討伐に向かい、戦いの末、血の呪いを受ける事もなかった。
結果、グレイスがダリウスの呪いを肩代わりすることもない。
また、この世界では、まだグレイスが聖女であるフィーネに出会ってもおらず、フィーネからの刺客でハルやタッカ達が命を落とす襲撃も起こっていない。
となれば当然、グレイスが得るはずだった闇属性の魔力が、この身に宿ることもない。
あれらの出来事を経験していないから、今ここで私は闇属性の魔力を使えない。
だから、私は·····ロシェルを救えない·····。
その結論に至ったグレイスに、絶望感が押し寄せる。
この世界では、私はロシェルを救えない·····。
このままではロシェルが死んでしまう·····。
どうしたらいいの?
グレイスは今、流している魔力で、ロシェルの病魔を取り除こうとするが出来なかった。
ああ、ロシェル·····。
「ロシェル······。」
グレイスはロシェルの手を握り呼び掛ける。
すると今まで眠っていたロシェルがゆっくりと目を開ける。
「·····いい香りがする。ここは····ああ·····こんな僕をあなたはあの場所から連れ出して下さったのですね····。」
「ええ。」
「話は全て聞こえていました。こんなになってしまった僕なのに、引き取ってくれて有難うございます。·····でも、僕の身体はこんななので、とても······いや、もうこの先恩返し出来そうにありません。本当にごめんなさい·····。」
ロシェルはそう言って、申し訳なさそうに再び目を閉じる。
「あなたを助けたいの·····でも、私にその力がないみたい·····。ロシェル、本当にごめんなさい。」
それを聞いて、とうとうグレイスの目から大粒の涙が溢れてくる。
その1粒がロシェルの頬を濡らした。
するとロシェルは紫水晶の目をうっすらと開け、淡く微笑んだ。
「嬉しいなぁ·····こんな僕でも泣いてくれる人がいるなんて·····。あなたが誰なのか知りませんが、あなたは今まで見たことない位に美しい人で、僕のために涙を流してくれて·····今、僕の中に巡っているのはあなたの魔力ですか?とてもとても気持ちいい·····。」
ロシェルはグレイスに握られた手を顔に近づけ、頬を寄せた。
「僕の人生の最期の最期であなたに会えて····幸せです。·····元気になって、あなたの傍にずっと居たかった·····。」
「ああ、ロシェル·····。待って、まだ何か手立てがあるはずよ·····。」
「有難う·····ございます。でも今は、このまま、この幸せな気持ちのまま眠りたい······。」
「ロシェル、待って······待って、ロシェル·····ああ·····。」
病に普通の治癒魔法が効かないのは当たり前の事だった。
グレイスが闇属性の魔力を得たことにより発見し、可能になった治療法。
私は·····私は、エリオット様の幽閉、それからアグリスの呪いを受け、更にハルやタッカ達の死を受け入れないと闇属性の魔力が得られず、ロシェルを救えないの?
私は·····この人生ではこうでもしなければロシェルに出会う事も出来ず、会えても救う事は出来なかった。
グレイスはロシェルを抱き上げ、抱き締める。
ロシェルの息は次第にか細くなり、そして鼓動はゆっくり小さくなっていく。
そしてロシェルは程なくして、グレイスに抱かれながら、静かに息を引き取った。
数ある作品の中から見つけて、読んで下さり有難うございます。
もし宜しければ、暇潰しに、「貴方のためにできること~ヒロインには負けません~」
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も読んで頂ければと思います。宜しくお願いします。




