84 もう一つの人生 ⑨
不定期投稿です。
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ナルージア達は森の中にある、既に廃墟と化した神殿に立っていた。
屋根は既に朽ち果て、月明かりが優しく内部を照らしている。
その床面には巨大な石板に掘られた魔法陣があった。
ルノール王国が捕縛したという小人の様な魔族が、黙って魔法陣を指差す。
「ヨク残ッテタナァ。アイツ等ドウシテ知ッテタンダ?マァ、イイカ。サテ、何処ニ飛バサレルカナ?」
「本当にその魔族を信じて大丈夫なのか?」
共に同行しているダリウスが訝しげに問い掛ける。
「コウスルンダヨ。」
ナルージアはそう言うと魔法陣に魔力を流し始めた。
途端に魔法陣は光を帯び、輝き出す。
「ジャア行ッテコイ。」
そう言うと魔力の紐を巻き付けられた小人の魔族を魔法陣に放り投げた。
投げられた魔族は暴れる事なく、魔法陣が放つ光の渦にのまれるようにして、その姿をその場から掻き消した。
やがて小人の魔族に結びつけていた魔力の紐がピーンと張った後、2、3回向こう側に引く動きが見られた。
どうやら小人の魔族からの合図なのだろう。
「安全確保ー!ジャァ行コウカ。」
「本当に大丈夫だという合図なのか?」
ダリウスが口を挟む。
「ハハハ、アンタ案外慎重ナンダナ。」
ナルージアはダリウスを鼻で笑いながら、皆に続いて転移するようあらためて指示を出した。
「ジャァ本当ニ行クカラナ。」
ナルージアがそう話した時だった。
「待ってくれ!」
騎士達が立ち並ぶその奥から、今駆けつけたのだろう、少し息を切らしたリーヴァが現れた。
「アレ?リーヴァ、何ダ?何故来タ?」
突然現れた皇帝に騎士達が膝をつく中、ナルージアが問い掛ける。
「捜索隊に彼らも加えてくれ。」
そう言うリーヴァの後ろから姿を現したのは、ロシェルとモランだった。
おそらく途中リーヴァが転移魔法を使って、追いかけてきたのだろう。
「な?!」
皆が驚きの表情を浮かべる。
「ナンダァ?ロシェル、モウ済ンダノカ?随分早イナァ。モシカシテ王女カラ逃ゲテ来タノカ?」
ナルージアはにやけ顔で、ロシェルに問い掛ける。
「ああ、うん、逃げて来たよ。」
「マジか?!」
そう言ったロシェルは苦笑いを浮かべている。
「ロシェル、顔色が随分悪いが大丈夫か?」
一目診て、その顔色の悪さにドイナーが心配して声をかける。
何も言わず微笑み返すロシェルを見て、ナルージアがその違和感に気付く。
「ロシェル、オ前、ソノ身体ハドウシタ?ソレハ·····マサカ呪イカ?」
「何だって?!」
突然のナルージアの発言に、皆理解が追い付かず動揺する。
そして説明を求めるかの様に、皆押し黙った。
「ルノール王国の王女とロシェルが寝所を共にする事はなくなった。まぁ、ロシェルが最終的には拒否したからだが。ルネア王女は魔族の手に堕ちていた。ルネア王女が確実に妊娠する魔法をかける代わりに、ロシェルに呪いのかかった短剣を刺すつもりだったようだ。」
「ハァ?何デ刺ス訳?ロシェルノ子種ガ欲シインジャナカッタノカ?」
「本来は子種を受けた後、呪いをかけ、解呪と引き換えに更に魔族からの要求を突き付けようとしていたようだが。ルネア王女はロシェルを引き留める為に、呪いをかけたようだ。」
ロシェルに呪いがかけられたという事実に衝撃が走る。
「アイツラ、ハジメカラ、ロシェルヲ殺スツモリダッタンダナ。マァソウナルカ。」
ナルージア1人その行動に納得しているようだった。
「ナルージア、解呪出来るか?」
「·····コレハ特別ナ魔力ガ使ワレテルナ。呪イナラ術者ヲ殺セバイイガ、コレハソウ単純ジャナイナ。オソラク古ノ呪物ダ。当然呪術ハ既に死ンデイル。コノ魔力ハ神力ダ。」
「神力?」
「アア、タマニ居ルダロウ、変ナ力ヲ持ッタ人間。アノ頭ノオカシイ聖女、アンタノ嫁ダヨ。」
ナルージアがダリウスに向けてそう言うと、ダリウスは顔を曇らせた。
「そうか、あの不思議な魔力は神力か·····。」
「神ト言ワレル存在ガ、イタズラニ作リ出ス力ト言ワレテイル。解呪ハ難シイカモネ。コノママダト死ヌカモ。」
「そうか······。」
解呪が難しいというナルージアの言葉に、周りの空気が重くなる。
「グレイスならもしかしたらと思っていたが·····とにかくロシェルも連れて行ってくれ。私も行きたいが帝国を空ける訳にはいかない。」
「リョウカーイ。」
リーヴァへのナルージアの軽い返事と共に、捜索隊一行は転移魔法陣に足を踏み入れた。
リーヴァは皆の無事とグレイスの帰還を祈りながら見送った。
◇◇◇
魔法陣により転移した場所は、どこかの古城の一角だった。
魔法陣に安全確認の為、先に放り出されていた小人の魔族は、待ちくたびれたのか、ナルージア達が来た時は床に寝そべり眠っていた。
ナルージアから蹴り飛ばされ目を覚ますと、本来居るはずのないロシェルを見て、目を丸くしていた。
「何ダオ前、ロシェルヲ知ッテイルノカ?」
ナルージアがそう問い掛けるも、返事をしない小人の魔族を、再びナルージアは蹴り飛ばしていた。
『早く連れていけ。』
ナルージアが古語で話しかけると、漸く言葉が分かったのだろう。
小人の魔族はコクコク頷き両手を使って、2つの方向を指差した。
『は?何、どっちだよ?』
怪しげな行動を見せる小人の魔族にナルージアは苛立ちを見せると、目を閉じ、何かを探すように神経を研ぎ澄ませる。
『グレイスはあっちか。』
グレイスと血の契約をしているナルージアは、この距離に来て、漸く僅かなグレイスの魔力を感じる様になったのだろう。
グレイスの居る方角が分かったようだった。
「グレイスハアッチニ居ル。」
皆にそう伝え、捜索隊に指示を出した時だった。
「お待ちしていましたよ。」
そう声のする方向を見ると、そこにはフェアノーレ王国の牢に囚われているはずの魔族の女、ルーザが立っていた。
「何故ここに居る?お前は牢に囚われているはずだが?」
ダリウスが鋭い視線を送りながら問い掛ける。
「ああ、あれは私のゴーレムですよ。大昔人形作りが得意な人間に出会って命乞いされた時に、助ける代わりに私そっくりに作らせたものです。長年私の魔力を流し、私そっくりに仕上げました。ゴーレムを通して物を見て、会話も出来る。ナルージア様でも気付かなかったでしょう?」
「ゴーレムだと?」
ルーザは、ダリウスが驚いているのを可笑しそうに見ながら、クスクスと笑っている。
「あなた方がお探しの人間は、ナルージア様が言った通り、あちらの方に居ますので、その小人に引き続き案内させましょう。では約束通り、魔王様の依代になる方は私についてきて下さい。」
「ここで分かれるのか?」
ダリウスが訝しげに問い掛ける。
「はい、皆様に邪魔されては困るので。まぁ邪魔するのは難しいでしょうが。」
「俺モ行コウカ?」
「ナルージア様、あなたは確実に邪魔するでしょう?あの人間は解放しますから、お戻り頂いて結構です。それに早くあの人間の所へ向かった方がいいですよ。あの魔力を喰べたい魔族が集まっていますから。」
確かにその方向には複数の魔族の魔力を感じた。
「私は大丈夫だ。早くグレイスの元へ行ってくれ。彼女を死なせないでくれ。」
ダリウスはそう言うと、ルーザの元へ歩いていった。
「アイツガドウナロウト倒スダケダカラ。今ハ、グレイスノ方ガ大事デショ。」
ドイナーがリーヴァから隊の指揮を任せられているスルーガ卿に視線を移すと、スルーガ卿はナルージアに同意するように頷いた。
「ここで戦力を分けて行動するのは良くない。依代に関しては、取りあえずノーラ卿に抗って頂くしかないな。我々はどんな事があっても、ヴァーバル公爵の身を確保する事を優先する。」
スルーガ卿はそう言い放つと、急ぎグレイスの元へと向かった。
◇
小人の魔族はダリウス達が向かった方とは逆の場所へと案内しているようだった。
城は朽ち果てており、建物の体を成していなかった。
ロシェルはモランに支えられ、足場の悪い道を、痛みを耐えながら進んでいった。
やがて聞こえていた爆音が近くになると、ナルージアは床を蹴り、上空に舞い上がり様子を確認に向かった。
「グレイスガ闘ッテイル。急ゲ!」
珍しく緊迫した声でそう告げた。
ロシェル達は大きな壁にある、崩れた扉を抜けると一気に広い空間にたどり着いた。
既に天井はなく、ほとんどは破壊されてはいたが、床には大理石がしきつめられていた。
灯りをとるための松明が数ヶ所設置されている空間には、満月の白い月明かりが空間全体を照らし出している。
そしてその奥に、グレイスは立っていた。
見慣れない黒いドレスに身を包んだグレイスは、3体の魔族に囲まれ攻撃を受けていた。
「グレイス!!」
ロシェルが叫ぶ。
グレイスはロシェルの声に反応することなく、魔族達と対峙している。
グレイスの立つ真下には、真っ黒い魔法陣が浮かび上がり、上方に向かって薄黒い光の柱が伸びていた。
どうやらそれが防御壁になっているらしかった。
ナルージアがすかさず魔族の背後から攻撃を仕掛ける。
ナルージアに気付いた魔族達は、そちらに向き直り、一斉に攻撃を仕掛けてきた。
「グレイスノ所ヘ行ケヨ。」
ナルージアはそう言うと3体の魔族目掛けて向かっていった。
「騎士達はモラン殿の指示に従い公爵を守れ!」
スルーガはそう指示を出すと、ドイナーと共にナルージアの援護に向かった。
ロシェルとモラン達はグレイスの元へと急ぐ。
見ればあの3体の魔族の他に、下級魔族だろうか、数体既に事切れた状態で床に横たわっていた。
「グレイス!」
ロシェルはグレイスに呼び掛ける。
ロシェルの声に反応して振り向いたグレイスは、どこか様子が違っていた。
グレイスの魔力が僅かしか感じられない。
「グレイス?」
向けられた瞳の色は、グレイスの水気を帯びたような水色でも赤色でもなかった。
「その目は·····。」
【来たか、ロシェル。】
グレイスの顔に似つかわしくない渋い男性の声。
「もしかしてアグリス?」
【ああ。】
「どうして······?」
【グレイスと共に意識が堕ちていたが、グレイスの身体が攻撃されそうになっているのを察してな。グレイスの代わりに表に出た。】
「守ってくれたんだ。有難う。·····グレイスはまだ、夢の中に?」
【ああ、かなり深い所に堕ちている。まだ目覚める気配はないな。】
「そう······。僕が結界を張るよ。アグリスは休んで。」
【·····ロシェル、お前どうした?その身体。】
ロシェルの身体の異変にアグリスも気が付いたようだ。
「ちょっと呪いを受けてね。油断したよ。解呪は····難しいかもしれない。最悪死ぬ事になっても、グレイスの傍にいたい。」
ロシェルはそう言って笑みを見せた。
【グレイスなら·····どうかな。】
「アグリスが夢の中に入って、グレイスを引き戻せないか?」
2人の会話を聞いていたモランが問い掛ける。
【グレイスが目覚める気にならない限り難しいな。】
「グレイスはどんな夢を見ているの?」
ロシェルは気になっていた事を聞いてみる。
【断片的にか見えなかったが、どうやらあのエリオットと言う奴と結婚していたな。】
「そう·····グレイスが本来歩むはずだった未来か·····。何がグレイスを引き留めているの?」
ロシェルは不安に思っている事を聞いてみる。
【そうだな·····よく分からないが、子供がいる事に反応していた様に思える。俺にはよく分からない。】
子供·····。
フェアノーレ王国の王妃のマリア様は、グレイスはかつてダリウスと結婚していた時、子供を切望していたと言っていた。
ロシェルがグレイスと出会って以来、子供に関して、積極的な行動は見たことがなかった。
僕が子供を作る事は、義務の様に周りから言われているけど、純粋にグレイスと夫婦として子供の話になった事はあっただろうか。
あったか······あったけど、グレイスは何と言っていた?
あまりに色々な事が有りすぎて、どんな柵からも解放された2人の未来について、どれだけの事を話しただろう。
夢の中でグレイスは解放されている?
僕の立場は特殊だ。
僕との未来は、グレイスが心穏やかに過ごすには、足枷のような存在でしかないのかもしれない。
「アグリス、呪いでロシェルを失う訳にはいかない。もしかしたら、グレイス様なら何らかの手立てを示して下さるかもしれない。もう一度グレイス様の意識に干渉して、何としても意識を引き戻して欲しい。」
「モラン·····。」
グレイスの夢を邪魔することに罪悪感を感じる。
「ロシェル、もしグレイスさまが目を覚まして、お前が居ないと知ったら、きっとご自分を責められる。それは間違いない。ここはアグリスに託そう。」
ロシェルの考えていることが分かるのだろう、モランはロシェルを説得するような口調で話す。
【分かった。出来るだけの事はしよう。】
そう言ってアグリスはグレイスの意識をたどっていったのだろう。
グレイスの目蓋は閉じ、グレイスはその場に崩れ落ちようとした。
そんなグレイスをロシェルは抱き止める。
「グレイス······例え戻ってこなくても、ずっと傍にいるから。」
ロシェルはそう言って、グレイスを強く抱き締めた。
数ある作品の中から見つけて、読んで下さり有難うございます。
もし宜しければ、暇潰しに、「貴方のためにできること~ヒロインには負けません~」
https://ncode.syosetu.com/n0868hi/
も読んで頂ければと思います。宜しくお願いします。