83 もう一つの人生 ⑧
不定期投稿です。
お待ち下さっている皆様、何時も有難うございます。
「こちらが各国よりご署名頂きました嘆願書です。ルダリスタン帝国皇帝陛下には、世界平和の為の我等の意思をご理解頂き、ご了承頂きたく存じます。」
ほどなくしてルダリスタン帝国を再び訪問した、ルノール王国第3王女ルネアは、ロシェルの持つ聖属性の魔力の継承を謳い、各国からの要望も合わせた嘆願書を皇帝であるリーヴァに提出した。
「聖者ロシェルは、子種をばら撒く道具の様に扱われることに、強い嫌悪感を抱いている。彼は何より妻であるグレイス·ヴァーバル公爵を心より愛しているからな。そなたもフェアノーレに滞在していたから存じているだろう?アーレン国王の治療の為訪れていた公爵が魔族に拉致されたのを。」
「はい、まさか城内に魔族が入り込んでいたとは·····私共も身の安全の為、早々に帰国させて頂きました。」
「いったい誰が引き込んだのやら·····。」
リーヴァはそう言ってルネアに視線を向けるが、彼女は表情一つ変えなかった。
「まぁ、この事で聖者ロシェルは心を酷く痛めている。ヴァーバル公爵が見つかるまでは、この嘆願書に応えることは出来ないだろう。」
そう言って、リーヴァはルネア王女の退出を促すが、彼女は出て行こうとはしなかった。
「まだヴァーバル公爵様は見つかっておられないと伺っています。公爵様の居場所の捜索に協力出来るかもしれません。」
「心当たりがあるという事か?」
「既にご存知かと思いますが、我がルノール王国も魔族の捕縛に成功しまして。その者を使えば、ご案内出来るかと。」
「その様子だと、ただではないのだろう?」
「はい。聖者ロシェル様と私が、始めに関係を持つ場を設けて下さい。無事ことが済みましたら、居場所をお教えしましょう。」
「始めからそれが目的か?」
リーヴァの問いに微笑み返すその狡猾さは、本当にルノールの王女なのかと疑問に思う。
この王女も何かしら魔族に精神を乗っ取られているのかもしれないな。
「その情報が嘘か、役に立たない場合がある。」
「·····少しだけお話すると、魔族はヴァーバル公爵を古より残されている転移魔法陣を使って移動させたと思います。私がご案内出来るのは、その魔法陣がある場所です。転移した先は、捕獲した魔族に案内させましょう。」
「······。」
「私、魔族が要求した内容も存じております。フェアノーレの勇者様のご検討を願っております。そして何より、我々ルノール王国はその行動を支持致します。」
ルネアはそう囁いた。
「·····聖者ロシェルと話をする故、控えておくように。」
「承知しました」
ルネアはそう言うと、深々と頭を下げ、謁見の間を退出していった。
それからまもなくして話し合いの結果、ナルージア、ドイナーそしてスルーガ卿を含む15名の精鋭騎士達が、ルノール王国が捕縛していたという魔族を伴って、グレイス救出へと向かい出発することが決まった。
◇
今はもう着なれた、地紋の入った真っ白な聖者の衣装が、優しく風に揺れる。
首と耳には、グレイスの魔力が込められた魔石をあしらった装飾品が、夕日を受けて輝いている。
ロシェルはルダリスタン帝国の城の上階から、ナルージア達が出発する様子を見ていた。
「いよいよ出発ですのね。お力になれて嬉しいですわ。」
ロシェルの背後には、うっとりとこちらを見つめるルネア王女が立っていた。
ルネアは薄い透け感のあるモスリン素材のワンピースを身に付けていおり、その姿は妖艶だ。
「魔族の情報は間違いないのですね?」
「ええ、おそらく。魔族も嘘を教えて死にたくはないでしょうから。」
「······。」
ロシェルは捜索隊が見えなくなっても、テラスから動こうとしなかった。
「ご心配なのは分かりますが、事を成すなら今の内が宜しいかと。ヴァーバル公爵がお戻りになられた後では、尚更私を抱く気など起こらないでしょう?」
ルネアはそう言いながら、テーブルに用意されたワインをグラスに注ぐ。
ワインにしては甘すぎる香りが立ち上る。
「·····薬ですか?」
「私は何もロシェル様のお心を奪おうなどとは思っておりませんわ。何度も申し上げたように、この世界に必要な事なのです。気が向かないロシェル様の為に、媚薬をご用意致しましたの。是非お飲みになって。」
ロシェルは部屋に入ったものの、ルネアにもテーブルにも近づかない。
そんなロシェルを見ながら、ルネアは軽くため息をつく。
「約束を破る気ですか?そもそもこれはヴァーバル公爵様の為でもあるのですよ。」
「どういう事です?」
「噂をご存知ないのですか?ヴァーバル公爵はフェアノーレの勇者に当て付ける為に、美しい奴隷だったロシェル様を引き取り育てたと。そして聖属性の魔力持ちと分かるや否や、何処にも行かせないよう縛り付ける為に無理矢理婚姻を結んだと。そしてロシェル様の子種を独占し、そのうち大金を要求し売り付ける気だと。」
「なっ?!」
「裏では稀代の悪女とも言われています。勇者もそんな性格に嫌気が差して離婚をしたのだろうとも言われています。」
ロシェルの耳に入って来なかった噂の内容に愕然とする。
「8年前に魔族と共に消えたのも、そもそも公爵が魔族を呼び覚ました犯人で、魔族側の人間だと言う者達もいます。」
「どうしてそんな話に?あの時グレイスは命を懸けて戦っていたというのに。」
「私も公爵様がそんな人間だとはつゆ程も思っておりませんわ。ですがそういう噂を広めて、公爵様を陥れて、ロシェル様と公爵様を引き離そうとする輩がいるのです。」
「何て醜悪な·····。」
「ですから私は提案したのです。公爵様が我々の願いを積極的に聞き入れて下されば、少なくとも、ロシェル様が関係をお持ちになった国々は、噂を否定し、打ち消してくれることでしょう。」
グレイスと初めて会った日を思い出す。
魔族強襲の最中、地下牢に放置され、水も食べ物も与えられず、病に侵された箇所は腐り、床に這いつくばり、ただ死を待つだけだったあの頃·····。
同じように病に侵された者達は先に死に、死臭が漂う中、唯一グレイスだけが助けようとしてくれた。
汚物にまみれたこの僕を、涙を流しながら抱き締めてくれたグレイスは、僕にとっては神だった。
そんなグレイスが再びこんな有りもしない醜聞に晒されているなんて。
常に魔族討伐の最前線に立ち皆を救い、更には公にはされていないエリオット様の凶行を止め、その後も傷ついた人々を治療しながら帰国したグレイス。
きっと誰よりも戦ってきた人だ。
そんなグレイスに対し、恩を返すどころか、有りもしない噂を自分達の手で広め、さも助けるかのように手を差しのべるその態度。
反吐が出そうだ。
ロシェルは静かにルネアを睨み付ける。
そんなロシェルの態度を気にもとめない様子で、ルネアはロシェルの元に近づくと、その手を取りワインのグラスを持たせようとする。
ロシェルは咄嗟にその手を振り払った。
驚くルネア。
払われ落ちたグラスが、床に敷かれた絨毯に染みを作る。
「何をなさるの?まさか約束を本当に反故するおつもりですか?ルダリスタン帝国ともあろう大国が、聖者と讃えられているあなたが責任を放棄するのですか?」
ルネアはロシェルを責め立てる。
「僕は本来世界の事なんてどうでもいいんだ。グレイスと静かに暮らせれば。誰にどう思われようが関係ない。何が世界のためだ?土地の浄化は聖属性の魔力が一番効力があるのは分かるけれど、今まで通り土属性や火属性の魔法、更には闇属性でも可能だ。魔族特有の魔力に対し、聖属性の魔力が一番有用なのも分かってる。でも実際戦場では僕は防御壁を張り、皆を守る後方支援だ。僕が居なくても何とかなる。」
「確かに他の属性の魔導師が土地の浄化をする事は可能ですが、聖属性の魔法は広範囲を瞬時に浄化するだけでなく、その土地自体を豊かなものに変えてくれます。それに魔族の魔力は聖属性の魔力に弱い。更に言うなら、古代の失われたエルフの魔法は、聖属性の魔力のみが復活させられるもの。それらを全て放棄するのですか?」
「どうでもいい·····。心を殺してまでしたくない。」
「たかが私を抱く事で心を壊すなんて·····。あなたは男娼でしたのでしょう?大したことないのではありませんか?そんなに公爵様が怖いのですか?」
ルネア王女を抱いたとしても、それがグレイスの居場所を知る為の条件だったと説明すれば、きっとグレイスは僕に嫌な想いをさせたと謝って、当然のように抱き締めてくれるだろう。
そう、当然のように·····。
僕がどんなに愛していると伝えても、どんなに朝まで抱き潰しても、僕が『別れる。』と言えば、直ぐに何の躊躇もなく手放してしまうだろう。
グレイスの傍に居ることが、僕の幸せを奪っているとさえ思っている。
グレイスは独りぼっちになることに慣れてしまった·····。
僕が····グレイスを幸せで満たしてあげるんだ。
だから、こんな事をしている場合じゃない。
「ロシェル様!」
ルネアの言葉に反応しないロシェルに苛立ち、ルネアは詰め寄る。
ロシェルは伏せていた顔を上げ、ルネアに告げる。
「何が約束を破るだ?そもそもお前達は、魔族討伐に関して、グレイスに恩があるはずだろう?ルノール王国に魔族が襲撃した際、グレイスが居なかったら討伐は困難を極め、多くの死者が出ていたはずだ。勝てたかさえ分からない。それなのに、グレイス救出に協力するのに条件をつけるなんて、お前達は恩知らずで恥知らずだ!」
そう言って、ロシェルは部屋から出て行こうとする。
「ロシェル様、待って!古代の失われたエルフの魔法の復活は重要ではないのですか?」
「エルフはもうこの地を去ったんだ。今さら必要ないだろう?」
「そんな·····待って!私の言葉に公爵様に対する無礼があったならお詫びします。どうか、行かないで!」
縋るルネアに対し、ロシェルは関係ないというように手で再び振り払う。
振り払われ、倒れたルネアは身体をブルブルと震わせる。
「待って······そうじゃないと······。」
不気味に呟くルネアをそのままに、ロシェルは今度こそ部屋を出るべく扉へ向かった。
その刹那、左の脇腹に衝撃が走る。
視線を向けると、そこにはロシェルの脇腹に短剣を突き刺すルネアの姿があった。
いつの間に?どうして·····。
そう思う間も無く真っ白な衣装が潜血で染まっていく。
短剣なんて何処に······?
ロシェルはルネアを引き剥がし、そのまま膝をつく。
「モラン!」
そう何とか大声を出せば、部屋の外で控えていたモランがロシェルの声を聞き、飛び込んできた。
そしてロシェルの惨状を目にし、直ぐ様駆け寄り、ロシェルを支えた。
「ロシェルこれは?」
モランはそう言って、とにかく短剣を引き抜こうとするが、ロシェルはそれを止めた。
「この短剣、特別な魔法·····いや、呪いがかけられている。······だから、まださわらないで·····。」
「何だって?!」
ロシェルは痛みに耐えながら詠唱し、魔力を手に纏わせた状態で、ゆっくり短剣を引き抜き、床に投げ捨てると、そのまま今度は傷口に手を当て治癒魔法をかけ始めた。
モランはロシェルを支えながら、他の護衛騎士にルネアを捕縛するよう指示した。
「ロシェル、大丈夫か?どうしてこんな事に?······ルネア王女殿下、何故ロシェルを刺したのです?!それに呪われた短剣など·····。」
モランはロシェルを支えたままルネアの方を向き、問い掛ける。
騎士に押さえつけられた王女は青い顔をしたまま、ぶつぶつと何かを呟く。
「だって·····子種をくれないんですもの······。本当は子種をもらってから刺す予定だったけど·····。」
「何だと?!どういうことだ?まさか、はじめから·····。」
「子種をもらったら、その短剣を刺すように言われたの。そうしたら、私がもらった子種は確実に妊娠する魔法をかけてくれるって。それに短剣で呪いがかかれば、それを解除するために、また私に協力を仰がざるを得なくなるからと·····。」
それだけ言うと、ルネアは意識を失った。
「ロシェル·····解除出来るのか?」
治癒魔法がかけられた傷口は、塞がっているように見える。
ロシェルは呼吸を整えながら、詠唱に集中していた。
「これは·····魔族の魔力で作られた呪いじゃない。ふぅ·····身体の中で何かが暴れているみたいだ。今、外の皮膚は塞いでるけど、中で、·····くっ····聖属性の魔力を弾いてくる······。」
「しっかりしろ!取りあえず、リーヴァ様に診て頂く!」
この事態に城内が騒然となる中、ルネアはそのまま地下牢へと連行された。
ロシェルは別室に運ばれ、別の魔導師に治癒魔法をかけられるも、事態は変わらなかった。
リーヴァは透視魔法でロシェルの体内を診察する。
「これは·····何かの魔力が体内を傷つけようと暴れている。·····何とか聖属性の魔力で抑えているのか?」
「·····はい。」
外からは見て分からないが、ロシェルの体内で何かの魔力が暴れ続けている。
「ロシェル、このままだと·····。」
「·····はい。死にますね。」
「なっ?!」
その言葉にモランや他の者達が動揺する。
「どうしたものか·····。」
「リーヴァ様······。僕もグレイス救出に向かわせて下さい。グレイスを助けたい。·····それに死ぬならグレイスの傍で·····。」
「気弱になるな!助かる方法は必ずある!」
「·····有難うございます。でもお願いです。行かせて下さい。」
ロシェルは青白い顔ながら、その目ははっきりとリーヴァに訴えていた。
「皇帝陛下、私がロシェルを守ります。グレイス様が救出され、意識を取り戻していたなら、もしかしたら·····。」
モランの言葉の通り、皇城にいても好転しないと判断したリーヴァは、ロシェルの申し出を許可することにした。
「·····グレイス、今から行くね·····。」
ロシェルはそう言って微笑んだ。
数ある作品の中から見つけて、読んで下さり有難うございます。
もし宜しければ、暇潰しに、「貴方のためにできること~ヒロインには負けません~」
https://ncode.syosetu.com/n0868hi/
も読んで頂ければと思います。宜しくお願いします。




