75 陰謀の影 ②
不定期投稿です。
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これからも宜しくお願いします。
「アーレン様はどう?」
「危篤だっただけあって、病巣は身体中に広がっていたわ。私がいない8年間でこんなことになっていたなんて。」
「でも間に合ったんでしょう?」
「ええ、何とか。ただ完全に病巣を取り除く為に一月ほど滞在することにしたわ。」
「そうか、その方がいいと思う。」
「ロシェル、あなたは私について来てくれているけど、あなたに土地の浄化の依頼が各国から来ているはずよ。ここに居て大丈夫なの?」
「うん、魔石に僕の魔力を込めたものをルダリスタン帝国の魔導師団に渡して、それを依頼があった場所に持って行ってもらってるんだ。地中に埋めて浄化を行うんだけど、それでも改善しない所だけ行くことにしている。そうじゃないと身体がもたないから。全て帝国を通してもらってる。そうしないと、浄化を名目に僕を呼び寄せたいだけの輩もいるみたいでね。リーヴァ様がそうするように提案して下さったんだ。」
「そう·····。」
「何よりグレイスと離れたくないんだ。グレイスが行く所で仕事をするから気にしないで。」
ロシェルはそう言うと、グレイスの手を優しく握る。
リーヴァからアーレン危篤の知らせを受け、ルダリスタン帝国王族専用の転移魔法陣を使いフェアノーレ王国に来たグレイスだったが、それには当然の様にロシェルがついてきていた。
この8年間で、ロシェルもヴァーバルの公爵位は継がなかったものの、聖者という称号を受け、各地で聖属性の魔法を使った土地の浄化を行っていた。
未だ魔族をはじめ、魔獣の被害やその死体から発せられる瘴気に悩まされる土地も多く、ロシェルは非常に忙しい身となっていた。
そんなロシェルだったが、当たり前の様にグレイスの傍を離れることはなかった。
「ルノール王国から再三浄化要請が来ていたみたいね。」
「帝国の魔導師に魔石を持って行ってもらったよ。そうしたら、例の王女がアーレン様の見舞いついでに、こちらにお礼の挨拶に来ると言っていたな。必要ないって返事はしたけど。」
「ルネア王女のあなたへの執着ぶりは相当なものね。」
「あの王女に限ったことではないよ。皆、僕との間に子を作らせようとしている。僕はグレイス以外の人間と子を作るつもりはないから。」
「ロシェル······。」
「僕はいつでもいいよ。グレイスが作りたくないならそれでもいい。僕らの時は長いんだ。ゆっくり考えよう。」
「·····そうね。」
「うん·····ああ、こんな話したら身体が熱くなるから·····。グレイス、取りあえず口付けしよう。」
ロシェルはそう言い、グレイスの腰に手を回す。
「今からまたアーレンの様子を見に行かないといけないの。乱れるわけにはいかないわ。」
「大丈夫、それ以上は我慢するから。」
そう言ってロシェルはグレイスの応えを聞くことなく優しく口付けた。
◇◇◇
「久しぶりによく眠れているよ。」
グレイスがアーレンの寝所へ赴くと、アーレンは身体を起こし何か書類に目を通していた。
その傍らにはマリアの姿もあった。
「アーレン、何をしているの?少し状態が良くなったとは言え、つい最近まで危篤状態だったのよ。体力が回復していないのだから、無理しないで。またマリア様に心配をかけるの?」
「ああ、すまない。グレイスが居るうちに仕事をこなしておきたいんだ。」
「アーレン。」
「グレイス、ごめんなさい。アーレンがどうしてもって聞かなくって。国王が倒れた時は、執務を王妃が代行することも出来るのだけど、私に采配する能力はないから。補佐官達が頑張ってくれているけれど、国王しか出来ないこともあるみたいで。本当に力不足で情けないわ。」
そう言ってマリアは落ち込む。
ずっとアーレンの病気のことで心労が溜まっているのか、マリアは随分痩せた様に見えた。
「マリア様も私がフェアノーレにいる間は身体を休ませて下さい。後でマリア様のお部屋にも伺いましょう。私の魔力を流せば、身体も楽になるはずですから。」
「私の事は気にしないで。アーレンの治療にグレイスの魔力が沢山必要な事は分かっているから。重病でもない私があなたの魔力の恩恵に預かるわけにはいかないわ。でも、そうね、アーレンも今のところ落ち着いているみたいだから、グレイスのお言葉に甘えて少し部屋で休ませてもらうわね。グレイス、アーレンの事を宜しくね。」
マリアはそう言うと、席を立ち部屋を出ていった。
「マリア様は大丈夫なの?顔色が良くないわ。」
「ああそうだね。マリアには随分心配をかけているから、もし良かったらグレイスが余裕がある時に、マリアも診てやって欲しい。」
「勿論そのつもりよ。それじゃあ、早速治療を始めましょう。」
グレイスはアーレンの手を取る。
8年前会った時も体調を壊していた。
あの頃と同じようにアーレンの手は痩せていた。
そして8年もの歳月を感じさせる手でもあった。
グレイスは労るように優しくアーレンの手を両手で撫でる。
その様子を見ていたアーレンはそっとグレイスの手を握りしめる。
「グレイス、兄上の最期を見届けてくれて有難う。」
「·····私は、あの方の為に何も出来なかったわ。」
「グレイスが兄上に対して負い目を感じるような事は何もないよ。本来我等フェアノーレ王家が····私がしなければならない責任を、グレイスが肩代わりしてくれたんだ。感謝しかない。」
「······。」
「こんな事を聞くのはどうかと思うが、兄上は苦しんで逝ったのだろうか?それとも·····。」
「エリオット様と血の契約をしていた魔族が抵抗を試みたの。その手段として、私がエリオット様の弱みだと分かると、私を人質にしてエリオット様に言うことをきかせようとしたわ。だから私は、エリオット様の足手まといにならない様に命を絶とうとしたの。」
「グレイス·····。」
「実際に短剣を胸に突き立てたのだけど、ロシェルからもらって身に付けていた聖属性の魔力を込めた魔石のペンダントが、即座に私の傷を治療したみたいで、私は命を失う事はなかった。」
「ふぅ·····そうか、良かった。」
「でもそのことでエリオット様は······未だ私に襲いかかろうとしている魔族から私を守るため、自身の命を断ち、血の契約を用いて魔族を道連れにし、倒して下さった。」
「·····兄上にとっては、グレイスの死ほど、受け入れられないものはないからね。」
「どんな形であれ、エリオット様には生きていて欲しかった·····。」
グレイスは静かに涙を流す。
「グレイス·····。」
「エリオット様は、最期はとても穏やかな、優しい表情をされていたわ。私が·····誰とも結婚せず、エリオット様を待ち続けていたなら、多くの命が失われる事はなかったし、エリオット様も凶行に及ぶ事はなかったでしょう。血の契約で拘束した魔族を上手く使い、その他の魔族や魔獣からの恐怖を取り除き、世界を平和に導いたかもしれないわ。私は······」
尚も涙を流すグレイスを見かねて、アーレンはグレイスを引き寄せ抱き締める。
「グレイス、落ち着いて。私達は結局は、全て自身で選択しながら生きている。今までの結果が、全てグレイスだけの選択によるものじゃないんだ。兄上が凶行に及んだのは、グレイスのせいじゃない。兄上の選択なんだ。そうしない未来もあったはずなのに、そうしたのは兄上自身だ。それを間違えてはいけない。グレイス1人が背負うものではないんだ。」
アーレンはグレイスの背を撫でなから、そう諭すように語りかける。
「君は最善の為に、十分頑張った。グレイスにはロシェルがいるだろう?2人で幸せになっていいんだ。」
「リーヴァも同じように言ってくれたわ。でもね·····私は、同じようにロシェルも不幸にしてしまいそうで怖いの。ロシェルには幸せになって欲しい。彼の悲しい結末なんて見たくないわ。」
「グレイス·····グレイスの傍にいることがロシェルの幸せだ。本人もそう言っているし、私にもそう見えるよ。だから恐れないで、素直にロシェルを受け入れればいい。幸せになることを恐れるな。」
この日、涙を流すグレイスを見たアーレンは、初めてグレイスの弱さを知った気がした。
◇◇◇
それはアーレンの治療が順調に続き、グレイス達がルダリスタン帝国へ、帰国の準備に入ろうとしている時だった。
その日ドイナーは、モランと共に王宮外で奉仕活動を行うロシェルの護衛を行うため、グレイスの元を離れていた。
グレイスはいつものように治療を終え、王宮が用意した侍女と護衛騎士を伴い、部屋に戻ろうとしていた。
「ヴァーバル公爵様。」
王宮内で、左右に庭園を望める長い通路を歩いている時、王宮の侍女が1人、グレイスの目の前に現れ、声をかけてきた。
「聖者ロシェル様より、お迎えに上がるよう申し付けられ参りました。ロシェル様は庭園内に儲けられた茶席でお待ちにございます。どうぞこちらに。」
茶色の髪に同じ色の瞳。
顔にそばかすがあるが、王宮の侍女らしく控え目な化粧を施した、どこにでもいる普通の侍女だった。
グレイスは立ち止まり、侍女の話を聞く。
侍女は「どうぞこちらへ。」と言いながら、グレイスを案内するために背を向けた。
しかしグレイスは侍女について行こうとはしなかった。
侍女はそれに気付き振り返る。
「王宮内は安全の為、通常、許可がない限り魔法が使えないように、床や壁に魔法陣が隠されているの。どうしてこの場所だけ、解除されているのかしら?」
「左様でございましたか。私には分かりかねますので、公爵様をご案内した後、上に報告し、対処させて頂きます。」
侍女は淡々と答える。
「それだけではないわ。何故魔族がここに居るのかしら?フェアノーレ王国が魔族を囲っている話は聞いていないけれど。」
グレイスがそう言うと、後ろに控えていた侍女と騎士が、グレイスを守るため、間に入り立ちはだかる。
「·····。」
「ロシェルなら、私を迎えに誰かを寄越すなんてことはしないわ。自分で迎えに来る。·····あなたは誰?わざわざ侍女の姿を模すなんて、普通そんな面倒な事を考えて、魔族は行動しないでしょう?誰の命令?誰と契約したのかしら?」
「······凄いわ。私が魔族だと分かったの?認識阻害の魔法で、気配は消しているのに。」
「何の目的で私に近づいているのかしら?死にたいの?」
「くっ····ふふふ。凄い凄い。あの人間が言ってた通りだわ。あなたの魔力も凄い。あの方の復活の力になるわ。」
「復活?誰の?あなたに手を貸しているのは誰?」
「だーれだ?」
そう話す侍女の表情は先程とは一変し、いやらしい笑みを浮かべる。
それを見たグレイスは、これ以上話すことはないと、目の前の魔族を捕獲するため、魔法を発動しようとしたその時だった。
グレイス達の立つ床に大きな魔法陣が現れ、グレイス達の動きを拘束した。
「これは····。」
「侵入者だ!!」
危険を感じ、騎士が叫ぶも、通常なら直ぐ駆け付ける騎士が、誰1人現れない。
「叫んでも無駄よ。近くには誰もいないから。」
王宮内には、決められた場所で警備する者達と、巡回し警備にあたっている騎士がいる。
「殺したの?」
魔族の女は微笑んだ。
グレイスはまずグレイス達を捕らえている魔法陣を破壊しようと試みる。
「させない。」
グレイスが攻撃の魔法を発動する前に、突然意識が暗転した。
これは····リーヴァが話していた精神系の魔法。
ルノール王国が関わっているのね。
グレイスは心を落ち着ける。
精神系の魔法は、かけられたとしても、相手より魔力量が多ければ解除することが出来る。
グレイスは意識を集中し、解除を試みる。
その時だった。
「グレイス。」
聞き覚えのある声に反応し、グレイスの集中が途切れる。
いつの間にか魔族と侍従達の姿は消え、グレイスは1人先程の通路に立っていた。
声がした方向を振り返る。
そこには多くの侍従を引き連れた女性が立っていた。
グレイスは一瞬息をのむ。
「カリファ様·····。」
それは既に亡くなった、エリオットの母親、前王妃カリファだった。
数ある作品の中から見つけて、読んで下さり有難うございます。
もし宜しければ、暇潰しに、「貴方のためにできること~ヒロインには負けません~」
https://ncode.syosetu.com/n0868hi/
も読んで頂ければと思います。宜しくお願いします。