67 エリオットとグレイス ③
不定期投稿です。
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魔法陣から現れた5体の魔族は、どれも禍々しい魔力を纏っていた。
するとその中の1体が魔法を発動させる為に詠唱を始めた。
そして残りの4体は、一斉にグレイスとエリオット目掛けて攻撃を仕掛けてきた。
「死にたがりな奴等め。」
エリオットは吐き捨てるようにそう言うと、魔法を発動し、魔族を光の網で拘束し、次に繰り出した光の矢で2体を貫いた。
一方グレイスに襲い掛かった2体は、グレイスが発動した闇の魔法により同じく拘束され、触れた箇所から灰にされていった。
魔族の断末魔が響き渡る。
しかし、後ろで展開している魔法陣から魔族が次々と現れ、直接攻撃だけでなく、魔法による遠隔攻撃を仕掛ける者や魔獣を召喚する者達も現れた。
グレイスはエリオットと自身を守るため、防御壁を展開する。
魔族や魔獣はグレイスの防御壁に阻まれ、その攻撃は無効化されていく。
更にグレイスは自身の手のひらに傷をつけ、地に手をつくと、真っ黒な新たな魔法陣が現れ、それは地を覆うように広がっていった。
『アグリス!』
グレイスが呼び掛けると地面に広がった魔法陣から鋭いトゲが伸び、魔族を傷つけていく。
そしてその攻撃で怯んだ魔族を、エリオットが1体1体倒していく。
どの位経っただろうか。
グレイスが展開する防御壁の周りには、20体程の灰になった魔族の亡骸が散らばっていた。
『グレイス、残った魔族は相当の実力者で人数も多い。このままだと魔力を削られるだけだ。』
『分かっているわ。』
アグリスが心配してグレイスに語り掛ける。
エリオットが血の契約を用いて魔族を倒していく間、グレイスは魔族が召喚した魔獣から、エリオットを守らなければならない。
それまで魔力がもてばいい。
そう思い、グレイスは慎重に戦いに集中していく。
その時、はじめに魔法陣から姿を現した女の魔族が未だ詠唱を続けている事に気づいた。
彼女があの魔法陣から他の魔族を呼び寄せている?
それに何か力の付与もしているように見える。
彼女を倒せば、戦いが有利に変わるかもしれない。
グレイスはそう思い、女の魔族に向け攻撃を仕掛ける。
すると目が合ったその魔族は、不適な笑みを浮かべると、今までとは違う魔法を発動した。
何?
グレイスは警戒して構える。
「くっ·····。」
しかし聞こえてきたのは、エリオットの声だった。
「エリオット様?」
「ふう·····奴等はどうやら私を石化し、私を生きたまま封じ込めたいらしい。」
「石化?」
「あの魔族は土の魔法を使い、遠隔操作で私の真下の地中に魔法陣を描いたらしい。」
「そんな·····。」
「そして君の真下の地中にも····気を付けろグレイス、来るぞ!」
エリオットの言葉が終わるのとほぼ同時に、グレイスの真下で爆発が起こる。
「!!」
「グレイス!!」
エリオットのグレイスを呼ぶ声は、爆音で掻き消された。
グレイスは咄嗟に足元に防御壁を張るが、爆風で飛ばされた。
受け身を上手くとれず、肩から地面に叩きつけられた。
グレイスが、展開していた防御壁の外へ投げ出された事で、魔族が一斉にグレイスに襲い掛かった。
くっ····片腕を骨折したみたい·····。
グレイスが痛みに耐えながら身体を起こしたその先で、グレイスを爆風で飛ばした魔族の女が、エリオットによって倒されているのが見えた。
同時に徐々にエリオットにかけられた石化の魔法が解けていくが、直ぐにこちらに向かうことは出来ず、遠隔で攻撃を仕掛けることしか出来ないようだった。
魔族は私を人質にして、エリオット様を操るつもりだわ。
グレイスは動く片手で、エリオットから渡されていた短剣を手にすると、鞘を外し構え、魔族に相対した。
「私はエリオット様の足枷にはならない。」
そう言ってグレイスは、一瞬魔族に笑みを見せると、そのまま自身の胸に短剣を突き立てた。
「なっ·····グレイスー!!」
エリオットの絶叫が辺りに響き渡る。
グレイスは短剣を胸に突き刺したまま、その場に倒れ込んだ。
◇
長々と詠唱を続けている魔族の女を倒そうとするが、それを阻む様に他の魔族や召喚された魔獣が襲い掛かってくる。
グレイスの防御壁があるからといって、強い魔力が何度もぶつかれば打ち破られるかもしれない。
血の契約を使って魔族を操り、死に追いやる事は出来る。
しかし、契約しているとは言え、魔族も抵抗を試みる。
血の契約は精神を乗っ取る様なものではない。
互いの命を繋ぐ契約だ。
命を奪う事は出来るが、行動を制限出来る訳ではない。
従って命を守るか、従わず自由に行動し、命を奪われるかは契約を交わした者の判断による。
通常は命を守る為に隷属するものだが、魔力の強い個体が多い事から、結託して私を封印し、意識を失わせる事で、自身の安全を確保しようとしている。
それが上手くいかないのなら、グレイスを人質に言うことを聞かせようとしている。
グレイスにだけは手を出させない。
そう思っていたのに、まさかあの女の魔族が、地中に魔法陣を描いているとは。
石化か······上手いことを考えてくる。
そしてグレイスにも魔法を施し、爆破するとは····油断した。
爆風で飛ばされ、地面に叩きつけられたグレイスに群がる魔族。
ああ何て事だ!
グレイスに手を出すとは!
漸く魔族からの妨害が途切れ、女の魔族に攻撃出来るようになり、即座に血の契約で命を奪う。
女の魔族が事切れた所で、石化の魔法が解けていく。
しかしグレイスの元に間に合わない。
遠隔で攻撃魔法を仕掛けるが、全てを倒すに至らない。
その瞬間目に入ったのが、グレイスが、私が渡した短剣を取り出し、鞘を取外し、魔族に相対している姿。
その短剣は魔族を倒すために渡したものではない。
使えるが、複数を相手にするものではない。
グレイスはどうやら片腕を負傷しているらしい。
おそらく痛みで、直ぐに魔法を発動するのが難しいのだろう。
私が、私が助けなければならない。
そう思い、血の契約紋に魔力を流し、魔族の絶命を図る。
複数同時に魔族の命を絶つ事は難しい上に、抵抗されれば大量の魔力を消費する。
しかしその時、自分の目に信じられない光景が映った。
グレイスは魔族からの捕縛を恐れたのだろう。
手に持つ短剣を自らの胸に突き立てた。
なっ·····
そのままグレイスは、短剣を胸に突き立てたまま地面に倒れ込んだ
「グレイスー!!」
ああ、嘘だと言ってくれ·····.
石化が解けたばかりの動きの鈍い足を引き摺る様にしながら走り出した。
嘘だと言ってくれ······。
せっかく共に生きる事を確かめあったのに。
漸く君が『愛している』と言ってくれたのに。
グレイスの居ない世界など、それこそ必要ない。
頼む、グレイス、死なないでくれ。
倒れたグレイスを尚も手に入れようと迫る魔族を後ろから攻撃し、横になぎ倒す様にしながらグレイスに近づく。
ああ、グレイス·····。
青白い顔で倒れているグレイスに手を伸ばす。
その瞬間、グレイスの胸元が真っ白い光で覆われた。
予想していなかった発光に目が眩む。
暫く発光は続き、漸く収まった所でグレイスを抱き起こし、防御壁を展開する。
そして思わず目を見開く。
確かにグレイスの胸に突き刺さっていた短剣は姿を消し、胸には衣服の破れはあるものの、傷は一つもついていなかった。
これは······。
そしてよく見ると、グレイスの胸元には魔石が嵌め込まれたペンダントがあるのが分かった。
魔石からは既に魔力が放出され、ただの石になっているのが分かる。
おそらくグレイスの胸に短剣が刺さった時点で魔石が反応し、短剣を消失させると共に、傷さえも治してしまったのだろう。
そんな事が可能な魔力は······聖属性の魔力だけだ。
聖属性の魔力·····そうか、グレイスの新しい夫がグレイスを守るために持たせていたのだろう。
離れていても、グレイスを守ったのか·····。
グレイスが助かった事にホッとするも、どこか悔しい気持ちが残る。
「·····エリオット様·····。」
グレイスがゆっくり目を開け、私の名を呼ぶ。
直ぐにグレイスを抱き締める。
「グレイス良かった。······無茶をする。」
「·····申し訳ありません。私を人質にしようと目論んでいるのが分かったので。エリオット様の足枷にはなりたくありませんから。」
「グレイスを失えば、私が生きていられる訳がないだろう?それこそ魔族だけでなく、世界を破壊してしまうよ。本当に······こんなに動揺した事はない。こんなに苦しい気持ちになった事はない。グレイスが私の目の前で命を絶つのは、この世界にとって逆効果だよ。」
「エリオット様·····申し訳ありません。」
グレイスの温もりも確かめる様に、強く抱き締める。
「それにしても、どうして私·······。」
「·····君が持っていた魔石が嵌め込まれたペンダントが、傷を治してくれたようだ。」
「·····ペンダント·····。」
グレイスはそう呟くと、どういう事か分かったのだろう。
その瞳に水の膜が張った。
「そのペンダントは、君が迎えた聖属性の魔力を持つ新しい夫からのものだろう?魔石を壊さぬように、あれだけの魔力を込めるには相当の時間を要する。君の夫は形ばかりではなく、本気で君を愛しているのだろう。·····私のように傷つけてばかりではない。」
「エリオット様·····。」
「早くにこうしなければならない事は分かっていた。分かっていたが、君との未来を願わずにはいられなかった。·····結局私は、自分の事しか考えていない、弱い人間だ。」
「そんな事はありません。エリオット様はフェアノーレの未来の為に努力されていたではありませんか?」
「それをも満たされない感情の為に壊そうとしていた。」
「エリオット様·····何を·····。」
「グレイス、私は君を身分や生まれ等のしがらみに関係なく、はじめから純粋に君を愛している。君を想う気持ちは、世界中の誰にも負けてはいない。·····だから忘れないで欲しい。私が本当に君を愛していたという事を。グレイス·····私の唯一だ。生まれ変わっても君を愛することを許して欲しい。」
そう言ってグレイスに深く口づけた。
そして、ゆっくりグレイスを地面に下ろすと、エリオットは少し離れ、魔族の方に向き直った。
「好き勝手やってくれたな。お前達の立場を思い知るがいい。」
エリオットが詠唱を始めると、エリオットだけでなく魔族の身体にも血の契約の紋章が現れ、発光し始めた。
慌ててエリオットに飛びかかる者、逆に後退し、逃げ出そうとする者。
魔族が慌ただしい動きを見せる。
エリオットは魔族の焦る様子を見ながら、満足げに笑みを見せると、手を空に掲げ、そこに黒い炎を纏わせた
「あれは·····。」
グレイスは息をのむ。
そして今度はエリオットが、その炎ごと、手を自身の胸に突き刺した。
「エリオット様!!」
エリオットの全身に黒い炎が広がる。
胸元から炭化していく様に黒く変色していき、それは徐々に全身へと広がっていく。
「愛しいグレイス·····漸く君の幸せを素直に願えるよ。」
「エリオット様、いけません!」
エリオットが何をしようとしているか悟ったグレイスは、それを止めようとエリオットに手を伸ばす。
「·····愛しているよ、グレイス······。幸せに······。」
エリオットは穏やかに微笑みながらグレイスに手を伸ばす。
しかしそれはグレイスに触れることなく、砂像が崩れる様に、灰となって消えていった。
そしてエリオットと血の契約をしていた魔族達も、踠き苦しみながら、エリオットと同じように灰と化し消えていった。
「エリオット様······。」
目の前で突然起こった状況を直ぐに受け止められないグレイスは、ただひたすら、エリオットがいたその場所を、茫然と見つめ続けているのだった。
数ある作品の中から見つけて、読んで下さり有難うございます。
もし宜しければ、暇潰しに、現在連載中の「貴方のためにできること~ヒロインには負けません~
https://ncode.syosetu.com/n0868hi/
も読んで頂ければと思います。宜しくお願いします。