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闇の聖女は愛を囁く  作者: 藍沢ユメ
63/93

63 古文書

不定期投稿です。

宜しくお願いします。

「君が決めるその時まで、ここで誰にも邪魔されない静かな時を過ごそう。」


強い魔力が込められた短剣を渡され、戸惑うグレイスとは異なり、エリオットの表情は楽しげだった。


「少し休もう。私もグレイスもまだ充分魔力を回復してはいない。」


エリオットはそう言うと、ベッドに横たわった。


「おいで。」


差し出されたエリオットの手を取り、グレイスもベッドに横たわる。

エリオットの腕枕に、引き寄せられるようにして寄り添っていると、ふと昔を思い出したようにエリオットが呟く。


「ああ、グレイスの匂いだ·····。あの頃と同じように、こうしてグレイスが傍にいる日が来るとは·····本当に嬉しいよ。」


エリオットはグレイスの頭を抱き寄せ、額に口付けを落とすと、直ぐにそれは穏やかな寝息に変わった。


討伐隊と相見(あいまみ)えた時には、このように疲れてはいなかった。

おそらくエリオットが大量の魔力を消費したのは、グレイスと共にここに転移したからだ。

エリオットの魔力を大量に奪う程の転移·····おそらくフェアノーレやルダリスタンとはかなり遠く離れた場所なのだろう。


もしかしたら、海をも渡っている?


古文書に書かれた魔族の謎を解くために、エリオットが海を渡り、たどり着いた場所で、この拠点を構えたのかもしれない。


私は帰れるだろうか·····。

ロシェルの顔が頭を過る。

しかしそれを直ぐに心の奥底に仕舞いこんだ。

エリオット様と逝くなら、帰ることはないわね。


グレイスは自嘲するように笑みを見せた。

そしてエリオットの鼓動と穏やかな寝顔を見ながら、疲労感が抜けていないグレイスもまた、眠りについたのだった。





どのくらい眠っていたのだろう。

異変を感じたのは、まだ日は昇っておらず、月明かりがぼんやりと部屋を照らしていた時間だった。


「くっ·····。」


小さな呻きと共にエリオットが起き上がり、そのまま寝台から離れ、部屋を出ていくのが分かった。

その音でグレイスも目を覚ます。


「エリオット様?」


そのままエリオットが戻るのを待とうかと思ったが、嫌な予感がし、落ち着かない気持ちになったグレイスは、起き上がり、ベッドから出てエリオットの後を追った。


部屋を出て気配を探ると、エリオットはどうやら屋敷の地下室に向かったようだった。


地下室······大きな魔力を感じるわ。

それに何かしらこの気配·····どうしてこんなに胸騒ぎがするの?


地下室の階段を一歩一歩降りながら、グレイスの不安は増していく。


やがて半開きになった部屋の扉にたどり着くと、グレイスは咄嗟に防御魔法を展開してから中に入った。



地下室は思った以上に天井も高く、部屋も広かった。


ギュルルルル······


風が渦を巻くような音がする·····強い魔力同士がぶつかり合う時に発する音、魔力音だ。

部屋の中央には大きな魔法陣が展開されており、その魔法陣の中に魔力の渦が出現していた。


その魔法陣の傍にエリオットは立っていた。

そしてその魔力渦を厳しい目で見つめている。

やがてその渦から2本の角が姿を現した。

2本の角·····魔族だ。

まるで這い出るかのように、次第に顕になるその身体は、人のそれよりも3倍はあろうかという大きさだった。


「エリオット様!」

「ああ、すまないグレイス、起こしてしまった。」


思わずグレイスがエリオットに呼び掛けると、エリオットは視線はそのままに、グレイスにそう応えた。


「折角のグレイスとの一時(ひととき)をいきなり邪魔してくれたな。」


エリオットはそう言って苛立ちを顕にする。


「この魔族はいったい·····。」

「血の契約をしている魔族を集めていると言っただろう?奴等はどうやら、他の魔力を取り込むために、同族で殺し合いをしているらしい。倒した相手の魔力核を喰らって力を得た奴が、こうして私との血の契約を無理矢理解く為に、襲いに来ている。」

「····そんな。どうやって血の契約を解こうと言うのです?契約者が死すれば、自分達も死するしかないというのに。」

「私が自死の道を選ばないと思っているのだろう。私よりも遥かに上回る魔力で、拘束しようとしている。」

「そんな事が?」

「さあ?自由になる為に、色々試すことにしたらしいな。」

「エリオット様!」


魔力の渦自体は、エリオットの魔力によるもので、巨大な魔族が、そこから抜け出そうとすると、激しく魔族の身体を損傷させる。

しかし魔族は、こうしてエリオットに反発することで傷つくのも厭わず、手を伸ばし、エリオットを掴もうとしてくる。


「舐めたことをしてくれる。」


エリオットはそう言うと、手を前に突きだし、その拳を強く握り締めた。

すると魔力渦の穴が一気に小さくなり、それと同時に這い出ようとしていた魔族の身体をも押し潰した。

魔族の身体は絶叫と共に灰になり、姿を消した。

魔力の渦も、そのまま空中に霧散した。


契約者と繋がっているエリオットも、相当魔力を消費したのだろう。

思わず、その場に膝をついた。


「エリオット様!」


「グレイス·····まったく、奴等は厄介な事を考えてくれる。契約紋を通じて干渉してくるとは。」

「エリオット様、とにかく部屋へ戻りましょう。お休み下さい。」

「そうしようか。」


エリオットはグレイスの肩を借りながら、部屋へと戻った。


部屋のベッドにエリオットを寝かせると、グレイスはエリオットの手を取り、グレイスの魔力をエリオットに流し始めた。


「グレイス·····なんて気持ちいいんだ。有難う。グレイスとの幸せな時間を邪魔されて腹立たしかったが、こうして癒してもらえるとそんな気持ちも吹き飛ぶな。」


そう言ってエリオットは微笑んだ。


「エリオット様·····。教えて下さい。エリオット様が読まれた古文書には、魔族について何が書かれていたのですか?」

「·····そうだな。先程のような事が起きると、話しておいた方がいいだろう。」


エリオットが手を上げ、魔法を発動すると、目の前に一冊の古文書が現れた。


「これが·····。」

「ああ、これが幽閉塔の図書室で見つけた古文書だ。おそらく1000年以上前のある魔導師の日記だ。」

「そんなものが·····。」

「まだエルフがこの世界に存在し、今は貴重な聖属性の魔法が世界に大きな役割を果たしていた時代。 事の切っ掛けは後に魔王と言われるある魔族が、1人の女性を巡り、エルフの王を殺したことに始まった。」

「世界の覇権を狙ったのではないのですか?」

「私も今までに読んだ歴史書には、女を巡っての戦い等、記載されたものはなかった。しかし、この日記には、これを虚偽とするには難しい、新たな興味深い内容が書かれていた。」


これまで古文書や語り継がれている内容は、魔族が世界の覇権を狙い、エルフや人間、他の種族と戦い、敗れ、魔族が全て倒された結果、世界に平和が訪れたというもの。

しかし、絶滅したと言われていた魔族が、こうして多数眠り、生存していた事を考えると、今までの歴史書が正しいとは言えなくなる。


「私が語るよりも、グレイス、君がこれを直接読んだ方がいいだろう。大丈夫、まだ魔族は私が制御している。君が心配するように、戦いを直接挑まない限り、これ以上魔族がそれぞれの国を襲いに行くことはないだろう。時間をかけてゆっくり解読するといい。」


そう言ってエリオットは古文書をグレイスに渡した。

その表情があまりに穏やかで、グレイス達がエリオットに抱いている、世界を混乱に陥れようとしているものとは異なった何かを感じざるを得なかった。



◇◇◇


「只今、ルノール王国に出現した魔族の討伐を終え帰還致しました。」


ルダリスタン帝国を出発してから約3ヶ月後、第3騎士団団長のスルーガ卿やロシェルを含む討伐隊は

、漸く帝国に帰還した。

皇帝陛下に報告に上がると、そこには皇太子であるリーヴァや、グレイスの次兄であるセディン·タンドゥーラが同席していた。

因みにグレイスの両親は、ここ数年、他国へ大使として派遣されており不在だ。


「ご苦労だった。ルノール王国の王家は、辛うじて殺されずに済んだな。しかし、グレイスは帰って来なかったな。残念だ。」


ルダリスタン帝国皇帝陛下のヴィルドは、帰還した面々を見て、そう声をかけた。


「ルノール王国との今後の友好関係に大きく貢献したとして、そなた達には褒賞を与える。また、当主不在となったヴァーバル領については、事前に万が一を想定して、今後の対応を公爵と協議していた為、それを託されていた皇太子にヴァーバル領の対処を任せる。指示に従うように。」


皇帝から指名を受け任されたリーヴァは、ヴァーバル領で使用人と共に説明すると言って、ヴァーバル領へ、ロシェル達と共に転移することになった。


ヴァーバル領の屋敷に帰還すると、屋敷の侍従達は、その雰囲気を察してか、グレイスが居ないことに直接問うこともなく、静かにその報告を待っていた。

ただ、グレイスの帰りを楽しみに待っていたミジェルは、声を押し殺すようにして泣き出した。


ロシェルをはじめとする討伐に参加した者達と、家令であるゾットや、侍従長であるギルスがリーヴァに呼ばれ話を聞く事になった。


「家令であるゾットや侍従長のギルスは事前にグレイスから話を聞いていると思うが、グレイスはいつも自分に何かあり、この屋敷に戻れなくなった時に備え、日頃から今後の事を考えていた。

まず、ヴァーバル公爵位は、夫であるロシェルが継ぐ事。これは聖属性の魔力を持つロシェルを守る意味もある。私が後見人になろう。そして討伐に関して、めざましい働きをしているドイナーとモランには子爵位を与える。ロシェルを支えていくように。」

「「承知しました。」」

「領地運営に関しては、今後も家令としてゾットが行うように。またギルスは、ヴァーバル領を支える人材の育成を行うように。」

「「承知しました。」」


リーヴァは一旦言葉を切ると、帰還してからずっと無言のロシェルを近くに呼び、1枚の紙を見せる。


「ロシェル、これはグレイスから託されたものだ。」


それを見てロシェルが目を見開く。


「これは·····。」


「今はまだ難しいだろうが、落ち着いたら提出するように。」


「嫌です。お断りします。僕はグレイスの夫の座を捨てるつもりはありません。」


リーヴァがロシェルに見せたのは、離婚届だった。


「お前の気持ちは分かる。だがグレイスから託されたものだ。渡しておく。」


表情を険しくするロシェルを見て、リーヴァは言葉を選びながら話す。


「グレイスは君の幸せを心から願っている。君が自分に縛られて、新しい出会いを失う事を恐れている。君が孤独だと、グレイスも心残りだろう。グレイスの想いを汲んで欲しい。」


そう言ってリーヴァは席を立つ。

ロシェルは立ち尽くしたまま、その離婚届を見つめていた。


「それからナルージア、少し2人だけで話がしたい。」


リーヴァは部屋の壁に寄りかかり話を聞いていたナルージアに声をかける。


「庭で話そう。」


そう言って、リーヴァは動かないロシェルを残し、ナルージアを連れて庭へ出ていった。



『2人きりとは珍しいな。』


ナルージアは古語でリーヴァに話しかける。


『聞きたいことがあってね。』

『何?』

『君はグレイスとの血の契約を解かれていないよね?』

『あっ、気づいた?』


ナルージアは楽しそうに笑う。


『グレイスの居場所が分かるか?』

『場所ね。はっきり言うけど、契約紋を通じて普通は分かるが、グレイス自身が場所の特定を拒絶している。今は分からない。』


『そうか·····。』


『でもね、探しに行くよ。必ず見つける。』


『·····ナルージア、契約紋を失っていない事をロシェル達には悟られないように。探すと騒ぎだすだろう。しかし今は、残念だがエリオットと決着を着ける事が出来るのは、グレイスしかいない。その時まで耐えるのが、今の私達に出来る事だ。』


『ああ。』


『ナルージア、それからこれは我がルダリスタン帝国から、君への提案だが、正式にこの国に籍を置くつもりはないか?』

『家来にするつもりか?』

『いや、これもグレイスからの提案だが、グレイスが死んだ後、君が魔族だからと、討伐の対象にされるのは納得がいかないと言われてね。家来というより、帝国と協力関係の契約を結べないかという提案だ。血の契約のような強制力はなく、人間らしい書面での契約だ。』

『グレイスは俺の契約を解く気なのか?』

『グレイスの中で、君への信頼が生まれているという事だ。君が人間を襲うというなら、解くことはないだろう。今まで通り協力してくれるという意思表示が私達との契約だ。そして君のように、人間に好意的な魔族がいれば、同じように契約を行いたい。そして君を領主として、住む土地を用意してもいい。今後、この世界で共存する為にはいい提案だと思うが?』

『俺はグレイスの傍がいい。』

『グレイスの置かれている状況を考えると、ゆっくりはしていられない。君は私が用意した魔法契約書にサインすれば、信号が発せられ、グレイスに知らせがいく事になっている。そうしたら、グレイスに死が訪れた時、契約は解除されるだろう。』

『その後、俺が裏切ったら?』

『私が君を殺すよ。私が駄目なら、グレイスの兄達が君を倒しに来る。でもどうか、グレイスの為にも共存の道を考えて欲しい。』


『分かった。·····今さらだがグレイスはいい女だな。』

『ああ、本当に。ではグレイスの事、頼んだよ。』

『承知した。』









数ある作品の中から見つけて、読んで下さり有難うございます。

もし宜しければ、暇潰しに、現在連載中の「貴方のためにできること~ヒロインには負けません~

https://ncode.syosetu.com/n0868hi/

も読んで頂ければと思います。宜しくお願いします。

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