24 病気の治療
不定期投稿です。
宜しくお願いします。
「グレイスは公爵令嬢なのに、平気で雑用をするんだね。」
サルマの屋敷で暮らすようになって1ヶ月、床を掃き、モップで水拭きして掃除するグレイスを見て、サルマは問いかける。
「フェアノーレで元王太子との婚約が解消され、このルダリスタンに来た時、丁度タンドゥーラ家がリーヴァを預かる事になって。あの頃のリーヴァは母親を亡くし、暗殺者に追われ、孤独な生活をおくっていましたから、私達としても、王位を継ぐ事はなくとも、いい領主になるよう、リーヴァを育てようとしていました。私は彼を支えるべく、行動は常に一緒でした。そしてその教育の一貫として、ある村に1年間滞在することにしたのです。その時の私達は民家を借り、平民を装い、使用人は護衛を兼ねた1人だけを雇い生活していました。その時に、家事や農作業を積極的に行いました。平民の生活を体験する、なんてちょっとどこか上からの目線で始めたのですが、結局始めの方は、毎日毎日疲れて、身体も痛くて、その日1日をやり遂げるのに必死で、何も考えられませんでした。」
「おやおや、グレイスは13歳の頃には王妃教育を終えるほどだったんだろう?よく使用人の生活をしようと思ったねぇ。」
「何事も書物で読むだけでしたから、私もリーヴァも本当の民の生活を理解したかったのです。村の状況をどうにかしようと考えることが出来る様になったのは、半年後でしたわ。」
「何をしようとしたんだい?」
「水ですわ。魔法を使って用水路を整備したのです。それから新しい農機具を揃えました。それだけで、生活が激変しました。貴族の家には、魔法を使える使用人が多くいましたが、村には、簡単な生活魔法さえも使える者がいないのです。教える人間がいないと言いますか····。それから少ない魔力でも使える魔法を教えました。」
「リーヴァの事は話には聞いていた。母親がフェアノーレの王女だったが、ルダリスタンの中では差程の地位もなく。タンドゥーラ公爵家が後ろ楯になり、リーヴァを守ったと。皇后が激しい女だからね。今でも自身の産んだ皇太子の為に、脅威になると判断した者達は、容赦なく暗殺しているだろうよ。」
「リーヴァは強くなりましたわ。」
「グレイス、そなたがリーヴァの妃になったのなら·····。」
「皇后派と戦争になりますわ。ルダリスタンの安定を図るなら、タンドゥーラ公爵家は表舞台に出ない方がいいでしょう。ただし、これ以上リーヴァの命が狙われる様なら、ただでは済ませませんわ。」
「グレイス·····そうか、強くなるのはリーヴァの為でもあるか。」
「私にとっては大事な弟のような存在です。家族ですわ。フェアノーレに戻ることがない今、私の残りの人生をリーヴァの為に役立てたいと、今は思っています。」
「そうか·····。」
グレイスはフェアノーレに戻るつもりはなかった。
特に魔力が安定してない今、フェアノーレにグレイス襲撃の件で戻り、聖女に関わる者達を断罪しようものなら、全てを灰と化す自信があった。
断罪するならもっと残酷な形で····ねぇ、ダリウス····。
グレイスは闇の力が増すのを感じた。
◇◇◇
「サルマ様、こちらの方は?」
グレイスがサルマの屋敷に来て半年が過ぎた頃、屋敷に珍しく来客があった。
「外務卿をしているトレンダー伯爵の奥方のスティナ夫人だ。昔皇宮で私の侍女をしていた事がある。今日は皇帝陛下の遣いかい?」
「はい、サルマ様。皇帝陛下からお預かりしている手紙がありますが、私自身がサルマ様にお会いしたく思い、陛下に願い出たのです。」
「そう、ではスティナの要件から聞こうか?」
「はい·····。」
スティナはグレイスの方に視線を向ける。
「失礼しました、トレンダー伯爵夫人、私はグレイス·タンドゥーラと申します。」
「まあ、あなたがグレイス様でしたか。失礼しました。初めてお会いします。噂に違わずお美しい。」
「有り難うございます。」
「スティナ、訳あってグレイスは今こちらで生活しているわ。私の弟子といった所かしら。話はこの子の前でも大丈夫だから。」
「····はい。大変心苦しいお願いなのですが、私は今病を患っております。治癒魔法は最早効きません。しかし主人や子供は、私の病を治す為に莫大なお金を費やしております。このまま回復の見込みもないのに、借金を重ねてまで生きたくはないのです。サルマ様はこういった、治る見込みのない患者に安らかな死を下さると伺いました。どうか私もその様にして頂きたく。」
スティナは最後の方は、涙ながらに話していた。
怪我は治せる治癒魔法も、多くの病は治せない。
治癒魔法をかけても、痛みを緩和させる程度だ。
闇魔法は、基本的に物質から何かを奪う力を持っている。
それを利用し、病に苦しむ患者の生命を奪い、苦しみから解放する依頼を受ける事があった。
サルマはスティナの身体の状態を透視する。
視終わると、ため息をついた。
「確かに病が身体を蝕んでいるね。血が淀んでいる。伯爵はこの事を理解しているのかい?」
「子供には話していませんが、主人には理解してもらいました。」
「そうかい。よくその身体でここまで来たね。その願い叶えてあげよう。」
「っっ····サルマ様、有り難うございます。」
スティナは涙を流した。
「あのサルマ様、スティナ様、もし宜しければ試してみたい事があるのですが。」
「試したい事?スティナの身体でかい?」
「はい。実は動物や植物で試したのですが、その時は効果があったのです。もう、覚悟をお決めになられていらっしゃるなら、是非一度試させて頂きたいのです。」
「何をするんだい?」
「病の原因となるものを魔力を体内に流し、体外へ押し出します。」
「魔力を流した所で、病は押し流せない。」
「はい、通常なら。サルマ様、私が竜の血の呪いを受けた者から、その呪いを解呪したことをご存知でしょうか?」
「ああ、勿論だよ。ルダリスタンにも古竜を倒した勇者を、魔法を使ってその呪いから救った話は聞こえてきた。それを?」
「はい、同じではありませんが、闇魔法の『奪う』力を利用して、身体にはびこる病を奪う、吸い上げるのです。魔力で押し流しながら、身体から病を奪い、体外へ引きずり出すのです。」
「それは····吸いだした病はどうする?」
「魔石に移し、闇の滅びの魔法をかけて滅します。」
「そんな事が····。」
「私は、古竜の血の魔力を受けたので、難なく行えましたが、おそらく闇の属性の魔力を持った者なら、時間をかけ、上手く魔力を制御出来れば同じように出来るでしょう。」
「それで、病は治るのですか?」
「絶対にとは言えませんが、力を尽くします。」
「スティナどうする?」
「·····治る可能性があるのなら。」
「ふぅ、分かったわ。私も話を聞いただけでは、治るのかは分からない。グレイスが魔法を発動させ、苦しくなり、耐えられなくなったら直ぐに言いなさい。」
「はい、サルマ様。ではグレイス様、宜しくお願いします。」
スティナは冷たい床に横たわる。
「スティナ様、申し訳ございません。魔法陣の中で行いたいので。」
「私の事はお気になさらず。」
そう言って、スティナは優しく微笑む。
スティナの顔色は悪く、口唇にも血色が見られない。
グレイスは一旦心を落ち着け魔法を発動する。
グレイスの目の色が、水色から赤に変わっていく。
それは不思議な色だった。
砂鉄のような黒い粒子が、流れる銀色の魔力の中で踊る。
それらが魔法陣として展開し、やがてスティナの身体を包み込んでいく。
グレイスは同時に透視の魔法も展開する。
スティナの中で巣食う病の影を見る。
スティナに流れる血は黒ずんで見えた。
心臓の1部、脊椎の辺りにも黒い靄が見える。
グレイスはスティナの片方の指先から魔力を体内に侵入させる。
グレイスの魔力がスティナの身体をゆっくり巡っていく。
魔法に大事なのは、イメージだと言われている。
魔法陣が道具なら、それを動かす動力源が魔力。
そしてそれを操作するのが、術者のイメージだ。
この3つが揃って魔法の効果を発揮する。
更に、その道具である魔法陣が展開するには、適した魔力がある。
闇の属性の魔法は、解毒を行う場合には効果的だ。
その解毒のイメージをもって病を身体から引き剥がしていく。
心臓の黒い靄は詰まりの一種。
そして脊椎にあるものが、病気を引き起こす病原体。
グレイスは集中する。
吸い出すイメージで取り除く。
スティナの逆の手の指先から煙が出る様に、黒い靄が出ていく。
グレイスはそれを、魔石に吸収させる。
それと同時に、白い魔石は黒ずんでいく。
どのくらい時間が経っただろう。
展開していた魔法陣が光を失い、消失した。
グレイスはすっかり真っ黒に変色した魔石に、滅びの呪文をかける。
魔石は灰となり、消失した。
「終わりました。」
グレイスはそう告げる。
スティナはゆっくり目を開け、身体を起こす。
それは誰の目でも分かった。
スティナの顔色は良く、どこか若返った様にも見える。
「·····身体が軽い····。」
スティナは始めにそう呟いた。
「これは驚いたね。どうやらグレイスの魔法は成功したようだ。」
「ああ、身体が嘘の様に楽だわ。本当に····グレイス様、有難うございます、有難うございます。」
スティナは涙を流し、グレイスに感謝する。
「成功したみたいで良かったです。」
グレイスも微笑み返す。
「これは闇の魔法の聖女の誕生だね。」
サルマも満足そうに微笑んだ。
数ある作品の中から見つけて、読んで下さり有難うございます。
もし宜しければ、暇潰しに、本編完結済の「貴方のためにできること~ヒロインには負けません~
https://ncode.syosetu.com/n0868hi/
も読んで頂ければと思います。宜しくお願いします。
番外編も投稿始めました。