19 闇の魔法
不定期投稿です。
残酷な描写があります。ご注意下さい。
グレイスはハルの身体を抱き締める。
「ああ····ハル、ハル···。」
「グレイ···ス··さ····ま····」
ハルの目から光が失われていく。
聖騎士は表情を一切変えず、その様子を見つめている。
そして、グレイスに向かって躊躇なく剣を振り下ろす。
キィン
目の前で火花が散ったかと思うと、誰かの脇に抱えられ走っていた。
少し離れた所で、グレイスは下ろされる。
「遅くなりました、グレイス様。」
顔を見れば、それはタッカだった。
「タッカ·····生きて····。」
「他の騎士は殺られました。戦っている最中、何処からか矢が放たれて。あいつらだったんですね。」
そう言うタッカの背中にも矢が刺さっていた。
「タッカ、血だらけだわ。」
「グレイス様も····。魔法を使われたのですね。」
「タッカ····ハルが····。」
「ええ、分かっています。」
グレイスはタッカに抱きつき、強く抱き締める。
「っ!」
グレイスは魔法を発動させる····が、激しい胸の痛みで詠唱が続かない。
「グレイス様、大丈夫です。無理しないで下さい。ああ、グレイス様に抱き締めてもらえるなんて····こんな時でも嬉しいと思ってしまう俺は、頭がおかしいんでしょうね。」
そう言って、タッカもグレイスを強く抱き締める。
「こんな時だから言いますが、俺はダリウス様がグレイス様を想う以上にグレイス様を愛しています。·····だからグレイス様、俺の為にも逃げて下さい。」
タッカはグレイスの腕を解き、愛しげにグレイスを見つめると、聖騎士の方へ向き直り、剣を構えた。
聖騎士の1人はタッカに肩を刺されたのだろうか、肩を押さえる手には血に濡れた短剣が握られていた。
「人の死を願うようなら、最早聖女じゃないな。あんた達の愛しの聖女様は、そのうち力を失うだろう。」
「フィーネの力は簡単に生まれた訳じゃない。ぬくぬく育った貴族では、到底及ばない力だ。現にどうだ?勇者の竜の呪いを解いたとか言われているその女は、まともな治癒魔法さえかけられないじゃないか?どちらが優先されるべきか、自ずと分かるだろう?」
「はは、お前達の言い分は、そこら辺の傲慢な貴族が平民を見下すのと何ら変わらないな。ろくでもない奴が力を持つと、ろくでもない事しかしない。」
「 ·····公爵家の人間のクセに口の悪い奴だ。」
「人に合わせるタイプだから。」
「ムカつく奴だ!」
聖騎士はタッカに一斉に斬りかかる。
同時に2人の剣を受けたタッカは、力を逃がしながら身体を低く回転させ、背後に回り込む。そして聖騎士の1人の腕を切り落とした。
「ぐああああ···!」
男が絶叫し、膝をつく。
しかしほぼ同時に振り向いたもう1人の聖騎士にタッカは背中を斬られた。
よろけるタッカは何とか体勢を保とうとするが、元々矢傷などがあり、失血していたせいか上手くいかない。
そうしている間に、聖騎士はタッカとの距離を詰め、勢いのまま、剣を背中に突き刺した。
「タッカ!!」
グレイスは目の前の惨劇に、どうすることも出来ない。
倒れたタッカに聖騎士は近づき、とどめを刺すべく剣を突き立てた。
「ぐあっ!!」
タッカの声が森にひびく。
いや······駄目よ·····タッカ······。
このまま、死なせない!
グレイスは詠唱を始める。
しかし、吐血が止まらない。
途切れ途切れになりながら、それでも止めようとしなかった。
【娘よ······。苦しいか?】
突如グレイスの頭の中に聞こえてくる男の声。
【力を貸そうか?】
詠唱の合間に聞こえる。
【我が誰か分かっているのだろう?お前が死ねば、我も消えてしまう。お前の魔力に包まれているのは心地好い。今はまだ消えたくない。】
グレイスは、構わず詠唱を続ける。
地面に大きな魔方陣が浮かび上がる。
「今さら魔法を発動させようとしても無駄だ!」
聖騎士はそう言い、再びタッカの身体に剣を突き立てた。
プツン·····
グレイスの中で、何かが弾けた。
今までグレイスの魔力で銀色に輝いていた魔方陣が、中心にいるグレイスの下から徐々に黒色に染まっていく。
異変に気付き、2人の聖騎士は魔方陣から逃れようとするが、足が全く動かない。
やがて黒色に染まった魔方陣に身体が触れる。
その瞬間、聖騎士達の身体から灰が落ち始める。
「何だ?」
自分達の手を見ながら、何が起こっているのか確認しようとする。
しかし、魔方陣上にある、切り落とされた腕が徐々に崩壊しているのに気付き、自分達に何が起こっているのか理解する。
「うそ···だろ?」
その言葉を最後に、聖騎士2人の身体は灰となり崩壊した。
◇◇◇
グレイスは穴を掘り続ける。
あれから幾つ掘っただろうか。
穴の傍には11体の遺体が並べられていた。
「あと1つ·····。」
グレイスの身体は血だらけで泥だらけだった。
遠くにあった護衛の騎士達の遺体を魔法を使い、ここまで運んだ。
かなり離れていたこともあり、多くの魔力を消費した。
不思議なことに身体の中には、未だ魔力が尽きる様子もなく巡っている。
しかし、グレイスの身体と精神がギリギリだった。
地面に手をつき、呪文を詠唱する。
グレイスの目の前の土は、圧縮されるように形を成していく。
「はぁはぁ····これで全員分。」
グレイスは並ぶ遺体に目を向ける。
今回ついて来てくれた者達は、そのままルダリスタンの屋敷で共に住む予定だった。
皆、グレイスについていく事を志願してくれた者達だった。
「私についてきたばかりに·····ごめんなさい。」
グレイスは一人一人抱き締めながら掘った穴に寝かせていく。
「ハル·····あなたには心配ばかりかけてしまったわ。あなたにも幸せになって欲しかったのに。私を1人にしないで·····。」
グレイスはハルを抱き締め、号泣する。
「タッカ·····これから誰が私を笑わせてくれるの?誰が····私を愛してくれるの?ダリウスがいなくなったのだから、あなたが傍にいてくれなきゃ駄目じゃない。」
グレイスはタッカの額に口付ける。
こうしてグレイスは皆の遺体を穴に寝かせ、土をかけ埋めた。
そこまでするとグレイスは力尽き、意識を失った。
◇
「おやおや、とてつもなく大きな魔力を感じたから来てみたが、これはいったい何があったやら。」
背の高い、痩身の老婆が杖をつき辺りを窺う。
「向こうに放置されていた遺体を見るに、野盗の類いか。それにしては激しい戦闘が行われたみたいだね。しかしここは·····これは珍しい。闇魔法の跡じゃないか。」
そう言う老婆の目の前の地面には、黒く焦げた魔法陣の跡と誰かが脱ぎ捨てた様な、白い騎士服のみがそこに置いてあった。
老婆は白い騎士服を手に取る。
服には聖騎士の証のピンバッジがついている。
「聖騎士か·····。強力な闇魔法にやられたか。このピンバッジは回収しておいた方がいいだろうね。」
老婆はピンバッジを取り外し袋に入れると、更に周りを観察する。
すると、その魔法陣の先に盛り土が幾つも並び、1人の女性がそれらの前で倒れていた。
「あれは·····墓か。そして彼女は···そうか、あの闇魔法はこの娘か。しかし何て魔力だ。吐血もしたか。これでは身体がもたないだろうね。それに泥だらけだね。墓はこの子が1人で作ったか。取り敢えず、連れて帰ろうかね。」
老婆は杖を地に突く。
グレイスの身体はゆっくり持ち上がり、そのまま老婆に運ばれて行った。
数ある作品の中から見つけて、読んで下さり有難うございます。
もし宜しければ、暇潰しに、本編完結済の「貴方のためにできること~ヒロインには負けません~
https://ncode.syosetu.com/n0868hi/
も読んで頂ければと思います。宜しくお願いします。