10 2度目の結婚
ダリウスに下賜され、新たに名付けられたノーラ公爵領は、王都から馬車で1週間程の距離にあった。
広大な小麦畑が広がる、長閑な地域だ。
後継者がいないという事で、王家に返還された領地の為、古いながらも領主を迎えるに充分な屋敷があった。
グレイスは、ダリウスに領地が下賜された翌日には、ダリウスに許可を取り、使用人の手配を実家のタンドゥーラ公爵家に依頼していた。
準備は順調に進み、屋敷に移った時には、全てが整った状態だった。
「タンドゥーラ公爵家より参りましたゾット·ソロアと申します。宜しくお願いします。」
ゾットは30代半ばの公爵家で執事をしていた1人だ。
公爵も彼の仕事振りは高い評価をしていた為、お願いして来てもらう事になった。
「ダリウス、部屋の件は宜しかったのですか?」
「ああ、グレイスが用意してくれた義足で何とか階段も上れる様になっから大丈夫だ。」
「練習した甲斐がありましたわね。それにしても義手と義足への適応が早かったですわ。鍛えて、筋肉がしっかりついていたからですね。触っても?」
「あ、ああ。」
グレイスはダリウスの筋肉が気に入っているようで、たまにこうして触っている。
「グレイス様、あまり頻繁に触っていると恥女と言われますよ。」
見かねたタッカが注意する。
「ごめんなさい、ダリウス。」
グレイスは顔を赤らめ謝罪する。
「はは、いえ。仕事では他を寄せ付けない様な雰囲気のグレイスが、こうして私の前では違う表情を見せてくれるのは嬉しいですよ。」
「そうですの?」
グレイスは嬉しそうに微笑む。
「そうだわ。話してた新しい事業の話だけれど····。」
グレイスはダリウスとの結婚が決まって間も無く、ある事業を進める為、ゾットを王宮に呼び出し指示し、準備をさせていた。
1つはダリウスも使っている義手や義足を作る工房の立ち上げだ。
2つ目は、義足や義手でも使える武器の開発だ。
これにはグレイスにも提案したいものがあった。
「ムチですか?」
「そうなの。以前から女性でも使いやすいものは出来ないかと考えていたの。これは試作品なのだけど。」
そう言ってグレイスがダリウスに見せたのは、真っ黒い蛇の皮を使ったムチだった。
ダリウスはそれを手に取り、強度を確認する。
「黒雷蛇と言われている魔獣の皮なの。」
「ええ、知っています。陸だけでなく、水中でも生息していて、一番の特徴は帯電すること。これが水中にいて攻撃してきたら、感電させられる厄介な奴ですよ。」
「そう、これなら戦闘中、ダリウスの雷の魔力を乗せられるのではないかしら?」
「そうですね。強力な武器になりそうだ。」
「これから義手義足にも慣れて····理想は着けている違和感がない位に改良したいわ。武器も、より使いやすく、強力なものを作りましょう。」
「はは、忙しくなりそうだ。」
「ええ、これが上手くいけば、魔獣によって手足を失った人達の生活が、より改善されると思うの。小麦の生産にも携わってもらいたいと思っているわ。」
「そうですね。」
「頑張りましょう、ダリウス。」
共に座るソファーでダリウスの手を握り、グレイスは幸せそうに微笑んだ。
ダリウスもまた、今までに感じたことのない幸せを噛み締めていた。
それから半年後、2人はノーラ公爵領で結婚式を行う事になった。
その頃になると、ダリウスはだれの手も借りず、全ての事が出来る様になっていた。
失った腕と足を支えるために、今までにも増して、ダリウスは身体を鍛え、その体躯は以前よりも増して、強靭なものになっていた。
謁見の間で弱った状態のダリウスの記憶しかない者達は、その変わりように驚き、『勇者』の称号も相まって、側室を差し出そうとあれこれ言う者達が続出した。
しかし、ダリウスの隣に立つグレイスを見ると、その饒舌だった口を閉じざるを得なかった。
グレイスがあの日謁見の間で見せた魔法は、グレイスの強大な魔力を見せつけた事に他ならず、またダリウスと結婚してから心穏やかに過ごしているせいか、その美しさに更に磨きが掛かっていた。
グレイスと並び立つ勇気のある者はいなかったのである。
「グレイス様、魔力が漏れているんですか?キラキラ輝いて見えるんですが。」
「ふふ、タッカ、これが幸せオーラと言うのよ。」
「そうドヤ顔で言うグレイス様も美しいですね。」
最近の侍従達との会話である。
こうして迎えた結婚式の日、参列したいという貴族が多くいたが、領地に来てまだ半年の為充分なおもてなしが出来ないという理由で、それらを全て断った。
ダリウスの希望で、式にはタンドゥーラ公爵家の人々、お忍びで王太子夫妻のみの静かな結婚式となった。
ダリウスは孤児院出身だった。
故に家族の参列者はいない。
ただダリウスは魔力が認められた為、騎士団に迎えられ、その後騎士爵を得た経緯がある。
「騎士団の方々は呼ばなくて宜しかったのですか?」
グレイスが尋ねると、「どうせ、アーレン王太子殿下の護衛で来ると思うので。」と答えた。
その通り、正式な参列者こそ少ないものの、護衛の近衛騎士は20名程来ていた。
「後でいいワインと食事を別に用意しましょう。」
グレイスはそう言い、皆をもてなした。
「ダリウス様があまり人をお呼びにならないのは、グレイス様の花嫁姿を、見せたくないからではないでしょうか?」
「ええ、本当の独占欲は、相手を自分だけの為に他の誰の目にも触れず、閉じ込める事ですからね。」
「え?」
「タッカ、グレイス様を怖がらせないで。」
侍女のハルと従者兼護衛のタッカは、そうグレイスに軽口を叩いていた。
「私、ダリウス·ノーラは、神の御名において、グレイス·タンドゥーラを唯一の妻とし、生涯愛することを誓う。」
「私、グレイス·タンドゥーラは、神の御名において、ダリウス·ノーラを唯一の夫とし、生涯支え、愛することを誓います。」
ダリウスとグレイスは王都から呼んだ大神官を前に、夫婦の誓いを立てる。
共に『唯一の夫、もしくは妻』という文言を入れた事に皆驚く。
特にダリウスはこの誓いにより、側室を持たない事を宣言したことになる。
後継ぎの事や後々側室を持つ事を考えて、通常は誓いに入れないものだ。
この事自体をグレイスも知らなかったのだろう。
誓いの後、嬉しさで涙ぐんでいた。
「神に誓いましたから、本心ですよ。グレイス、貴方を愛しています。」
ダリウスはそう言い、グレイスに口付けた。
そして2人はお互いの体温を確かめるように、深く抱き合った。
皆からの拍手と共に、祝福の鐘が鳴り響いた。
「そう言えば、半年前まで私はグレイスと結婚していたんだよな。遠い昔の事の様だよ。」
「本当に。ダリウスの所に側室の希望が押し寄せていると聞いた時は、グレイスを返してもらおうかとも考えていたのに。」
「おい、マリア本気だったのか?」
「勿論よ。それにしてもグレイスは美しいわね。純白のドレスに銀の刺繍でしょう?銀髪との一体感が美しいわ。髪にはダリウスの瞳と同じエメラルドの髪飾りとイヤリング。シンプルだけど素敵だわ。」
「私と、マリアとグレイスの花嫁姿の3人の絵を残しておくんだったな。」
「え?嫌よ。グレイスが目立って、誰も私が王太子妃だと気付かない絵になるじゃない。」
「はは、確かに。」
「そこは『君も負けずに美しいよ。』でしょう?」
「グレイス相手ではね、誰でも霞むよ。ノーラ公爵領は安泰だ。」
「そうね。」
アーレンとマリアは2人の幸せな姿を見て、安堵するのだった。
アーレンとマリアのように、誰もがこの時は2人の幸せな未来を疑わなかった。
しかし、この2年後、ダリウスとグレイスに悲劇が襲い掛かることを、この時はまだ誰も知らない。
数ある作品の中から見つけて、読んで下さり有難うございます。
もし宜しければ、暇潰しに、現在連載中の「貴方のためにできること~ヒロインには負けません~
https://ncode.syosetu.com/n0868hi/
も読んで頂ければと思います。宜しくお願いします。