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淡々後漢書  作者: ンバ
第十八、呉漢伝
97/102

東観漢記、呉漢伝前

1.

吳漢,字子顏,南陽人。韓鴻為使者,使持節,降河北,拜除二千石,人為言:「吳子顏,奇士也,可與計事。」


2.

吳漢為人質厚少文,造次不能以辭語自達,鄧禹及諸將多所薦舉。再三召見,其後勤勤不離公門,上亦以其南陽人,漸親之。


3.

上既破邯鄲,誅王郎,召鄧禹宿,夜語曰:「吾欲北發幽州突騎,諸將誰可使者?」禹曰:「吳漢可。吳漢與鄧弘俱客蘇弘,稱道之。禹數與語,其人勇鷙有智謀,諸將鮮能及者。」上於是以漢為大將軍。漢遂斬幽州牧苗曾,上以禹為知人。


4.

吳漢與蘇茂、周建戰,漢躬被甲持戟,告令諸部將曰:「


5.

聞鼓聲皆大呼俱進,後至者斬。」遂鼓而進,賊兵大破。


6.

北擊清河長垣及平原五里賊,皆平之。


7.

吳漢擊富平、獲索二賊於平原。明年春,賊率五萬餘人夜攻漢營,軍中驚亂,漢堅臥不動。


(訳)

呉漢ごかんは字を子顔しがん南陽なんようの人。


(更始帝が?)韓鴻かんこうを使者とし

節を持たせて河北を降らせると

拝されて二千石に除された。


人が(韓鴻に)言うには、

「呉子顔は奇士にございます、

ともに事を計るべきでしょう」


呉漢の人となりは質厚で文飾は少なく、

造次(一瞬)の言辞によって

自らを表現する事は不得手であったが、

鄧禹とうう及び諸将の多くが彼を推挙した。


(推挙が)再三に渡ると引見され、

遂には親愛を受け

賞揚されて門下に居した。


お上は邯鄲かんたんを破り

王郎おうろうを誅滅したあと、

鄧禹を召して宿泊し、

夜に語って言うには、


「吾は、北のかた幽州の突騎を

徴発したいと考えているのだが、

諸将のうちで遣わせる者がいるとしたら

誰であろう?」


鄧禹は言った。


「呉漢がよろしいかと。

呉漢と鄧弘は倶に蘇弘の客分でしたが

彼を称述しておりました。


わたしは何度かともに語り合いましたが

その人となりは勇猛にして智謀を有しており

諸将でも及べる者はすくないでしょう」


お上はこうして呉漢を大将軍に任命した。


呉漢は遂には幽州牧の苗曾びょうそうを斬り、

お上は鄧禹が人物を知るものと見なした。


呉漢が蘇茂そも周建しゅうけんと戦った際、

呉漢は躬ら甲を纏い、戟を持つと、

諸部将に告知した。


「太鼓の音声を聞いたなら、みな

大声を出しながら倶に進め。

後から至ったものは斬る」


かくて太鼓を叩いて進軍し、

賊兵を大いに破った。


北のかた、清河せいが長垣ちょうえん、及び平原へいげんなど

五つの里の賊を撃ち、これらを全て平定した。


呉漢は富平、獲索の二賊を平原に撃った。


明年春、賊が五万余人を統率して

夜に呉漢の陣営へ攻め入り、

軍中は驚き乱れたが、

呉漢はかたくなに臥せって動かなかった。


(註釈)

大体同じかな?


蘇茂と戦った時、配下に

「聞鼓聲皆大呼俱進,後至者斬」

と命じてるのは新情報。


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