表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
淡々後漢書  作者: ンバ
第二十一、任光伝
77/102

東観漢記任光・任隗伝

〜東観漢記、任光伝〜


1.

任光,字伯卿,初為鄉嗇夫。漢兵攻宛,軍人見光冠服鮮明,令解衣,將斬而奪之。會光祿勳劉賜適至,視光容貌長者,乃救全之。

2.

扶柳縣廷掾持王郎檄詣府白光,光斬之於市。

3.

光武平河北,任光伯卿暮入堂陽,使騎皆炬火,天地赫然盡赤,堂陽驚怖,即夜降。


(訳)

任光じんこうは字を伯卿はくけい

初め郷の嗇夫しょくふとなった。


漢兵が宛を攻めると

軍の者たちは任光の冠や衣服が

鮮明である事を見て、

衣服を脱ぐように命じ、

殺してこれを奪おうとした。


ちょうど光禄勲こうろくくん劉賜りゅうしが至り、

任光が長者の容貌である事を視て

かくて彼を無事に救い出した。


扶柳県の廷掾ていえんが王郎の檄文を持って

役府を詣で、任光に建白すると

任光は市に於いてこれを斬った。


光武帝が河北を平定すると

任光伯卿は日暮れの頃に堂陽どうようへ入り、

騎馬全てに炬火きょかを持たせると

天地は赫然として盡く赤く染まった。

堂陽は恐惶し、即夜降伏した。



〜東観漢記、任隗伝〜

1.

任隗從羽林監遷虎賁中郎將。

2.

建武八年,始置將作大匠,自任隗始。

3.

任隗,字仲和,拜司空。永元初,外戚秉權,朝臣畏竦,莫敢抗省。惟隗與袁安同心合意,數犯嚴諫,舉竇憲并諸黨,免官爭奏。

4.

屯卒,子騰嗣。

(訳)

任隗は羽林監うりんかんから虎賁こひ中郎将ちゅうろうしょうに遷った。


建武八年(32)、

初めて将作大匠しょうさくたいしょうが置かれ、

任隗より(専任が?)始まった。


…………


任隗は字を仲和、司空に拝された。


永元年間の初め(89〜)、

外戚が政権を掌握すると

朝臣は畏れ竦み、

敢えて対抗しようと

する者はいなかった。


ただ任隗とともに袁安のみが

同心合意し、しばしば犯忤して

厳正に直諫したので、

竇憲は併合した諸党を挙げて

官を罷免させんと争って上奏した。


…………


任屯が卒すると、子の任騰じんとうが嗣いだ。




(註釈)

任光に斬られた廷掾が

扶柳県の人ってこと、

将作大匠が建武八年に置かれたこと、

竇憲が息のかかったやつらを動員して

任隗を潰そうとしてること、

あと任勝が任騰になってることが

相違点かな。


表記揺れ?



続いて25位の李忠伝。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ