九、穎川民の願い
9.
恂歸潁川。三年,遣使者即拜為汝南太守,又使驃騎將軍杜茂將兵助恂討盜賊。盜賊清靜,郡中無事。恂素好學,乃修鄉校,教生徒,聘能為左氏春秋者,親受學焉。七年,代朱浮為執金吾。明年,從車駕擊隗囂,而潁川盜賊群起,帝乃引軍還,謂恂曰:『潁川迫近京師,當以時定。惟念獨卿能平之耳,從九卿復出,以憂國可也。』恂對曰:『潁川剽輕,聞陛下遠逾阻險,有事隴、蜀,故狂狡乘間相詿誤耳。如聞乘輿南向,賊必惶怖歸死。臣願執銳前驅。』即日車駕南征,恂從至潁川,盜賊悉降,而竟不拜郡。百姓遮道曰:『願從陛下復借寇君一年。』乃留恂長社,鎮撫使人,受納餘降。
(訳)
寇恂は穎川へ戻った。
三年(27)、使者が遣わされ
即座に拝されて汝南太守となる一方で
驃騎将軍の杜茂に兵を率いさせ
寇恂の補佐として盗賊を討たせた。
盗賊は静まり、郡中は平穏となった。
寇恂はもとより学問を好んでおり
かくて郷校(学校)を建てて生徒に教え、
左氏春秋に長じた者は招聘して
自ら講学を受けた。
七年(31)、朱浮に代わって執金吾となった。
明年、車駕(光武帝)に従って隗囂を撃ったが、
穎川で盗賊が蜂起してしまった。
光武帝はそこで軍を率いて帰還すると
寇恂に謂った。
「穎川は京師から目と鼻の先であり
即時平定する必要がある。
尋思するに、平定する事が出来るのは
卿ただ一人であろう。
九卿からまた出ることになってしまうが
国家への憂いを以ってやり遂げてほしい」
寇恂は対して言った。
「穎川は剽軽(軽はずみ)であり、
陛下が遠く険阻の地を越えて
隴・蜀の問題を抱えられていると
聞いたがために、狡猾にも間隙に乗じ、
互いに錯誤しているにすぎませぬ。
もし乗輿が南へ向かったと聞かば
賊は必ずや恐惶して死に帰すでしょう。
臣にどうか精鋭を率いて
先駆けをさせてくださいませ」
即日車駕は南方へ征き、
寇恂は追従して穎川へ至った。
盗賊は悉くが降伏したが
竟に郡を拝領する事はなかった。
百姓が道を遮って言うよう、
「願わくば陛下より
寇君をもう一年
お借りしとうございます」
かくて寇恂を長社に留めて
人民を鎮撫させ、
余勢の投降を受け入れされた。
(註釈)
河内、穎川ときて今度は汝南太守。
劉秀もなかなか寇恂を一箇所に
留めておかないわね。
隴西の隗囂攻めの最中に
穎川で盗賊が蜂起。
劉秀はUターンせざるを
得なくなってしまった。
この時の隗囂、
天運が味方してるとしか
思えなかったなぁ。
劉秀が穎川に戻ると賊は投降、
民衆が「あと一年太守を寇恂さんに!」
と嘆願に現れたので
寇恂は長社県に留まって鎮撫した。




