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淡々後漢書  作者: ンバ
第二十、銚期伝
56/102

東観漢記、銚期伝

1.

銚期,字次況,為光武賊曹掾,從平河北。上至薊,時王郎檄書到,薊中起兵應王郎。上趨駕出,百姓聚觀,喧呼滿道,遮路不得行。期騎馬奮戟,瞋目大呼左右曰:「蹕。」大眾披辟。後上即位,上笑曰:「卿欲遂蹕耶?」


(訳)

銚期は字を次況、

光武帝の賊曹掾となり

河北平定に従った。


お上が薊へ至った頃、

この時王郎が檄文を回しており

薊中で王郎に応じて挙兵が起きていた。


見物に集まった百姓が

騒ぎ立てて道路に溢れ、

行手を遮られて

進む事が出来なくなった。


銚期は馬に跨って戟を奮わせ、

目を怒らせて大声で左右に呼ばわった。


どけ!!」


大衆は風に靡くように平伏した。


その後、お上は即位した。


お上は笑って言った。


「卿は結局『蹕!』というのを

やりたいのだな?」



2.

光武使鄧禹發房子兵二千人,以銚期為偏將軍,別攻真定宋子餘賊,拔樂陽、稿、肥纍者也。

(訳)

光武帝は鄧禹を遣わして

房子から兵二千人を徴発させた。

銚期を偏将軍に任命し

別働隊として真定宋子の

余賊を攻め、楽陽、稿、肥累を抜いた。



3.

銚期從擊王郎將兒宏、劉奉於鉅鹿下,期先登陷陣,手殺五十餘人,創中額,攝幘復戰,遂大破之。

(訳)

王郎の将である兒宏攻めに従軍し

劉奉を鉅鹿にて下した。


銚期は先行して陣を陥落させ

手ずから五十人を殺した。

中額に創を被ったが

頭巾を正して戦線に復帰し

遂にはこれを大破した。



4.

銚期為太中大夫,從到雒陽,拜為衛尉。是時隴蜀未降,麻賦往□□屯。上輕與期門近出。期當車前叩頭曰:「臣聞古今之戒,變生不意,誠不願陛下微行數出。」有詔車騎罷還。


(訳)

銚期は太中大夫となり

追随して雒陽へ到ると

拝されて衛尉となった。


この時、隴蜀がいまだ降っておらず

??


お上が軽装で

期門から近場へ外出しようとした際

銚期は車駕の前に叩頭して言った。


「臣は古今の戒めとして

変事の発生は予測できぬものと

聞いております。


どうか陛下には

たびたび微行して

外出なさいませぬよう、

まこと、お願いいたします」


詔が有り、車騎は帰還した。



5.

東觀記曰:「期疾病,使使者存問,加賜醫藥甚厚。其母問期當封何子?期言『受國家恩深,常籩負,如死,不知當何以報國,何宜封子也』!上甚憐之。」


(訳)

東観漢記にいう、

銚期が病を患うと

容体を問うための使者が遣わされ

医者や薬を賜る事甚だ手厚く、

彼の母親に

「銚期には封じるべき子供が

何人いるのか」と問われた。


銚期は言った。


「国家から深い恩を受け

いつも籩にそむくものと考えていた。

例え死しても

国家にどう報いるべきかわからぬのに

どうして子を封じる必要があろうか」


お上は甚だ彼を憐れんだ。




(註釈)

全部既に触れた内容かな。


文字化けしてるところは

さすがに訳しようがないです。


これにて銚期伝を終わります。

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