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淡々後漢書  作者: ンバ
第二十、銚期伝
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55/102

七、後嗣とまとめ

7.

子丹嗣。復封丹弟統為建平侯。後徙封丹葛陵侯。丹卒,子舒嗣。舒卒,子羽嗣。羽卒,子蔡嗣。


(訳)

子の銚丹ちょうたんが嗣いだ。


また銚丹の弟の銚統ちょうとうが封じられ

建平けんぺい侯となった。


その後、銚丹は葛陵かつりょう侯に改封された。


銚丹が卒すると

子の銚舒ちょうじょが嗣いだ。


銚舒が卒すると

子の銚羽ちょううが嗣いだ。


銚羽が卒すると

子の銚蔡ちょうさいが嗣いだ。



(註釈)

三国時代に有名な子孫はいないかな?



個人的なワシの銚期評です。


戦闘 ★★★★★★★★ 8


手ずから数十人殺傷のくだりが

何回も出てくるから

腕っ節は最上位クラス。

コーエー査定だと

武力96は下るまい。

派手な敗戦の記録もないし。


岑彭★9、蓋延★7なので

銚期は間をとって★8で。



戦略 ★★★★★ 5


銅馬戦で背水の陣を布いて勝ってる?

馮異のススメもあったけど

かなり早い段階から

劉秀に乗ったのも○。

でも原点から動くほどじゃないかな。



内政 ★★★★★★ 6


治めるのが難しそな魏郡太守を

大過なくつとめた。



人格 ★★★★★★★ 7


憂国の士。

信義を重んじ、国家の為に尽力。

捕虜から奪い取る事はしない。

納得いかなければ

光武帝を直接諌める事も辞さないぞ。


李熊を咎めずに

帰してあげたエピソードもかっこいい。


諡は呉漢と同じく「忠侯」、

滅私の奉国に光武帝は感銘を受け

自ら銚期の遺体を棺に納めた。


天子の露払い、穎川の豪傑、

雲台28将12位の銚期伝でした。

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