七、後嗣とまとめ
7.
子丹嗣。復封丹弟統為建平侯。後徙封丹葛陵侯。丹卒,子舒嗣。舒卒,子羽嗣。羽卒,子蔡嗣。
(訳)
子の銚丹が嗣いだ。
また銚丹の弟の銚統が封じられ
建平侯となった。
その後、銚丹は葛陵侯に改封された。
銚丹が卒すると
子の銚舒が嗣いだ。
銚舒が卒すると
子の銚羽が嗣いだ。
銚羽が卒すると
子の銚蔡が嗣いだ。
(註釈)
三国時代に有名な子孫はいないかな?
個人的なワシの銚期評です。
戦闘 ★★★★★★★★ 8
手ずから数十人殺傷のくだりが
何回も出てくるから
腕っ節は最上位クラス。
コーエー査定だと
武力96は下るまい。
派手な敗戦の記録もないし。
岑彭★9、蓋延★7なので
銚期は間をとって★8で。
戦略 ★★★★★ 5
銅馬戦で背水の陣を布いて勝ってる?
馮異のススメもあったけど
かなり早い段階から
劉秀に乗ったのも○。
でも原点から動くほどじゃないかな。
内政 ★★★★★★ 6
治めるのが難しそな魏郡太守を
大過なくつとめた。
人格 ★★★★★★★ 7
憂国の士。
信義を重んじ、国家の為に尽力。
捕虜から奪い取る事はしない。
納得いかなければ
光武帝を直接諌める事も辞さないぞ。
李熊を咎めずに
帰してあげたエピソードもかっこいい。
諡は呉漢と同じく「忠侯」、
滅私の奉国に光武帝は感銘を受け
自ら銚期の遺体を棺に納めた。
天子の露払い、穎川の豪傑、
雲台28将12位の銚期伝でした。




