十八、まとめ
18.
熙卒,子福嗣,為黃門侍郎。
(訳)
岑熙が卒すると、
子の岑福が嗣ぎ、黄門侍郎となった。
(註釈)
岑彭伝はこれにて終了。
最後に、ンバの個人的な岑彭評です。
戦闘 ★★★★★★★★★ 9
○小長安(VS漢軍)
●宛(VS劉縯)
○淮陽(VS李聖)
○淮陽(VS徭偉)
○河北(VS王郎)
○雒陽(VS朱鮪)※朱鮪を説得する
○犨・葉
○杏(VS許邯)
△堵郷(VS鄧奉・董訢)
○小長安(VS鄧奉)
○黄郵
△鄧(VS秦豊・蔡宏)
○山都
○阿頭山(VS張楊)
○黎丘
○東の山地(VS秦豊・蔡宏)
○宜城(VS趙京)※戦わずして降伏
○?(VS辛臣)※戦わずして降伏
○黎丘(VS田戎)※大将の伍公が降伏
○夷陵(VS田戎)
○?(VS秦豊)※3年で9万を斬首
△天水(VS隗囂)
●西城(VS 行巡・周宗)※糧尽き撤退、岑彭殿軍
●江水(VS 任満・田戎・程汎)
○江水(VS 任満・田戎・程汎)
○平曲
○黄石(VS侯丹)
○武陽
○広都
29戦23勝3敗3分
最初の棘陽での逃亡劇は
黒星に入れるのは酷かなぁ、と
思って外しました。
江水は最終的に完勝してるので
黒星は、食糧が尽きて
どうしようもなかった二回のみ。
蜀攻めの時の神速の用兵がとにかく凄い。
暗殺されてなかったら
そのまま成都落としてたと思います。
戦略 ★★★★★★★★ 8
岑彭は頭もいい。
秦豊戦では捕虜をわざと逃して
声東撃西の計略で勝利しています。
武陽を抜いた時も
虚を突く形で一気に
公孫述の喉元まで迫っていました。
内政 ★★★★★★★ 7
新王朝の棘陽の長。
更始帝政権下で潁川太守。
刺奸大将軍として
各陣営の督察を担当。
荊南の各太守を纏める手腕も見事。
益州攻めでは益州牧を代行し
攻略した郡の太守役をその都度務めた。
統治能力も高い水準にありそうです。
人格 ★★★★★★★★ 8
劉縯への恩返しのためなら
我が身を抛つ所存、とか
朱鮪を説得するシーンが
あまりにもカッコよすぎる。
略奪を行わないクリーンぶり、
死後、蜀で廟が立てられたり
遥か彼方から帰順を申し出る者もいた。
こんなイイ男を、暗殺なんて
汚いやり方で殺しやがってぇ。
呉漢が激烈な報復に出たのも
いけないことだけど……頷けてしまう。
さすが雲台二十八将の上位だけあって
素晴らしい男でした。
諸葛亮が、
「光武帝の配下はみんな韓信レベル」
と言っていたのも納得です。
これにて岑彭伝を終わります。
wikipediaの「岑彭」の記事も
大量に書き足しておきましたので
よかったら読んでみてください♪




