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淡々後漢書  作者: ンバ
第十七、岑彭伝
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十三・十四、神速の岑君然/忌まわしき地、彭亡

13.

彭到江州,以田戎食多,難卒拔,留馮駿守之,自引兵乘利直指墊江,攻破平曲,收其米數十萬石。公孫述使其將延岑、呂鮪、王元及其弟恢悉兵拒廣漢及資中,又遣將侯丹率二萬餘人拒黃石。彭乃多張疑兵,使護軍楊翕與臧宮拒延岑等,自分兵浮江下還江州,溯都江而上,襲擊侯丹,大破之。因晨夜倍道兼行二千餘里,徑拔武陽。使精騎馳廣都,去成都數十里,勢若風雨,所至皆奔散。初,述聞漢兵在平曲,故遣大兵逆之。及彭至武陽,繞出延岑軍後,蜀地震駭。述大驚,以杖擊地曰:『是何神也!』


(訳)

江州こうしゅうへと到った岑彭は

田戎でんじゅうの食糧が多い事から

すぐに抜く事は難しいと考え、

馮駿ふうしゅんを留めてこれを守らせると

自らは兵を率い、勝利に乗じて

墊江てんこうへと直行、平曲を攻め破って

その米穀十数万石を収めた。


公孫述はその部将の延岑えんしん呂鮪りょい王元おうげん

及びその弟の公孫恢こうそんかい

兵の悉くにて広漢こうかん及び資中しちゅうを拒がせ、

一方で部将の侯丹こうたんには

二万余人を率いさせ黄石こうせきを拒がせた。


岑彭はそこで

護軍ごぐん楊翕ようきゅう臧宮ぞうきゅう

に延岑らを拒がせると、自らは

兵を分けて船で江水を下って江州へと戻り、

都江とこうを遡上して侯丹を襲撃、これを大破した。


晨夜しんやで倍の道のり二千余里を兼行し、

道中で武陽ぶようを抜いた。


精鋭騎兵を広都こうとへ馳せさせ

成都から去る事数十里、

勢いは風雨の如くで、

岑彭が至る所では誰もが逃げ散っていった。


当初、公孫述は

漢兵が平曲にいると聞いていたために

兵を大挙させてこれを迎え撃ったのであるが

岑彭が武陽へと至り、

迂回して延岑軍の背後に出現したために

蜀の地は震えおののいた。


公孫述は大いに驚き、

杖で地を撃って言った。


「これは、何という神業だ⁉︎」


(註釈)

江水の防衛ラインが破られ、

全兵力をもって広漢など

喉元のガードを固めてきた公孫述。


岑彭は平曲を破って食糧確保すると

守り固いところはスルーして

薄いところを電撃戦で連取。


平曲に岑彭の主力がいると聞いた公孫述は

兵を大挙させて防御させますが

気付いたら岑彭がもう背後にいました。


二千余里、800km以上

サッと移動してくるんだから

公孫述でなくてもサジ投げたくなります。


手も足も頭の回転も迅速すぎるぜ、化け物め。


なのに、次の項で岑彭が死にます。


14.

彭所營地名彭亡,聞而惡之,欲徙,會日暮,蜀刺客詐為亡奴降,夜刺殺彭。

(訳)

岑彭は、屯営していた地の名前が

彭亡ほうぼう」である事を聞くと

これを不穏に感じて、移ろうとした。


ちょうど日が暮れた頃で、蜀の刺客が、

逃亡してきた奴隷と詐って降伏してきており、

夜に岑彭は刺殺されてしまった。


(註釈)

「彭」が「亡」びるなどという

めちゃくちゃ不吉な名前の地に屯営した岑彭。

ほんとにあるのかこんな地名?


すぐに屯所を移そうとしましたが、

すでに日も暮れており、

降伏者になりすました刺客に

殺されてしまいました。


このエピソードが

三国演義の「落鳳坡」に

インスパイアされたと思われます。

益州、不吉な地名多っ。


来歙と岑彭、天下統一を目前にして

刺客に暗殺されてしまうとは。

ただただ、惜しいです。


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