表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
淡々後漢書  作者: ンバ
第十五、王常伝
10/102

一、荊州のアウトローたち

李通伝に続き、後漢書列伝第五から

盗賊集団「下江かこう軍」を率いて

劉秀に帰順した王常おうじょう伝。


劉秀の配下「雲台二十八将」には

身内は含まれていないのですが、

この巻に入っている四人含めて

「雲台三十二将」と称する場合もあります。

1.

王常字顏卿,潁川舞陽人也。王莽未,為弟報仇,亡命江夏。久之,與王鳳、王匡等起兵雲杜綠林中,聚眾數萬人,以常為偏裨,攻傍縣。後與成丹、張卬別入南郡藍口,號下江兵。王莽遣嚴尤、陳茂擊破之。常與丹、卬收散卒入蔞谿,劫略鐘、龍間,眾復振。引軍與刑州牧戰於上唐,大破之,遂北至宜秋。


(訳)

王常おうじょうは字を顔卿がんけい潁川えいせん舞陽(ぶよう)県の人である。


王莽おうもうの末年、

弟の仇に報い、江夏こうかに亡命した。


久しくして、王鳳おうほう王匡おうきょうらとともに

雲杜うんしゃ緑林りょくりん(地名)中にて挙兵し

数万人の手勢を集めた。


(緑林軍は)

王常を以て偏裨(副将)とし、

周辺の県を攻めた。


その後、成丹せいたん張卬ちょうごうとともに別れて

南郡なんぐん藍口らんこうへと入り、「下江かこう兵」と号した。


王莽は厳尤げんゆう陳茂ちんもを派遣してこれを撃破した。


王常は成丹、張卬とともに

離散した兵卒を纏めて蔞谿へ入りて

鐘、龍の間で略奪を働き、

その勢力は再び振るった。


軍を引いて荊州牧と上唐じょうとうで戦い、

これを大破すると、

かくて北のかた宜秋ぎしゅうへと至った。


(註釈)

14年の呂母の乱に端を欲し、

18年に本格始動した

山東方面の赤眉せきび軍の反乱は

凄い勢いで拡大しており、

22年に派遣された朝廷の討伐軍も

返り討ちにしてしまいました。


新王朝の求心力はいよいよ低迷し、

各地で反乱が続出。


かくて、荊州の緑林から出た

反政府グループ「緑林りょくりん軍」

が、「下江かこう軍」に分派。


メインメンバーがだいたい王姓なので

覚えやすいと思います、王常、王鳳、王匡。


弟の仇討ちで逃げてたってのが

任侠っぽいですね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ