28_狂気
俺の目のまえに鉄球が飛んでくる。
俺は身体を捻った。
鉄球がこめかみを掠る。
あ、あぶねえ。と思いきや俺は視界が曲がるのが分かった。俺は意識が朦朧とし膝をついてしまう。
「お、おい。何すんだ?」
俺は、ベアトリーチェの方を見た。
ベアトリーチェは答えない。
その貌は、再会後のベアトリーチェの顔では無かった。ああ、この貌。思い出した。
当時、13歳でありながら騎士団の隊長を決闘でボコボコにしたときの形相。
眼には憤怒が、口元には悦びが。
それらが同居したような昏い形相。
ベアトリーチェは闘気を解放した。
「かはっ!けひゃひゃ!!!!」
ああ、思い出したわ。ベアトリーチェの本質を。
あのときの決闘では確かベアトリーチェの剣が折れたのだ。今思えばあれは当時の決闘相手による裏工作だったと思うけど。
で、その隊長はその後決闘で素手でボコボコにされた。
殴り、蹴り、腕ひしぎ逆十字、三角締め、噛みつき、スタンプ。
結局、その決闘相手は、体中の骨をバキバキに折られ、陥没させられ、血みどろになった挙句、失神させられ、敗北した。
そして、回復魔法を長期に渡って受けて、何とか回復したものの、心に刻まれた恐怖から立ち直れず騎士団をやめた。
「くそっ。俺もまだ回復しきってねえってのに!」
俺が回復しきっていない、と言ったのはサラマンダーに折られた腕もそうだし、あのとき黒い魔獣に喰われかけて、強い相手との戦闘を恐れるようになったこともある。
だが、撤退を許してくれる相手なのか?
とりあえずやるしかない。
ベアトリーチェはまた鉄球を回転させ始めた。
そして手首を返す。
また、顔面近くに鉄球があった。
「おおおおっ!!!」
俺は銃剣をつかって鉄球をはじこうとした。
金属と金属がぶつかり合う音。
火花が散る。
だが、俺は武器ごと吹き飛ばされることになった。
吹き飛ばされた後、今度は鉄球ではなく、鎌が俺の目のまえに飛んできていた。
「ぐっ」
俺はそれを身体を屈めて躱す。
俺の髪の毛が斬れた。今度も紙一重だ。
わかったことがある。
鉄球と鎌の動きが早すぎる。まったく見切れない。
武神の後継 ベアトリーチェ……か。
と、ベアトリーチェは俺の至近距離にもう既に移動していた。
鎖が俺の首に巻きつく。
「じゃ、絞殺にしようか?」
俺の耳元で囁かれたその声に俺は、戦慄を禁じ得なかった。
そして、実際にそれは実行されていた。
一気に鎖が締め付けられる。その力は絞殺、なんていうレベルではない。首の骨を一気にへし折らんばかりの勢いであった。
「かっ」
俺は、一瞬で意識を飛ばされそうになった。
くそが。
こんな訳がわからんまま死んでたまるかよ。
黒いフェンリルのような魔獣が既に、俺を喰らおうと待ち構えている。
「……巨人の踏みつけ」
俺は、なりふり構わず、自分もろともそれを発動させた。
余裕がないので簡易版だ。
「がっ!!」
ベアトリーチェと俺にとんでもない重力がかかった。
一瞬、ベアトリーチェの力が緩む。
その間に俺は自分の首と鎖の間に手を潜りこませた。
「があああああああああっっ!!!」
俺は自分の筋力以上の筋力で、鎖を引っ張った。
同時に巨人の踏みつけを解除。斥力場を発生。
ベアトリーチェはその重力の差に混乱し、態勢を崩す。
俺はその隙にタックルをかました。鎖が解ける。
何とか脱出成功である。
くっそ。こんな戦闘開始後数十秒のやりとりで何で、こんな消耗してんだ。やっぱり強すぎる。
ベアトリーチェの眼がさらに狂気を帯びる。
「くくく、いいねえ、エイス。いい貌だ。その眼、まるで狼みたい」
その言葉に俺はハッとなった。
くそ。また呑まれかけてるってのか?
「ごおおおおおおおっ!!!」
俺はまた吠えていた。
ベアトリーチェはまた鉄球を回し、俺の元へ投げた。
迫る鉄球。この攻撃が厄介だ。ここで崩れると、連続攻撃でさっきの二の舞だ。
俺は、踏み込んでその鉄球に右拳をぶつけた。
全身の筋肉が捻じ切れそうになり、拳がきしむ。サラマンダーに折られて治りかけていた腕がまた折れたのを感じた。
だが、鉄球は持ち主の元へ還った。
この俺の非合理的な、本能任せの行動はベアトリーチェを混乱させることに成功した。
跳ね返った鉄球に完全に態勢を崩すベアトリーチェ。
俺は、ベアトリーチェに斬撃を放つ。
ベアトリーチェは鎖でそれを受け止めた。
俺は、両手が塞がっているベアトリーチェの片腕を掴み、投げ、地面に叩きつけた。そして衝撃でお互いに丸腰になる。
俺は、上からベアトリーチェに覆いかぶさり、拳を顔面に振り下ろす。
あれ?俺って女殴ったら駄目じゃなかったっけ?
そんな雑念というか、迷いが一瞬頭をよぎってしまう。
が、ベアトリーチェは俺のそんな雑念を見切っていたのかどうかわからないが、それを躱した。
そして、下になった不利な体勢から、脚を俺の首に巻きつける。
これは……三角締めか。
俺は一瞬にして、血液の脳への供給が止まったのが分かった。さっきの鎖での絞めつけよりも、さらに強力である。
俺の中の狼がさらに、巨大になった。
そして、俺は薄れていた意識の中で覚醒した。
「ぐっおおおおお!!!」
落ちていたディアを何とかつかむ。腕を封じられているので斬りかかることはできない。掴むだけだ。
「……重力操作」
そして俺は飛んだ。
飛んで、地面からできるだけ遠く、高くまで飛ぶ。
そして、落下した。
激突。衝撃。痛み。
ベアトリーチェの三角締めが解けた。
俺は何とか立ち上がることができた。
だが……ベアトリーチェも立ち上がる。
「くくく、君にこういう血が沸くような戦いができるとはねえ。それにしてもどうしたの?目だけじゃなくて、本当に狼みたいな姿になってるけど?」
ベアトリーチェは唇から流れる血を拭いながらそう言った。
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