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第八十三話 

 通常、死亡してしまった場合は光の粒子となって砕け散ってしまうのだが、レベル25以上の僧侶クレリック司祭プリースト司教ビショップと、レベル50以上の魔法戦士が居るパーティー及び、蘇生そせい可能なアイテムを使っているなどした場合のみ、光の粒子となって砕け散る事は無く、【蘇生】(リザレクション)の魔法が使える等の猶予期間が設けられるのだ。


 グラナダは、ブッキスの倒れている姿を、ちょっと嫌そうな目付きで見やる。


 ブッキスは膝立ちの状態から、お尻を突き出して顔面を地面に打ち付けるようにして倒れているのだ。敵から逃げようとして背を向けて倒された場合は、このような恥ずかしい恰好で倒されてしまうのだが、そのあまりにも恥辱的な形貌けいぼうゆえに女性陣からは、経験値マイナスのペナルティーよりも余程嫌がられていた。『死ぬときは前向きに』というのが、特に女性陣の鉄則となっていた。


「ねぇ……。【蘇生】(リザレクション)の猶予期間が過ぎたら、死体はどうなるの?」

「砕け散るんじゃない? まぁ、どっちにしても拠点ホームに戻る事は確実だろうさ」


 グラナダの素朴な疑問にルシアは、どうでも良いと言うように素っ気なく答える。


「実験してみようよ」


 グラナダの提案に、地面に突っ伏しているブッキスの身体がピクリと震える。死んでいるのに奇怪な現象だ。どうやらブッキスには、何を喋っているのかが聞こえている様だった。


「一時間も放置するのか?」


 ルシアが、さすがに憐みの表情でブッキスを見やる。


「なんか、当分レクス・エールーカの戦闘は続くような予感がするのよ。ただ単にぼーっと待ってるのも芸が無いでしょう?」

「でも拠点ホームに帰ってしまったら、此処ここへまた来るのに丸一日は掛かるぞ。さすがにその頃にはレクス・エールーカとの戦闘も終わってるだろうし、戦力にはならなくても戦利品には大きく影響するんだから勿体もったいないぞ」


 グラナダは、好奇心を満たす事と戦利品アップのどちらを取るかの板挟みに苦悩する。何気なしにレクス・エールーカと戦っている男を見やり、戦闘の緻密ちみつさが増している事に気付く。まるで機械のような正確さで、敵の動きに合わせて動いている。その瞳はコイチが戦闘を繰り広げている時より何倍も凄みがあった。


 去年、ルシアと一緒にボクシングの世界タイトルマッチを観に行った事があるのだが、その時にプロのスポーツ選手独特のオーラに圧倒された事を思い出していた。そのオーラに近い絶対に負けないという意思が、この男からは発せられている事が感じ取れた。


 この戦闘は、確実に一日は続くと直感が訴えていた。


「たぶんブッキスが死に戻って此方こちらに帰って来るまで戦闘は続いているわ。このまま放置して実験しましょう」


 ブッキスの突きだされた尻がピクピクと動いた。何やら抗議をしている様だったが、お構いなく実験を開始する。


「たしかレベル25以上の神聖魔法が使える者がパーティー内にいる場合は、死んでも身体は砕け散らないが、目前に拠点ホームに戻るかどうかの表示が出ている筈だぞ。死んだ人間が視線連動のポインターを使って、ウインク一つで任意に拠点ホームに帰る事が可能なんだ」

「戻っちゃだめよ。これは命令なんだからね!」


 ディアスの説明に、クッキーが慌てて命令を下す。

 姫の命令にブッキスは、再び尻をピクピクと震わせる。何が言いたいのか分からなかったが、拠点ホームに戻らない所を見ると命令には従っている様だった。


 それからしばらく皆は、レクス・エールーカ―との戦闘を繰り広げている男を観察して、技を盗もうとしていた。


 その時だった。いきなり後方から魔法の攻撃を食らう。慌てて【魔法の矢(マジックミサイル)】が飛んで来た方角を凝視すると、八人ほどの集団が潜伏ハイディングの魔法で至近距離まで接近して来ていた事が見て取れた。


 カーソルの色は緑色だ。国家象徴色ナショナルカラーが緑色であるオセリア連邦の者が、こんな所で奇襲を掛けて来るとは予想外だった。


「逃げたら敵の思う壺だぞ! 突っ込め!」


 雨あられと降り注ぐ【魔法の矢(マジックミサイル)】に逃げ惑うクランコミュニティのメンバーにげきを飛ばしながら、ディアスは自ら敵に突っ込む。


 此処ここで味方が追従してくれなかったら犬死する所だったが、幸いにも皆がディアスの言葉に従った。ロングレンジからの攻撃を、もっとも得意とするオセリア連邦の兵士相手に逃げ惑う事は愚行なのだ。


 このゲームの特色として国籍が違えばPvPが出来るという事が挙げられる。PvPとは Player(プレイヤー) versus(バーサス) Player(プレイヤー) の略で、プレイヤー同士でも戦闘が行えるのだ。


 プレイヤーを倒しても経験値は入らないし、アイテムドロップも無い。ただ、リージョン状況に影響が出るだけだ。


 しかし何より面白いのは、コンピューターAIより格段に幅広い心理戦を交えた戦闘が出来るという事だった。


 ディアスは、目前の騎士ナイトに視線を合わせる。相手の名前等が視界の左上に表示された。自分のHP(ヒットポイント)ゲージ等が右下に表示されている。既に戦闘モード画面だ。


 カインズという相手の名前には見覚えがあった。もう何度もPvP戦で顔を合わせているオセリア連邦の猛者だ。


 レベルは29。まだ鋼鉄製の鎧は着られないし、ジョブ特性の【メタルボディ】で五パーセントの被物理ダメージカットも付いていない。此方こちらが圧倒的に有利だ。


 一気に間合いを詰めようとするが、相手が引いて行くので、なかなか間合いが詰まらない。横合いからの魔法で、じわじわとHPを削られていく。味方との距離が開き過ぎてしまって、回復支援が届かない距離まで誘き寄せられた時だった。急に反転したカインズから攻撃を受ける。


 システムアシストによって加速された大上段からの剣撃を、左手に装備した鋼鉄製の円形の盾(ラウンドシールド)で辛うじて受け流す。続いて来る攻撃は体当たり(チャージング)か、下から剣を跳ね上げて来るかのどちらかだ。


 ここで相手との心理戦が行われる。体当たり(チャージング)にはダメージ判定は無いが、食らった場合は間合いを外されてしまうか、組技に持って行かれてしまう。一方、防御できれば此方こちらがイニシアティブを取る事が出来る。


 下からの攻撃が行われた場合、とうぜん食らえばダメージを受ける。防御できれば相手に硬直時間が課せられるので、この場合もイニシアティブを取る事が出来るのだ。


 ディアスは、今までのデータから相手は接近戦を仕掛けてくる確率が著しく低い事を分析していた。その分析結果から剣での攻撃に的を絞って防御に入る。


 しかしカインズは、体当たり(チャージング)を敢行してきた。そのまま間合いを取るかと思われたが、タックルから組技に移行してくる。そして、そこへ数人の戦士達が殺到してきた。


 物量作戦に持って行かれたディアスを救ったのは、コイチだった。コイチは何とかディアスに追い付くと、迫り来る戦士達を牽制する。


 しかし数が多い。コイチの牽制をい潜った数人がディアスに向かって剣を振るった。


 ディアスのHPはレッドゾーンまで減衰し、わずか数ミリのHPゲージの幅で生き延びていた。


 コイチが数人を引き受けてくれなかったら、確実にディアスは倒されていただろう。


 回復効果範囲内に入ったグラナダが、間一髪でディアスのHPを回復する。


 クッキーが、カインズとその周りの敵に牽制気味に剣を振るう。


 カインズは奇襲が失敗した事を悟り、いったん引いて間合いを取った。


「退却!」


 その時、唐突に相手パーティーの誰かが叫んだ。それを皮切りにカインズ達は引いて行く。


 ディアスのHPが安全圏まで回復していない為に、此方こちらも深追いは出来ない。また新たな策謀でも用意しているのかと用心して身構えながら相手の様子をうかがう。


 しかしカインズ達は、本当に退却していった様だった。ディアスは、いぶかしみながら味方のパーティーの様子を見回す。


 ふと視界の右下に表示されているパーティー一覧を見やり、アヤメのPvP撃砕スコアを表す王冠のアイコンが光り輝いている事に気付く。


「アヤメちゃん。今の戦闘で敵を倒したのか?」


 アヤメはコクリと頷く。相変わらず無表情で物静かだ。


「ディアスさんがピンチに陥って、皆の注意がそちらに集中している間に、アヤメちゃんが相手方の僧侶クレリックを倒していましたよ」


 ルシアが、自分事のように自慢げに鼻高々に言い放つ。


「ナイスアシストだったわ」


 アヤメは親指を立てた拳を、ルシアに向かって突き出す。


 ルシアは、皆の注意がデイアスに集中した瞬間に【姿隠し】(インビジビリティー)の魔法を使って敵の僧侶クレリックに接近していくアヤメを見ていたのだ。


 アヤメに背後から斬り付けられけた僧侶クレリックが、逃げようとした所をルシアは【拘束バインド】の魔法を使って足止めをしたのだった。


 アヤメは、天才的な勝負感の持ち主だった。たとえディアスが倒されても、相手の僧侶クレリックさえ倒してしまえば、その後の展開を有利に進められると踏んでの行動だった。


 案の定、相手側は退却を余儀なくされてしまった。あまりにも引き際が見事過ぎて味方の人間も次の行動が取れなかった程だった。


 クッキーは、ふと辺りを見回す。ブッキスがいなかった。拠点ホームへ帰ってしまった様だった。皆もその事に気付いて、落胆した様子で辺りを見回す。


 レクス・エールーカと戦っている男だけが、依然と機械のような戦闘を繰り広げていた。

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