第六十五話
「まさか男を召喚できるなんてね……。さすがの私も思い付きもしませんでした」
クリスティナは、羨まし気に竜也を見やりながら呟く。
「クリスティナは、ボクより男を取るんだ……」
流暢な日本語? 標準語? で、話し出したのは有翼猫のミノルだった。その様子に竜也とエレーナは不可思議な表情で翼の生えた猫を見やる。
「何を言っているの? あなたは最高のパートナーに決まっているじゃない。でも彼氏も欲しいに決まっているじゃない!」
いちいち大仰な身振り手振りで釈明する。
「ならキミの勝ちだよ。キミはこれから彼氏を作れば、両方手に入れる事が出来るけど、エレーナさんは片一方しか手に入れられないんだからね」
その言葉を聞いて、クリスティナは復活した。
「そうよね。両方手に入れられる私の方が、上に決まっていますわよね?」
またまた口元に手の甲を当てがって、高らかに哄笑する。
「それは違います。タツヤは私の使い魔であり、彼氏でもあるのです。私は、既に両方を手に入れているのです」
何故かエレーナが張り合いだした。
竜也は、胡乱な視線をエレーナに向ける。短気で、独占欲が強くて、嫉妬深くて、そのうえ見栄っ張りと来た。エッチな所は良いのだが、これが全学院生の憧れの的だなんて片腹痛い。
その思考を読んだエレーナは、竜也の頬をつねり上げる。
そのジャレた様子を、クリスティナは羨ましそうに眺めていた。
「人間の使い魔だなんて、ボクも初めて聞いたよ。でも特殊能力は何を持っているんだい? ボクの見立てでは、何も持って無いように見えるんだけど……」
ミノルの言葉にクリスティナは、奇異の視線を竜也に向ける。
「ミノルの特殊能力は、相手の弱点を見極める事なの。ある程度ならステータスすら読み取る事が可能なのよ」
その言葉にエレーナは警戒の色を浮かべる。『将軍』の技能に近い能力とは、かなり厄介な特殊能力だからだ。
唖然としてその様子を眺めている竜也に、クリスティナは大仰な身振りでビシリと人差し指を突き付けた。
「特殊能力を持ってない使い魔なんて、使い魔ではありませんわ」
そこで何故か、また高らかに哄笑する。
「タツヤの特殊能力は未知のものです。ユニークスキルと呼ばれる特殊なものなので、私達には計り兼るのです」
エレーナは、顔を真っ赤にして弁明する。
「おっぱい鑑定三級って技能は、たしかに計り兼ねないよね」
ミノルの言葉に、クリスティナは眼が点になる。その視線がエレーナの胸に留まる。
「計り兼ねないというより、小さすぎて測定不能?」
大真面目に小首を傾げているクリスティナの様子に、エレーナが本気でブチ切れかけた。
竜也は、必死でエレーナを押さえに掛かる。
「エクストラスキルだなんてキミは凄いね。キミはその能力を駆使すれば、ハーレムを築き上げる事だって夢じゃないと思うよ」
ミノルの言葉に、エレーナの怒りの矛先が竜也に向かう。二人は取っ組み合いを始める。
「それではまた。ごきげんよう」
その様子を満足気に見やり、クリスティナは踵を返して歩き出す。
「あれがセント・エバスティール魔法学院高等部一年生の首席なのかい?」
ミノルの言葉にクリスティナは、肯定の意を持って頷く。
「伯爵家令嬢って言ってたけど、魔力は君と同じくらいあるんじゃないかな?」
その言葉にクリスティナは眼を向く。そんな筈は無い。自分は公爵家令嬢なのだ。公爵位の中で比べても極めて高い魔力は、王位クラスの魔力に匹敵すると自分では思っている。その魔力と同じなど絶対にありえない。
「彼女は『ユリエスの双眸』っていう技能を持っていたよ」
「なにそれ? 『ユリエスの瞳』なら知ってるけど、そんな技能は聞いた事ないわよ」
「たぶん『ユリエスの瞳』の上位技能じゃないかな? ともあれキミに勝るとも劣らない魔力を持っている事は確かだよ」
その言葉をクリスティナは、鼻であしらう。
「魔力がいくら多くても、所詮は伯爵家令嬢。私の敵ではありませんわ」
「と、思っていると痛い目を見るよ。魔力以外の能力はキミの圧勝だけど、戦ったら負けずとも勝てないと思うよ」
その言葉にクリスティナは、しばし考え込む。ミノルの弱点把握から戦闘分析には、絶対的な信頼性を寄せている。そんな事はあり得ないと思いつつも、何か心に引っ掛かる物があるのも確かだった。その原因は、あの男にあるような気がしてならない。
「そうなると貴方と、あの人間の使い魔の能力の差って事になるけど、どう?」
「それが人間の使い魔の方は、ただの平民レベルの能力しか持って無かったよ。使い魔込みの戦闘なら圧勝……と言いたい所だけど、未知の要素が多すぎるんだ。そのポテンシャルは、計り知れないものがあったよ」
クリスティナは、またしても考え込む。
「大丈夫。二人の絆にヒビを入れておいたから、今後は疑心暗鬼に囚われて信頼関係の構築に支障をきたす筈だよ」
最後は取っ組み合いを始めた二人の様子を思い出す。あれはジャレているのでは無かった。ハーレムを作れると言われて、その気になって検討を始めた竜也に対してエレーナは本気で怒っていたのだ。
「良い仕事するわね」
「稀に見る使い魔って称号は、伊達じゃないよ」
ミノルは大きくジャンプすると、クルリと空中で弧を描くように回転した。その途端ミノルの姿は、何処かへ消え去ってしまった。
クリスティナは、使い魔である人間の男の顔を思い浮かべる。全てにおいてエレーナに勝っていると確信はしていたが、あの男の件だけは羨ましかった。顔は可愛い系で申し分なく、むちゃくちゃ好みの顔だったからだ。
—— 私も彼氏欲しい~
クリスティナは、心の中でそう呟きながら山道を登って行った。
◇
竜也とエレーナは、取っ組み合いの喧嘩の真っ最中……では無かった。取っ組み合い、激しくキスを重ねていた。
疑心暗鬼になりかけたエレーナであったが、すぐに竜也がハーレムなど作る気が無い事を知り和解したのだ。
竜也は真っ正直に全ての事を話してくれた。あまりに真っ正直すぎて腹の立つ事柄もあったが、ちゃんと話し合う事で全ての問題は解決できた。
思念でお互い考えている事が、ある程度分かったり会話も出来たりするのに、何故わざわざ声に出して話し合わないといけないのか? と最初の頃は疑問に思っていたエレーナであったが、声に出す事によって、明確に自分の意思が伝えられる事が分かってきた。
心で思っている事、考えている事は、雑念が多すぎて逆に不明瞭になってしまうのだ。
「ちょっと、タツヤ……。休憩って、こういう意味じゃないのよ」
鎧の留め金を外そうとする竜也の動きを、慌てて止める。
「この遠征が終わるまで、おあずけって言ったでしょう」
暴走する竜也を、無理やり押しとどめる。
「貴方の頭の中には、エッチな事柄しか無いのですか?」
竜也が頷くのを見て、内心ため息を吐く。
「この国の未来の事も考えて下さい」
そこでやっと竜也は、上半身を起こした。竜也の思考が、一気に切り替わった事が感じ取れた。
「さっきのクリスティナって娘と、その集団はいったい何者なの?」
「フィジケラス魔法学校といって、数年前に開校された私塾の生徒です。ちなみにセント・エバスティール魔法学院は、一二五三年も続く長い伝統を持った官営のエリート学院なのですよ」
エレーナは自慢げに言ってのける。
「セント・エバスティール魔法学院は、淑女の嗜み、規律を重んじる学風なので、クリスティナさんは面接で落とされていました」
エレーナは、そこで過去の出来事を思い出して苦笑いを浮かべる。
「面接で、あの馬鹿笑いを披露したのですよ。落とされて当然です。しかしグレンデル公爵家は魔道の名門、実力はあります。セント・エバスティール魔法学院に入れなかった事を周りからなじられ、いつしか我が学院を敵視するようになったのです」
事ある毎に、何かと突っかかって来るフィジケラス魔法学校の面々を思い浮かべる。クリスティナに煽動され、一丸となって打倒セント・エバスティール魔法学院を掲げている者達の追い上げは、鬼気迫るものを感じさせる。確かに稀に見る使い魔である有翼猫を召喚してみせた実力は本物だろう。
エレーナは、面倒臭い輩が参戦して来たものだと、内心ため息を吐く。
「では私達も、そろそろ出発しましょう」
エレーナは竜也を助け起こしてやる。尾根までの距離ですらまだまだあるのだ。こんな所で油を売っている訳にはいかない。
二人は再び魔界の入口を目指して、コルネホ山を登り始めた。




