第四十七話
エレーナとドリーヌは生徒指導室に呼ばれていた。サバティーは椅子に座りながら二人の生徒を交互に見やる。ドリーヌは、悪びれた様子も見せずに澄ました顔で佇んでいる。
エレーナは、なぜ自分まで呼ばれたのかと不審に思っている様だった。
「まず、ドリーヌさん。貴女はいつもやり過ぎてしまう嫌いがあります。タツヤ殿を獅子奮迅させようという試みは良いのですが、淑女として慎みをもって行動して下さい」
「わかりました」
ドリーヌは素直に返事をする。いつも返事だけは良いのだ。この様子だけを見ていると分別をわきまえているかのように見えるのだが、裏ではあらぬ噂を流して色々な情報を操っている張本人だった。
「そういえば、サバティー先生……」
ドリーヌが極上の笑みを浮かべて、何気なく話を切り出してきた。嫌な予感しかしない。サバティーの背筋に冷たい汗が流れ落ちる。他の曜日の二十五パーセント増しだ。
「八日前にサラスナポスの町で、セント・ギルガラン騎士学校のスコッド先生を、お見かけしましたよ」
ドリーヌには、ある場所でスコッドと密会している所を、目撃されていたらしいのだ。
「隣に見知らぬ女性を連れていました。気になったので一昨日の晩、騎士学校の友人に会った時に、さり気なく聞いてみたのですが……」
そこでわざとらしく言葉を区切る。
「あ、申し訳ありません。このような話は、今は関係ありませんでしたよね。どうぞ続きをお願いします」
ドリーヌは、サバティーが動揺の色を見せると思っていたのだが、以外にもサバティーは豪胆にも笑って見せた。
「ドリーヌさん、続きを言ってもらって結構ですよ」
ドリーヌはサバティーの不敵な態度から、密に連絡を取り合っていて、誰と会っていたのかを知っているのだと推測する。攪乱作戦は失敗だった。
「ドリーヌさん。一昨日の晩は、まだ停学処分中の筈ですよ。ゴズの森に赴いてもらったのは学院からの任務扱いであって、帰って来てから寮を抜け出したというのは問題です」
藪をつついたら、蛇が出て来たという感じである。ドリーヌは渋面になる。
「貴女は、昼は学院で魔法の勉強に勤しみ、夜は騎士学校で剣の修業に励んでいますよね。エレーナさんのように、飛びぬけて高いとは言えないステータス値でありながら、支援系魔法士として卓越した才能と鉄壁の防御能力を生かし、侯爵位の血を引くミルドレッドさんと学年五位争いを展開している貴女の努力を、私は高く評価しています。
しかし、貴女の素行が、すべてを台無しにしてしまっているのが現状です。もう少し態度を改めれば学年五位も夢ではないのに、勿体なくて仕方がありません」
「私が努力を怠らないのは、序列を上げる為ではありません。私には九人も兄弟が居るので、この学院を卒業したら私は一人で生きていかなくてはいけないのです。その為の能力を身に付ける為に頑張っているのです。
それに私の素行が悪いように言われますが、何をもってそのように言われているのか、お教え願えませんか?」
ドリーヌの顔が凄く真剣だ。自分の身の上話から、同情を誘うような話の持って行き方は、女優として振る舞っているかの如く迫真の演技だった。
「よく寮の門限を破っていますよね?」
「その時間まで剣の修業に励んでいるからです。私は序列を気にしていないので、門限破りのペナルティーより、少しでも剣の稽古に時間を回しているのです」
エレーナは、ドリーヌがどれだけ努力してもミルドレッドに勝てないと、地団駄踏んで悔しがっている事を知っていた。悪戯好きのドリーヌは、よく人を煙に巻く。ここは慎み深く様子を見守る事にする。
「いつも大勢の殿方に囲まれているように見受けられますが?」
「ただの友人です。いつも剣技を教えてもらったり、ご飯を奢ってもらったりしているだけです。そこに何の疾しい事もありません」
疾しい事が無い者が、あのような場所に行く筈が無いと言ってやりたい所だが、白を切られたらそれまでだ。目撃されたのは自分の方であり、自分はドリーヌの姿を見ていないのだ。
なにを言いたいのか、そして言えないでいるのかを察知しているエレーナは、必死に澄ました顔を取り繕う。
サバティーは、歯噛みしながらドリーヌを睨め付ける。とりあえずドリーヌは放って置いて、エレーナに向き直る。
「エレーナさん。貴女も最近、軽挙妄動が多すぎますよ。先程も公衆の面前で曖昧な態度を取っていましたが、あのような状況でも毅然とした態度でタツヤ殿に接して下さい。
昨日タツヤ殿を裸のまま召喚してしまった時もそうでしたが、周りに居る者が浮き足立って、目に余る行為を増長させる結果を齎せています」
「すみません」
エレーナは素直に謝った。確かに皆が竜也を見る眼が変わって来ている。当初は女性だけの学院に男一人という状況を、乙女の中に放たれた狼のように考えていたのだが、現在の状況は、狼の群れの中に頬り込まれた子羊のような存在になりつつある。
ジュリアの、ロベリアの、ドリーヌの、その他大勢の毒牙から竜也を守らなければならないと思うようになっていた。
「私の至らない振る舞いの所為で、皆の素行や心情を乱してしまった事については謝ります。直していきたいとも思います。
ですが、タツヤに対する皆の行動にも、目に余る部分が幾多となく見受けられます。特にロベリアさんは、タツヤを城に招き、昼食にドラゴンのテールスープを出して意識を朦朧とさせ、凌辱しようとしたのです。ロベリアさんの方こそ何とかしてほしいです」
サバティーは困惑気味に眉根を寄せる。それが事実なら由々しき問題である。この学院に通う生徒の半数以上の者が既に婚約者が居る身なのだが、ロベリアには王家の姫君としては珍しく婚約者は居ない。多少のスキャンダルは、揉み消す事が可能であろうが、何故に他の女性と心の繋がった殿方に、ちょっかいを掛けだしたのかが不明である。
「その件は現在学院長が調査中です。追って沙汰があるものと思って下さい」
エレーナは、不承不承頷く。
「では授業に戻って下さい」
エレーナとドリーヌは、生徒指導室を後にする。
「ドリーヌも覚えておいて……」
職員室を出て、トレーニングルームへ続く階段を上っている最
中、エレーナは厳しい表情でドリーヌに語り掛ける。
「タツヤに手を出したら、たとえ貴女でも許さないわよ」
その真剣な眼差しを受けてドリーヌは一瞬、女優の顔を忘れて怯んだように顔を引き攣らせる。エレーナの眼は真剣だ。おちゃらけて冗談を言える状況ではない。
「いやだなぁ、大親友のエレーナの大事な彼氏を取る訳ないじゃない。ただちょっと味見をさせてもらうだけよ」
それでも果敢に冗談を飛ばす。エレーナに思いっきり睨まれたが、冗談である事を示すようにチロっと舌を出し、肩を竦めてその視線を躱す。
三階にたどり着きトレーニングルームに入る。
—— エレーナ、ごめんね。たとえ仲違いする事になったとしても恨まないでね。
エレーナの横顔を見つめながらドリーヌは独り言ちる。殿方の扱いには絶対の自信がある。竜也を上手に操って勇者育成計画を成功させ、魔物の軍団を討伐する為のノウハウを叩き込み、最後は皆で笑って大団円を迎えられるようにする。
これが今ドリーヌに課せられた使命であった。これは、おっぱいが大きくないと出来ない任務なのだ。
—— 本当にごめんね……。
ドリーヌは憐憫の眼差しでエレーナの胸を眺めながら、謝罪の言葉を心の中で呟いた。




