第三十六話
朝食を食べ終えた一同は、森の奥深くへ分け入っていた。鬱蒼と茂るシダ植物とバナナの木に覆われた密林は、次第に着生植物や蔓植物が目立つジャングルに様相を変えていく。
頭上では名も知らぬ(というよりこの世界特有の鳥かもしれない)やたらと嘴の大きい極彩色の鳥がギャーギャーと喚いている。何処かで、これまた聞き覚えのない獣の遠吠えが響いていた。
人が立ち入る事を拒絶しているような薄暗い森の中、竜也は鳥の喚き声一つにもビクつきながら歩を進めていた。
「ここら辺の地形はどうかしら?」
先頭を歩いていたジェレミーが立ち止り、辺りを見回しながら皆に問い掛ける。
「タツヤメインの戦闘となると、ここでも少し不安ですよね……」
エレーナも辺りを見回して、足場の不安定さを気にしている。シダ植物で覆われた地面は、凸凹が見え難く、コケ植物や地衣類のせいで滑りやすくもあった。
「でも適度な空間がある場所って、ここら辺は少ないですからね。これだけ広々とした空間が確保できるような場所は、草々見つかりませんよ……」
ジェレミーの反論に、エレーナはしばし考え込む。確かに奥に進めば進むほど、辺りは険しく危険に満ちていく。これ以上適した空間を見つける方が、難しくなる可能性が高い事は分かっていた。
しかし竜也は、まだ足さばきの初心者なのだ。足場の悪い場所での練習は、もう少し上達してからでないと命を落としかねない。
「ここら一帯の地面を掘り返して、均してしまえば良いのです」
ロベリアの名案に、エレーナの顔が明るくなる。早速ジェレミーに懇願するような視線を向ける。
ジェレミーは、仕方がないというように肩を竦めてみせる。そして使い魔のユウスケを呼び寄せた。
ユウスケは、ジェレミーの面前の地面から顔を出すと、右手をヒョイと掲げて挨拶をする。いつもの剽軽な態度だ。
しかしジェレミーが指示を出すと、眉根を寄せて実に嫌そうな顔をする。ユウスケが顔を出している穴の隣にある大きな岩をポンポンと叩いて、何やら言い訳をする。
「大きな岩がゴロゴロしていて整地しづらいようで、ソウイチロウちゃんにも手伝ってほしいそうよ」
ジェレミーの支援要請にロベリアの顔が、しまったというように歪められる。自分で自分の首を絞めるような提案を出してしまった事に後悔をする。
「確かジェレミーさんの能力関係なしで、どんな物にでも穴をあける事が出来るのでは無かったのですか? だとしたら、岩が有ろうが無かろうが、関係ないと思うのですが如何です?」
「確かに私の能力は関係ありません。ですがユウスケの負担は、また別の話です。硬い物があれば掘り進むのに、より力が要るのは当然です。一人で掘り進むより二人の方が早い事も道理です」
ロベリアが、ぐうの音も出ないというように押し黙る。
「まだソウイチロウちゃんの特殊能力は、昨日のままですよね? 手伝って下さいね」
ジェレミーの要請にロベリアは、渋々使い魔のソウイチロウを呼び出す。ユウスケとソウイチロウの二匹がかりで地面を平らに均しはじめる。
「ジャイアント・キャタピラーの群れを発見したわ。十二時の方向、距離二百五十……少し遠いわね……」
セシルの敵探知報告に、皆も距離を懸念する。一匹ずつ釣りに行っていては効率が悪い。
「皆で釣に行けば良いのよ。この場所までおびき寄せたらドリーヌの【睡眠】の魔法でキープしてもらって、タツヤは一匹ずつ倒していけば良いのよ」
「なるほど、それなら効率が良いですね。では、私はタツヤ殿の体力の限界を見極める役を致します」
ロベリアの発言に、皆は胡乱な視線を彼女に向ける。
「ロベリアさんは、自分が楽な役割に就こうとしていませんか?」
ジェレミーの詰問に、ロベリアは明後日の方向に視線を泳がせる。
「な、何を言うのです。タツヤ殿が連戦でお疲れになり、万が一の事態に陥ったらどうするのです」
「万が一の場合は、ドリーヌさんが何とかしてくれます。彼女の支援系魔法の実力は、群を抜いています。古代魔法も召喚魔法も精霊魔法も最下位に等しい成績で、学年五位争いを繰り広げられる技量は並ではありません」
「古代魔法の強化や弱体系魔法は習得済みですし、最下位でもありませんよ」
ドリーヌは、ジェレミーの言葉を一部訂正する。
「限界かどうかは、主人であるエレーナさんでも分かりますし……」
「今のエレーナさんはでは、手心を加えてしまって正しく限界を量る事は出来ないと思われます」
痛いところを突かれてしまったジェレミーは、この色ボケ女め! という思いを込めて、エレーナを睨め付ける。
当のエレーナは、竜也とアイコンタクトの真っ最中だった。ジェレミーは握りしめられた拳に力を込める。思わず爆発しろと叫びたくなる。
そうこうしている内に、ユウスケとソウイチロウは地面を均し終わった。ユウスケは片手を左右にパタパタと振って別れの挨拶をすると地面に潜っていった。ソウイチロウもふわふわと中空に漂いながら、どこかへ飛んで行ってしまった。
地面は鋤き起こされて、焦げ茶色の腐葉土を一面に見せていた。竜也はそれを踏み固めて足場を作っていく。
「準備は良い? 釣って来るわよ」
竜也が頷くのを見届けて、エレーナは森の奥へと踏み入っていく。ジェレミーとセシルがその後に続く。結局ロベリアは、その場に留まっていた。
「【防御力強化】や【魔法防御】の魔法も使用は駄目なのです?」
「ジャイアント・キャタピラー相手には、要らないでしょう」
ドリーヌの質問にロベリアは即答する。竜也は足場を確認しながら、その会話を聞いていた。魔法を使う相手ではないので魔法防御を上げる必要はないが、防御力は上げて欲しい所だ。なんといっても鋼鉄製の盾をも、ひしゃげさせてしまう程の顎の持ち主なのだ。いま持っている盾は、鋼鉄製の方形の盾だが、『芋』相手では、これでも心許ない。
程なくしてエレーナが、茂みをかき分けて飛び出してきた。猛烈なスピードで竜也の横を走り去っていく。竜也は剣と盾を携えて待ち構えていた。
真横を通り過ぎようとする『芋』目掛けて渾身の力を振り絞って剣を振り下ろす。そして直ぐに真横に回り込む。足場は均されていて不安は無い。不安なのは、これからいったい何匹くらいの『芋』と戦わされるのかという事だった。
そんな事を考えていても気が滅入るだけなので、とにかく足さばきに意識を集中して戦闘を進めて行く。
昨日の疲労は、一晩寝ただけでは回復しきれておらず身体は重い。しかし、いい加減に効率よく力をかけて剣を振るコツを覚えてきていた。力をそんなにかけなくても重心の掛け方次第で、素早く剣を振り切る事も可能となっていた。
戦闘は順調だった。間合いの取り方は、だいたい分かって来た。ただ、やはり腰が高い事は自分でも分かっているのだが、どうしようもなかった。足腰の筋肉は一朝一夕にして付く訳が無い。誤魔化しながら楽できる所は力を抜く方法を編み出していく。
一匹目の『芋』を丁度倒し終えたタイミングで、ジェレミーが『芋』を連れて来た。すかさず『芋』の横っ腹に一撃を加えてターゲットを取り、足さばきに注意しながら戦闘を始める。
戦闘を開始して幾許もしない内にセシルが『芋』を連れて来た。少し早すぎる。此方は戦闘を開始したばかりで、まだまだ倒せそうに無いのだ。
竜也がそう思いながら焦っていると、ドリーヌがすかさず【睡眠】の魔法でセシルが連れて来た『芋』を眠らせてくれた。
安心して、いま対峙している『芋』に全神経を集中できると思っていると、エレーナが早くももう一匹の『芋』を連れて来た。無茶苦茶早すぎる。このペースで集められると、立ちどころに辺り一帯は『芋』で埋め尽くされてしまうだろう。
多少の焦りと懸念を抱きつつ、目の前の『芋』に集中する。
嫌な予感はしていたのだか、気が付いてみると辺りは『芋』で埋め尽くされていた。もう何匹倒したのかすら覚えていない。何時間戦っているのかすらも分からなくなっていた。
倒した芋はジェレミーの使い魔のユウスケが、埋め立てて足場を確保しているのだが、その事にすら気付いてはいなかった。
エレーナが、心配気に竜也の様子を確認しながらロベリアに視線を向ける。そろそろ限界が近いはずだ。調子に乗って『芋』をたくさん釣ってきてしまったが、いま竜也の周りに居る『芋』をすべて倒すことは不可能だと思われた。
「もうジャイアント・キャタピラーを釣って来る事は控えてもらって構いませんが、手出しはまだ控えていて下さいね」
ロベリアがそう言っている傍から、竜也は何の障害物も無い場所で足を滑らせていた。
エレーナは心の中で悲鳴を上げる。竜也の一瞬の隙を突いて『芋』が猛然と突っ込んでいく。慌てて必死に立ち上がった竜也は、盾で『芋』を殴りながら身体を真横に捻り、かろうじて『芋』の突進をいなした。
竜也は荒い息を整えるために、とりあえず『芋』の動きに合わせて横へ横へと回り込みながら身体を休める。
すでに剣を振るう腕も限界に達していた。剣の重量を支える為に肩に担ぐようにして持ち、剣を振るう時に反動をつけて垂直に持ち直す。我流だが、この二つの構えが長時間に渡って剣を振るう事に適していると思われた。
盾の重量も馬鹿には出来ない。腕に皮のベルトを通して持っているので負担は少ないが、如何せん鋼鉄製だ。元々少し重いと思っていた物だけに、今の状況では邪魔と思えるほどのお荷物になっていた。
しかし盾を捨てるという事は考えられない。盾は心の防御壁でもあった。そして、いざという時には殴れる武器にもなった。
死に掛けていて動きが鈍くなっていた『芋』で、十分とは言えないが体力の回復を済ませると、止めの一撃を食らわせる。
耳障りな奇声が途絶えると、辺りをゆっくりと見回す。魔法で眠らされている『芋』に周囲を取り囲まれている状況だった。
【睡眠】の魔法で、いったい何秒寝かせられるのか不明だが、『芋』が起きるより前から魔法を唱え出し、『芋』が起きた瞬間に再び眠らせるといった芸当をドリーヌはやってのけていた。
「タツヤ様、つぎ六時の方向の『芋』が十五秒後に起き出してきます」
竜也は後ろを振り返る。起きた『芋』の行動パターンは先程から一緒なので、予測は簡単だ。敵対心の一番高い相手に向かって攻撃しに行くので、この場合はドリーヌに向かって行くのだ。
『芋』が自分の右側を通るように『芋』とドリーヌを結ぶ直線の左へ移動する。肩に担いだ青銅の剣を、魔法の眠りより起き出してきた『芋』目掛けて水平に薙ぎ払う。見事にカウンターとクリティカルが決まり『芋』が一瞬立ち止まった。
『芋』が一瞬ひるんだ所を小技で体力を削りながら横へ回り込む。あとは足さばきに注意しながら戦闘を繰り広げていくだけなのだが、如何せん体力がもう限界だ。横へ回り込んでいると急に『芋』が反転した。
一瞬反応が遅れた竜也は、『芋』の尻から吐き出される粘着性の強い糸に絡め取られて、その場に倒れ込んだ。
エレーナの悲鳴が脳裏に響き渡る。必死で上半身を起こした竜也めがけて『芋』が覆い被さるように突っ込んでいく。辛うじて翳した盾に『芋』が食らい付く。
鋼鉄製の盾が圧力に屈したように撓んでいく。腕を通している革製のベルトから腕を引き抜こうとしたが、慌てていた為、うまく外れなかった。
ジェレミーが救援のために駆け寄ろうとしたが、ロベリアがそれを制止する。エレーナも魔法で援護しようとするが、それすらもロベリアは止めてしまった。
皆の顔が驚愕に歪められる。その表情を竜也は冷静に横目で捉えていた。前回『芋』に突進を食らって死を覚悟した時に起こった現象だった。恐怖も何もかも完全に麻痺した頭の中で、この状況から生還する為には、どうすべきなのかを沈着冷静に分析しだす。
今から革のベルトに絡まった腕を引き抜いていては間に合わない。それでは腕一本失う事になる。
—— 引いて駄目なら押してみろ! ってか?
竜也は盾を咥え込んでいる『芋』の口腔内に剣を突き上げるように突き刺した。青銅の剣は、まるで豆腐にでも突き刺したかのように、あっさりと鍔元まで突き刺さった。
『芋』はピクリと一瞬痙攣すると、その場で動きを停止した。
時間の流れが正常に戻り、周囲のざわめきが戻ってくる。止まっていた心臓の動きが、遅れを取り戻すかのように更に早鐘を打ち出す。竜也は全身の力が抜けたかのように、その場にへなへなと倒れ込み、大きく息を吐いた。
「良いでしょう。残りの『芋』を始末して下さい」
ロベリアの要請に、セシルは雷獣を召喚した。紫色の体躯を持つ巨大なライオンは、鬣を振りかざして咆哮を上げる。バチバチと鬣が雷を纏って引き立てられ『芋』目掛けて雷が迸る。
同時にエレーナが、雷系の魔法を放つ。雷獣の放った紫電と、エレーナの魔法が相乗効果を発揮して、巨大な雷の槍と化した稲妻が『芋』に突き刺さる。集団でいた『芋』は、一瞬大きく身体を震わせると生命活動を停止していた。
「大丈夫?」
エレーナが、へたり込んでいる竜也に心配気に声を掛ける。
竜也は、重い頭を気怠そうに動かしてエレーナを見上げた。荒い呼吸の為、言葉を発する事が出来ず、—— 大丈夫……。と思念で伝える。
「タツヤ殿の最後の動きは、ゾーンと呼ばれる現象です」
ロベリアが傍らに来て、何やら説明をしだす。
「時間の感覚がスローになったり、場合によっては止まって見えたり、まったく疲労を感じなくなったり、絶体絶命のピンチにおいて、唐突に打開策が閃いたりと、人によって現象は様々ですが、極限状態において開花する現象の一つです。このゾーン現象をいつでも任意に百パーセントの確率で発揮できれば、かなりの強みとなります」
竜也は、その場に仰向けに転がった。傍らまで寄って来ていたロベリアの下乳を漠然と眺めながらゾーンの説明を聞いていた。
スポーツ選手がハマる体験として聞いたことがある。しかし、任意に百パーセントの確率での発揮は不可能のように思える。仮に敵味方の双方がゾーンに入ったとしたらどうなるのだろう。二人とも相手が止まって見えたりしたらどうなるのかと考えあぐねる。
そんな取り留めのない考えをしていると、不意に横合いからエレーナに頬をつねり上げられた。
「どこを見ているの?」
「ロベリアさんの下乳」
エレーナの問いに素直に答える。
ロベリアは両手で胸をかき抱くと一歩後退る。
「ジェレミーさん。タツヤ殿はまだ戦闘が出来そうなので、もう一匹『芋』を釣って来てもらえませんか?」
ロベリアの要請に、ジェレミーは悪戯っぽく大きく頷くと颯爽と茂みの奥へ走り去って行った。
「冗談だよね……」
竜也は引き攣った笑いを顔に張り付かせる。エレーナに助けを求めるように視線を向けるが、何やら怒っているようで視線を合わせてはくれなかった。
「どうやらジェレミーさんは、本当に『芋』を連れて来るようですよ。一匹釣って此方に向かっている模様です」
セシルの敵探知報告に、竜也は重い身体に鞭を打って立ち上がる。まさか本当にもう一戦やらされるとは思ってもみなかった。
先程の戦闘で盾が破損していないか確認していると、セシルが慌てた声で警告を発する。
「どうやら通常種の『芋』ではないみたいよ! 全員戦闘準備! タツヤ殿は下がっていて下さい」
「まさかノトーリアス・モンスター?」
「種別特定。レクス・エールーカ、十二時の方向、距離百三十!」
セシルの報告に、皆の様子が慌ただしくなる。
ドリーヌは、素早く使い魔のリョウタを呼び出した。
「キスは、また後でね。今は急いでいるから、お願い!」
ドリーヌはリョウタを高々と掲げて、何やら魔法語を呟く。皆の装備が一瞬の間、淡く輝く。物理防御力アップを、皆に分け与える能力だ。更に【防御力強化】の魔法を、皆に掛けていく。
「レクス・エールーカ、通称『R芋』です。キング・キャタピラー、通称『K芋』のノトーリアス版です。魔法は一切効きません。そして剣でも、ほとんど傷が付けられないので戦闘は長引きます。前回戦った時は二年前になりますが、二十二人で戦って倒すのに三日間も掛かりました」
「それは『銀のスライム』よりも強敵なのでは?」
エレーナの説明に、竜也は驚愕の表情を浮かべて狼狽える。確か『銀のスライム』は十二人で死人が出るとかいう話だった筈だ。更に十人も多い人数で戦って三日間も掛かるとは、どれだけ強いのか想像すら出来ない。
「通常種の『芋』同様、強くは無いのですが、恐ろしく硬いのです。魔法が一切効かないのも難点で、タツヤの持っている青銅の剣では、毛筋ほどの傷も負わせることは不可能でしょう。攻撃手段としてはロベリアさんが持っている大剣と、セシルの召喚する精霊獣の物理攻撃くらいしか有効な攻撃手段は無いのです」
そうこうしている間に、ジェレミーが茂みをかき分けて飛び出してきた。さかずに必死の形相だ。
「ごめんなさい。とんでもない敵に絡まれたわ」
申し訳なさそうに、皆に謝る。
「タツヤは下がっていてね!」
エレーナは、竜也を自分の背後に庇うように立ち、皆の様子を見守る。
ジェレミーに続いて茂みの中から出てきた敵は、ジャイアント・キャタピラーの更に倍はあろうかという巨体の芋虫だった。通常の『芋』が緑色なのに対し『R芋』は黄色い色をしていて、ギザギザの黒い虎縞模様が非常に毒々しい印象を与えていた。
走り過ぎるジェレミーを追い掛けていく『R芋』目掛けてドリーヌが戦槌を振るう。タイミングよくカウンターを取ると、素早く横へ回り込む。
『R芋』はギイギイと耳障りな鳴き声を上げながらドリーヌを追い掛け始めた。
反対側の側面にいるロベリアが、淡く緑色に輝く大剣を渾身の力を込めて振り下ろす。まるで金属同士を叩き付けたような甲高い音を響かせて大剣が弾かれる。
セシルは、ジェレミーと共に距離を開けて戦闘を眺めているだけだった。
「ねぇ、何故セシルさんは、戦闘に参加してないの?」
さきほど有効な攻撃手段を持っているのは、ロベリアとセシルだけだと言っていた筈だ。なぜ有効な攻撃手段を持っているセシルが、戦闘に加わっていないのかを訝しみながらエレーナに問い掛ける。
「剣での戦闘は、周りに人が居ると邪魔になって満足に剣を振るえないのよ。敵の大きさにもよるけど、このくらいの大きさの敵なら四人が限度かしら。
でも、敵の特徴として正面は凶悪な牙のせいで立てないし、後方も糸に絡め取られると動きが制限されるから、結果として二人で戦闘しているのよ。
もう一つの理由としては、敵の体力が膨大過ぎて、戦闘が三日間も続くからというのがあるのよ。二人一組で一日八時間戦闘をこなして交代という形を取って休まないと、此方の体力が持たないのよ。あと些細な理由だけど……」
「ちょっと待って!」
竜也は今、聞き捨てならない事を聞いたような気がして話に割って入った。
「二人一組で八時間戦闘って、僕も人数に入ってるの?」
エレーナは、当然というように頷いた。
「滅多に戦えない『NM』なのよ。別に傷一つ付けられなくても良いから記念に戦っておくと良いわ」
いやいやいやいや……。何か感覚がずれている。八時間も戦闘を繰り広げる体力なんて無いに決まっている。
先程のただの『芋』相手でも死に掛けたのだ。もう剣を振るう力もほとんど残っていないのに、こんな状態で八時間も戦闘を繰り広げる事は不可能に思えた。
「心配しなくても、私達の出番は十六時間後よ。それまで身体を休めておきましょう」
そんな竜也の悲壮な心を読んでエレーナは、気楽に竜也の肩を叩いてリラックスさせようとする。
「まずは、ここに野営の準備をして、その後にお昼ご飯の獲物を狩りに行きましょう」
エレーナは、森の中に野営用の物資調達に入って行く。竜也はチラリと戦闘の様子を横目で見やった。
ちょうど『R芋』が、クネクネダンスで大暴れをしている所だった。ロベリアとドリーヌも戦闘のプロだ。その二人が間合いを見誤るような事をする筈が無い。
竜也が驚愕の表情で戦闘の様子を眺めていると、訝しげに先に進んでいたエレーナが戻って来た。
「レクス・エールーカは、時々ああやって大暴れして向きを瞬時に変えてしまうのよ。いきなり正面を向かれたら怖いので、暴れ出したら少し距離を置くと良いわ」
エレーナの解説に、竜也は生返事を返す。視線は戦闘の様子に釘付けだった。
ノーマル『芋』に比べて『R芋』は巨体に似合わず素早さは若干上だ。大暴れして向きをいきなりロベリアに合わせて来たのだが、ドリーヌが魔法で注意を引いてターゲットを取って横を向かせていた。
暴れた瞬間に、後ろに若干下がりながら『R芋』を挟む角度を変えて、二人が同時に頭と尻に向かないように調節しているのだ。その連携は見事な物だった。
「レクス・エールーカは、光と音に過敏に反応するから、正面を向かれてピンチになった方を庇うように、パートナーがタゲを取り返せば安全に戦闘を進められるのよ」
「たげ?」
聞き慣れない単語に、思わずオウム返しに聞き返す。
「ターゲットの魔法語よ」
エレーナの答えに小首を傾げる。魔法語じゃなくて略語のような気がしたが、まぁ良しとする。
しかし、そう言われてもエレーナと二人でパートナーを組んだとして、もしエレーナが正面を取られたとしても、ターゲットを取る方法を知らないし、取れないような気がする。
「別にタツヤはタゲの事を気にしなくて良いわよ。足さばきにだけ注意して戦闘を進めてくれれば問題ないわ」
竜也は、曖昧に返事をする。確かに今の自分に何かできるとは思えないし、足手まといにならないようにするしか無いと割り切り、野営の準備の為にエレーナと共に森に入って行った。




