↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
機械仕掛けの神の国  作者: 壷家つほ
第四章 傀儡の葬送
84/84

07. 蚊帳の外

 現代、命界の中央神殿前にて――。

「先触れが直前となってしまい、誠に申し訳御座いません。喫緊の要務が発生したものですから」

 腐神オデュレッタは出迎えた肉神カガネクテラコに対し、そう挨拶をした。顔には僅かに緊張が表れている。肉神の方も似た表情を浮かべていた。

《冥》と《命》は切っても切り離せない間柄だが、対極の性質を持つ。故に、冥界と命界の間には同じ《闇》側陣営でありながら蟠りが存在した。元水精の腐神は対立から少しばかり離れた場所に置かれているが、それでもいざ敵地に立つと意識に上ってしまう。しかしながら、腐神も肉神も職務に徹して本音は出さなかった。

 肉神は言う。

「ご連絡を頂く前から、渾侍の件は漏れ聞いておりました。彼の者を正しき道へと還す為に我々の力が必要なのですね?」

 腐神は片眉を上げた。使者にはアイシアについての話を持たせた筈なのに、と訝しんだ。彼女は相手の誤解を解こうと動く。

「いいえ、其方の問題ではなく――」

「大丈夫ですよ」

 優し気な声で紡がれる明瞭な言葉に遮られる。

「全て把握しております。事前に理神様よりご連絡を頂きましたので」

「理神様が?」

 青い眉間に皺が寄る。察するに、理神は「アイシアへの対応がアミュの問題を解決する糸口にもなる」と説明したのだろう。そうなる理屈はさっぱり分からないが、腐神は探求心を一先ず脇に置いた。

 彼女が最も問題視したのは、理神が冥界に何の報せも寄越さなかった点である。理神は屡々他者から見れば「道理に合わない」と思う様な行動を取る。《理》は該当する要素を含まない筈なので、タロスメノスという一個体の性質か癖に違いない。

 腐神は悪態を吐きたくなったが、寸での所で堪えた。同時に別の考えが思い浮かび、其方を口に出す。

「では、愈々あの御方も本格的に渾神討伐へ向けて動かれるのでしょうか?」

 すると、肉神は困り顔になって小さく首を傾げた。

「さあ、どうなのでしょう。そういった話は伺っておりませんね。ただ、もし貴女の仰る通りなら、アイシア・カンディアーナを生かす策を講じられると思うのです」

「確かに」

 小さく頷いて、腐神は黙り込む。無意識に彼女の利き手が反対側の肘を摩った。

(渾神の件だけではない。先々を考えたら、アイシアは残しておくべきなのかしら?)

《闇》側勢力は将来起こり得る《光》側との戦争を想定して動いている。腐神の様な量産型昇神が生み出されたのもそれが理由だ。よって、救世王女と称えられる程の実力と天界に処刑された過去を持つアイシアも《闇》側にとって優秀な戦力と成り得るのではないかと腐神は考えた訳である。

 けれども、彼女は即座に頭の中で反論した。アイシアはきっと《闇》側には手を貸さない、と。天帝の為に大人しく自害を選ぶ程の忠誠心だ。現在、素直に冥界の指示に従ってくれていることの方が奇跡なのだ。だから、気が変わって暴れ出す前に、アイシアには消えてもらった方が良い。そう結論付けた。

 ややあって、肉の感触に似た柔らかな大地を踏み締める音が耳に入る。見ると、大蛙の姿をした命精の官吏が参道を通り、此方へ近付いていた。腐神と同様、物思いに耽っていた肉神も気付いて「ああ、丁度良い頃合いに」と呟く。

 官吏が側まで来ると、肉神は幾つか言葉を交わした後に、相手が持っていた細長い薬瓶を受け取る。そして、その薬瓶を腐神へと差し出した。

「此方をお持ち下さい」

「これは?」

 薬瓶を受け取りながら腐神は尋ねる。肉神はこの時に漸く微笑んだ。

「アイシアの欠損部分を補っている充填物に作用し、死を阻害しない性質へと変化させる薬です。これを彼女に飲ませて下さい。効果は直ぐに現れるでしょう。但し、魂体が極度に劣化する可能性もあります。服用後の分解作業は早急に行ってください。それから、理神様よりアイシアへ向けた伝言を賜っております。アイシアどうぞお伝え下さい」

 一拍置いて、肉神は言葉を続けた。

「『全て《理》のままに。貴女の最期の務めを果たしなさい』と」

「『最期の務め』……」

 鸚鵡返しの呟きを聞いて、肉神は頷いた。そして、こう付け加える。

「また、貴女にも『理界への使者は不要』との言伝を頂いております。他の御言葉は私も伺っておりません。申し訳ありませんが」

 腐神は瞠目し、俯き加減になっていた顔を上げる。肉神は物問いたげな顔を腐神に向けた。理神の真意を聞かされていないのは事実らしい。

(既に手筈は整えてあるということか)

 何時もながら用意の良い女だ、と腐神は思った。胸の内に黒い感情が込み上げるも、関係のない肉神にそれをぶつけても仕方がない。腐神は強引に「手間が省けて良かった」と自分を納得させた。

「他に我々が行うべきことはありますか?」

 腐神は締めの問いを吐く。返答は予想通り「いいえ」であった。腐神は僅かに落胆しつつも「然様で御座いますか」と応じた。

「兎にも角にも、本日はご対応頂き有難う御座いました。命神様にもどうか宜しくお伝え下さい」

「ええ。道中お気を付けて」

 肉神の声音は何故か重い。彼女はまた表情を暗くして、去り行く腐神を見送った。



   ◇◇◇



 一方同じ頃、火界中心部にある火神宮殿内貴賓用宿舎の一室に、風軍の紋章が刻まれた鎧と《風》の精気を纏った兵士が「失礼します」と告げて入った。明らかに風神の使いであるその青年の顔を見て、マティアヌスは怪訝な表情を浮かべる。

「うん? 何処かで見た顔だな」

「僅かでも覚えて頂けて光栄です、マティアヌス将軍。風軍将官セシクトア閣下の許におりましたシンシミスです。現在は別部署となりましたが――」

「おお、思い出した! あのちみっ子かあ。今は風神様にお仕えしているのだな。大出世じゃないか」

 シンシミスはマティアヌスの投獄前から風軍にいるので、勤続年数は数千年に及ぶ筈だが、童顔と低身長、加えて垢抜けない様子から未だに新人に見える。そうした彼にマティアヌスは立ち上がって近寄り、ぐしゃぐしゃと荒々しく頭を撫でた。

「ちょっと、止めて下さいよ! 報告を、報告をさせて下さい!」

「おっと、済まん済まん」

 頬を膨らませて藻掻くシンシミスに苦笑しつつ、マティアヌスは彼を開放する。然る後に真顔になってこう尋ねた。

「それで、俺達の所に報告しに来たってことは、シャンセや渾侍の居場所について何かしら掴めたと受け取って良いんだよな?」

 シンシミスは乱れた髪を整えながら答える。

「『掴めた』と直接的に言って良いかは分かりませんが、地界の方で動きがありまして」

「嫌な予感がするな。何だ?」

「天軍が水軍を伴い、地上界に侵攻しました。守りが固く、地下への侵攻は今の所叶っていないようですが、恐らくは時間の問題でしょう」

 顔を歪め、マティアヌスは唸る。

「シャンセを攫った〈祭具〉は地界産の物に酷似していた上に、現場には《地》の精気が残っている。更には、少し前に俺達は砂神様と揉めている。つまり、一番疑わしいのは地界って訳だ。はあん、さては兵器開発に長けたシャンセを手に入れたのが天界にばれたな。かなり不味い状況だ。因みに渾侍の方は?」

「其方は相変わらずです。渾神様も行方知れずのままで……」

 マティアヌスは「そうか」と呟いて腕を組んだ。考え事をしている風であったが、答えを出すのに然して時間は掛からなかった。

「俺達もそろそろ次の方針を出した方が良いのかもしれないな。不本意だが、一応渾神とシャンセは俺達の後見役を果たしていた。しかし、その両方が居ないとなれば、火界が俺達を庇護する理由は皆無だ」

「今直ぐ放り出されることはないとは思いますが、風神様は一度マティアヌスさんと話がしたいと仰っていました。遠からず連絡が行くかと」

「了解した。それまでに考えを纏めておくよ」

 斯くして再会の時間は終わった。シンシミスは多忙らしく、懐かしい相手と雑談はせず、別れの言葉だけを告げて立ち去った。



「で、どうするの?」

 眼前に戻り腰を下ろすマティアヌスに向かって、キロネは待ち切れないとばかりに話し掛ける。すると、彼は少し不機嫌な顔になった。

「否、お前こそどうするつもりなんだよ? そもそも、俺とお前が一緒に行動する必要性は全くないんだぞ。自分の事は自分で決めろよな」

「目的が同じなら、協力し合った方が良いって話だったでしょう? 皆が単独で行動するよりは」

「今迄お前が戦力になったことは、一度たりともなかったのだが……」

 吐き掛けたい文句は山程あったが、マティアヌスは全てを喉の奥に押し込んだ。言っても不毛な争いが始まるだけだ。そうしたものに時間を掛けるべきではない。

 細く長い息を吐いた後、マティアヌスは相手が希望した答えを提示する。

「まあ、俺の最終目的は変わらないよ。光神様の御復帰と天帝の排除。それに尽きる。ただ、手段は変えないとな。自分の力不足は重々理解している。シャンセも渾神も当てに出来なくなった以上、別の誰かに助力を求めなければならないだろう。問題はその相手を誰とするか。シャンセは『当てがある』と言っていたから、其方と繋がれたら一先ずは落ち着くんだがなあ」

「天帝の敵で光神様の味方、且つ力のある神なんでしょうね。一体、何方かしら? 真っ先に思い付くのが渾神になってしまうのだけれど」

「言う程天帝の敵か、あの女神?」

「過去のあれやこれやを鑑みるに、下手をすれば《闇》側よりも恨まれてるんじゃないの? 渾神の方は楽しんでいるのでしょうけど」

「ははっ、渾神に関する事案だけは天帝に同情するよ」

 マティアヌスは肩を竦め、ややあってまた溜息を吐く。振り回されているのは彼等も同じだ。独善的で気分屋で、路傍の石たるマティアヌスやキロネには見向きもしない。側にあっても離れても、常に災禍を齎す困った女神である。

 ふと、マティアヌスはキロネを見る。そこにはマティアヌスよりも一層暗い顔があった。しかしながら、キロネの頭を占めていたのは別件らしい。

「〈星読〉……また役に立たなかったわね」

「何だよ、唐突に」

「ちょっとね『渾神の行動は〈星読〉では測り難い』って話を思い出したものだから。あの方の特性とシャンセが〈星読〉に依存しがちなのを逆手に取った策なのかもって」

〈星読〉の悪用は発表された当初より指摘されていた問題だ。特に天人大戦においては実行に移す者が度々現れたので、当時は〈禁術〉に指定すべきとの意見が多く上がった。早々に理神が星精を隠す対策を執ったのと、後に〈星読〉と繋がりの薄い渾神の関与が公になった為に批判は沈静化したが。

「どうなんだろうな。確かに誰かしらがやりそうではあるけれども」

「ええ、絶対に許されない行いよ。《理》に反するんだもの。《顕現》世界を滅ぼさんとしているに等しい。昔はそういった過ちを犯す者はいなかったのに。やっぱり光神様の御威光があったからこそ、保たれていた平和だったのだわ」

 過去に思いを馳せながら、当時は絶対にしなかったであろう表情をキロネは浮かべている。神戦開始以前――光神が倒れた辺りから、彼女は屡々今と同じ顔を見せる様になった。《光》の精霊でありながら、心の内に闇を飼っているのだ。

「《理》に反すると言えば。ねえ私、実は未だに魔神のこと、ちゃんと理解出来てないのよね。何かこう、色々とごちゃごちゃしてるでしょう。神戦の元凶説と光神様の実子説は知ってるんだけども」

「話があちこち飛び過ぎ。不安なのは分かるが、少し落ち着けよ」

「だってさあ……」

 自覚はあるのか、キロネは不満気に頬を膨らませつつも口籠る。片やマティアヌスは仲間を無知のままにはしておけず、渋々相手の期待に応えた。

「まず、神戦についての俺の見解は通説通りだ。真の元凶は渾神。光神様に余計な進言をしたからな」

「『進言』ねえ。大戦の裏で色々やってたって噂だけど、何処までが真実なのかしら。余りに罪状が多過ぎて、一部は渾神の失脚を狙った冤罪なんじゃないかとさえ思えてくるわね。ほら、私達も天帝に似た様なことをされたじゃない?」

「否、俺は現場に居たんだよ。侵攻の理由とされていた『《闇》側世界の不安定化と不道徳性への対応』は表向きの話で、実際には光神様の弱体化を改善するのが目的だったのはお前も知ってるだろう。今や公然の事実となってしまったからな。その具体的な遣り方を提示したのが渾神だったんだ」

「何ですって?」

 マティアヌスは遠方を眺める様に目を細め、僅かに顎を上げる。

「今でもはっきりと思い出せる。印象的な光景だった。渾神が光神様の御寝所に山神様を連れて遣って来てな。《元素》を奪うよう、笑顔で進言したんだ。心身共に弱っておられた光神様は奸臣の甘言を聞き入れ、手ずから山神様を殺めてしまわれた。山神様は信じ難いという顔をされて消えて行ったよ。そして悍ましくも、本当にそれで光神様の御体調が一時的に回復されてしまったんだ」

「そんなことが!」

「ああ。しかも、あの女神はそこで終わらせてはくれなかった。事が済んだ後、渾神は『《理》は変えられる』といった主旨の妄言までほざきやがってな。光神様は過去に拝見した覚えのない御顔をされて、まあ以降はお前も知っての通りだ。あの御方は益々渾神に心酔してしまわれて……」

 会話が途切れる。締め切られた窓が外の風に揺らされて、かたかたと鳴る。

 ややあって、キロネが先に口を開いた。

「貴方、よく今迄渾神を前にして、ああも落ち着き払っていられたわね。本当に諸悪の根源じゃない」

 すると、マティアヌスは苦笑いしながら肩を竦める。

「手段に拘れる程、俺達の現状は良くないだろう? それに渾神が唯一の原因って訳でもない。《顕現》世界を今の形にした要素は他に幾つもある。言うまでもないが、光神様の御神意も」

「そうかもしれないけど……」

 キロネはまた言葉を詰まらせる。思わず俯く彼女に構わず、マティアヌスは話を続けた。

「問題はこの件が起こったの、魔神が闇神様の後継者に据えられるよりずっと前なんだよ。更に言えば、奴の存在が公表される前だな。指名時に光神様が魔神を支持されていたのは?」

「勿論、知っているわ。だから、辻褄が合わなくなってしまっているのよね。御自身の施策を理由に戦をされているという」

「多分察しは付いていると思うが、その段階から既に戦争は始まっていたんだよ。魔神は《闇》側を嵌める為の『罠』だ。もしかしたら、間諜だったのかもしれない。目的は《闇》側に不協和音を招き、侵攻の口実とすること。恐らく奴の誕生にも光神様は一枚噛んでおられるのだろう。実子かどうかまでは分からないぞ。だが、可能性は無きにしも非ずだ。取り敢えず、お前が挙げた二点についての概要はそんな感じだな」

 キロネは「ああ」と呟き、両手で顔を覆った。碌でもない――そう感じて、キロネは喋れなくなる。

 一方、疾うの昔に心の整理を終えたマティアヌスは淡々としてた。

「ただまあ、《闇》側も馬鹿じゃない。魔神は言葉巧みに支持者を増やして一大勢力を築いたが、先代闇神様は最期まで奴を信用されなかった。幻神様に位を譲られたのも、死に際に他の者がいなかったというだけでなく、多分あの御方の御本心でもあったんじゃないかな」

 感慨深げにマティアヌスが言うと、キロネは彼を見て何度か唇を動かした後に再び下を向いた。マティアヌスは少しだけキロネに同情する。けれども、然程間を置かず「今は構っていられない」と思い直した。

(魔神は光神様側だった。加えて天界とも敵対している。であれば、奴との共闘も視野に入れるべきなのか?)

 しかし、直後にマティアヌスは否定する。魔神は間違いなく捨て駒だ。光神は彼を味方の範疇には入れていない。また、魔神の方も己のそうした扱いを良しとはしないだろう。ならば、実質敵だ。手を組んでも意味はない。

(それに、魔神は俺達をシャンセの召使位にしか思っていないみたいだしな。彼方を頼っても、半笑いで追い払われるだけだ。他の相手を探した方が良い。だが、他に誰がいる?)

 マティアヌスは自分やシャンセと関わりのあった神々を順繰りに思い浮かべる。そこでふと、ある神に目を止めた。独自の領地を有する高位神、且つ《光》側にも《闇》側にも注目されていない安全地帯――。

(ひょっとして、シャンセが言っていたのはあの御方か?)

 マティアヌスは口元を利き手で押さえ、小さく唸った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。