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第十参節「白銀」

穏やかに勇ましくカツカツと靴音を響かせる者がいた。外の喧騒をないものと断じるように気高さを醸し出しながら歩みを進める。工場の一角、彼は悠然と参上する。

「若、どうしたんです?」

「いけるよね」

青年は当然のことのように言った。

「行けるってまさか若これに乗るつもりじゃ」

「そうだよ」

白銀の機体を前にして恍惚の笑みを浮かべる。

「無理ですよ。こいつは外部ネットワークと遮断してますし、こいつのOSも型が違うとは言え発展型ですからね。外があんなんじゃどんな影響が出るかわかったもんじゃ」

「大丈夫だよ、マニュアルで動かすし」

「マニュアル!?何いってんですか!!そんなもん四肢で全く違う動きをしながら右見て左を見るようなものですよ」

「例えがむちゃくちゃだな。でもわかってる。できるよ僕なら。ずっとこの子と一緒だったからね」

「若・・・」

青年の笑顔に工員は何も言えなくなった。

「僕はこの子のテストパイロットだから」



「さっきから彼の動き変じゃないかしら」

「ムツミもそう思う?わざとなのか知らないけど緩急のつけ方が不自然なのよね」

「もしかして・・・。あの」

「ああ、相当機体がいかれちまってるのかもしれない。あの様子じゃ推進機関か?」

「そんなあ」

「このままじゃあの子ただじゃすまないぞ」

「獅童くん、時間がないわ」



「イクス、作戦時間を超過している。早くしろ」

「わかってる、こっちだって必死だ。こいついい加減に」

再度ミサイルが怒涛の勢いで燐を八方から襲う。

「くっ!!今やられたら」

まるで天駆ける龍のようにクネクネとミサイルの追っ手から逃げる。今のコンディションで爆撃をまともに喰らえば身も機体も終わりかも知れない。ミサイルの誤爆を誘うように無秩序な軌道で相手の目をかく乱する。狙い通りひとつ、二つと燐に届くことなく消えていく追跡者。それでも生き残ったそれが食らいつくことをやめない。そこに機体トラブルがさらに追い打ちをかける。推力が大幅にダウンした。ミサイルの弾速が燐を上回った。それでも最後まで諦めない。その覚悟を鼻で笑うようにミサイルが燐を喰らい尽くそうとした。その時。

機銃音が耳に届いた。だがそれはイクスのものではない。ミサイルの横腹をつつくようにドラムロールが鳴り響く。たまらなく爆発していくミサイル。燐をおっていた追跡者はひとり残らずくず鉄と煙に姿を変えた。

その姿は曇天の空の下、光をはなつ太陽のようにそこにあった。太陽ではないいうなれば月、月明かり。白銀のボディに身を包み悠然と天空にあるそれ。白銀のAW。

「また邪魔が入ったか。ここまで作戦が狂うとは」

イプシロンの言葉にはあからさまな苛立ちが混じっていた。

「苛立つなイプシロン。私とて気持ちは同じ。だが」

イクスは闖入者を注意深く観察した。

「ちっ、あんな機体はデータにない。つまりは」

「ああ、あれが例の機体らしい」

「どうにも好き放題にやってくれたみたいだねうちの庭で」

バイザーでその顔は分からないが微かに覗かせる金色の髪色。落ち着き払った声色。この状況で現れた第三者はおそらく援軍なのだろう。燐はそう捉えた。

「あんた味方なのか。その機体なんで動いて、そんなもの」

「まあまあ、質問に答えるのもやぶさかではないけれどそれは後で」

「ニューモデル。既に実用段階に入っていたとは計算外だ」

「それにどうやら新型は電波干渉を受けつけないようだ」

「まあ殲滅対象が増えただけでやることは変わらない。目標を破壊すればいいこと」

イクスは目標を燐から新型機へ変え銃口を構えた。

「いいかい。君の機体であれとやり合うのはこの状況では無理だ。だからきみにはあちらを狙ってもらう」

新型機のパイロットはイプシロンに目を向けた。

「あれを墜とせば電波干渉は止む。そのあとならば十二分に救援を期待できる。いいかい」

「ああ、でもあんた」

「僕は大丈夫さ。それにこの子のデビューが実践ていうのもわるくない。さあ早く」

言われたとおり燐ははるか上空のイプシロンを見据える。

「そうはさせない」

燐に追撃をかけようとするイクスのまえに銀の君が立ちふさがる。

「君には僕の相手をしてもらう。さんざん家を壊してくれた礼をたっぷりしないと」

右腕に備えられたハンドガンがイクスを襲う。

「そんな装備で」

ミサイル掃射と同時に機銃放火を加えイクスは攻撃を開始した。その攻撃を銀は悠々と躱していく。それはイルカが泳ぐさまを真上から見ているようで優雅で美しい流線であった。

「くそ、新型というだけはある」

かわしては攻撃を幾度も繰り返していくそのさまは半ば一方的に嬲っているようにもみえる。機動性を犠牲にしたのが裏目に出たのか一点にとどまったまま放火を一方的に浴び続けるイクス。そこへ超近距離でのスタンスティックによる格闘攻撃も加わる。スタンスティックによって装甲を無視して確実に手傷を負わせていく。イクスはただただ悶え苦しむ。



「あんな機体みたことない」

地上の観衆は突然の白銀の君の登場に湧いていた。

「ニューモデルがなんで」

「えっ!?乗ってるの御曹司だって!?」

「ぼっちゃん何してんだか」

「嘘だろ、補助制御を切ってるってそれであの動きか!?」

社員たちが騒ぐ中、睦海とペドラは話のすべてを理解できないでいた。

「ねえみんな何言ってるの?」

「おそらくあれは近々GICが発表予定の新型よ」

「新型!?」

「それと彼、あれに乗っている人はどうやらここの関係者みたいね」

「ねえねえ制御切ってるって・・・」

「ええ、信じられないけど」

驚くのも当然である。空を浮かぶ銀の君の動きはどこにも無駄がない。補助制御使用時と遜色のない動きを見せていた。


白銀とイクスが交戦しているそのさなか燐はほかに目もくれずイプシロンに迫っていた。

「くっ、想定外が多すぎる」

燐の追撃を振り切ろうとイプシロンが回避行動に出た。非武装であるものの機動性は燐のクラシックモデルよりはるかに上、出力も同程度はある。寸でのところで燐の攻撃をことごとく躱していく。

「くそ。こいつさえこいつさえ落とせれば」

手を伸ばせど霞をつかむようにけしてその手は届かない。あと一歩の距離が縮められない。延々といたちごっこを繰り返す。雨に打たれているのにその体は熱を帯び伸ばす腕も重く感じられる。焦りばかりが募っていく。


ミサイルが銀の君めがけ突進していく。その全てをダンスのステップを踏むかのように鮮やかに躱す。

「なぜ当たらない。それほどの性能だというのかGICの新型はっ!!」

イクスの顔からは焦りの色がありありと見て取れた。

「そうだね。この子はとても感じがいいんだよ。けれどそれだけじゃないきっと。僕は開発当初からこの子のテストパイロットをやってたからね、クセはすべてわかるんだ。僕自信はまだまだ未熟だけれどこの子となら君に遅れをとることは決してない。そんなことありえないとだけいっておこうか」

歯を食いしばりイクスは湧き上がる怒りを懸命に抑える。鬼の形相で。すっと突如色を変え不敵に笑をこぼす。

「ふっ、ふふふ。正直驚いた。まさか傷一つ付けることがかなわないなんて白いの」

するとイクスはおもむろに全身の武装をパージし始めた。重力の導きに乗って水滴と共に地表に落ちていく鉄の塊たち。激しい轟音をたて地面にそれらは散っていった。

「プランを変更する。D装備をこちらへ」

演習場から程よく離れたその場所に通信を飛ばす。そちらではイクスからの通信を受けすぐさま射出準備に取り掛かっていた。

「ここに来てまだ隠し玉があるのかい。これは驚いたな」

「ミッションに則した装備を手配しただけだ。どうということはない。だがこれで貴様を退屈させることもなくなるだろう」

遠くで花火の打ち上げのように空へ登る光が確認された。その光はこの曇天の中でもはっきりと目視できる。

「イクスが装備を換装か。しかしこちらはそういうわけにもいかない。さてどうしたものか」

「ブツブツ言ってんな。とっとと落ちればいいんだよ」

燐の腕からすり抜けていくイプシロン。

「目標確認、これよりドッキング作業に移行する」

「悪いけどそうはさせないよ」

行く手を遮るように銀の君が前に立ちはだかる。

「無理にでも通らせてもらう」

イクスは銀の君の眼前で白煙筒に火をつけた。白い煙で視界を遮られ数秒判断が遅れてしまう。その隙にイクスは換装を開始する。

「ナビゲーション、ドッキングモード。これより換装を行う」

先ほどとは色の違う大きな鉄塊を次々と身に纏っていく。白煙を抜けイクスを追う銀。けれど彼が目標を見つけた時にはすでに換装し終えた後だった。身の丈の倍ほどある巨大な両翼。巨大な爪のような形をした左腕。そして右腕にはピザカッターのような大きな兵器が握られている。

「ひゅ~♪なんだいその装備は。実に興味深いね。これはますますどこからの回し者か知りたくなっちゃったよ、僕は」

「いい趣味だとは思わないか?いかにも兵器って感じがするだろう?」

「そうだね。で、今度はそれで僕を楽しませてくれるわけか」

「期待に応えられるよう努めるさ」

背面の羽は一般的なもののふたまわり以上ある。その羽に今火が灯る。急激な初期加速によって一気に銀の君に詰め寄る。

「速いね、とんでもなく」

風を切り裂く音が聞こえるほどの速さで襲いかかる。右手に持った円状のカッターが金切り声をたて迫り来る。その攻撃を変わることなく軽快なステップで身を翻しよける。

「残念だけど装備が変わったからといってそう簡単にはやらせないよ」

けれどイクスは表情を変えない。

「想定の範囲内だこのくらいは」

そして大きな旋回をへてまたしても襲い来る。その攻撃を二度三度躱していく。

「意図がわからないな。その機体の瞬間速度には目を見張るものがあるがそれでも」

何度目か攻撃同じように相手の攻撃をかわす銀の君。しかしこの時ばかりはイクスは目標をすり抜けても直線上を飛び続けた。

「一体何を?」

呆れの声をにじませ銀の君が言葉をこぼすが次の瞬間には己の浅慮を悔やんだ。イクスは銀の君を越えさらにその直線上にいるイプシロンと交戦状態にある燐を目標として見据えていた。

「そういう・・・」

すぐさまイクスの背を追って飛び立つが今更間に合うはずもない。旋回能力を犠牲にした愚直なまでの加速性能それによってみるみる間に燐に迫る。

「逃げるんだ、君!!」

叫べど嵐に遮られ彼の声は燐には届かない。

「いつまで逃げれば気が済む!!」

眼前まで迫ったところで風の音でようやく燐はイクスの存在に気づいた。間に合わない。横腹をなぎ払う形でカッターの一撃が燐を襲う。

「なっ!?」

金属が激しくぶつかり合い雨の中でも鮮明に火花が飛び散る。まるでバットを振り抜くように燐の機体は叩き飛ばされた。力を殺しきることができず抵抗虚しく地上に叩きつけられ地を滑り転がっていく。誰もが唖然とした顔で一部始終を見つめていた。

「獅童くんっ!!」

「リン!!」

目を丸くして睦海は叫んだ。彼女に似つかわしくない悲鳴にも似た叫び声を。周りの制止を振り切り睦海とペドラは燐に駆け寄る。

「大丈夫、獅童くん?しっかりして」

「リン起きてリン!!」

懸命に体を揺するペドラ。その装甲には割ったような亀裂が入っていた。

「そんな・・・」

惨状を前に既に睦海は冷静さを失っていた。愕然と燐を見つめる彼女の頬には雨によるいくつもの筋が浮かんでいる。

「くっ!!やってくれたね」

銀の君は飄々とした態度から一変、憤りを顕にした。

「ようやくその顔を見せたか。先までの態度は正直気に入らなかった。まさしく一矢報いた形だな」

「さて、これで数の上でこちらが優位に立った。終わりを始めようか」


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