第十四節「獅童燐」
「舐めてもらっては困るよ。僕はやれるよ一人でも」
そう告げると堰を切ってイプシロンに迫る。しかしそうはさせぬとイクスが間に割ってはいろうと攻撃を繰り出す。その攻撃をかわしながらひたすらイプシロンだけ狙う。こうなった以上是が非でも先に作戦の核を潰すのが先決だ。けれどイプシロンもそれを察してか寸でのところで攻撃をかわす。そこへまたイクスが攻撃を仕掛ける。2機を意識の端に置きながらの戦闘は徐々に彼を疲弊させていく。
「血っ!?」
言葉の通り燐は額から血を流していた。落下時に強くぶつけてしまったのだろう。ヘッドバイザーで切ってしまったようだ。他にもスーツで隠れたいたるところに打撲痕があることはみなくても明白だった。気を失った燐の姿に衝撃を受けた睦海は全身から血の気が引いていくのを感じた。そんな睦海をよそにペドラは懸命に声をかけ続ける。
「リン、起きて!!目を開けて!!大丈夫だから、ねえ!!」
雨に打たれた鋼鉄のボディーは凍ったように冷たい。その奥の燐の体もさぞ冷たいことだろう。ペドラはそっと燐の首元に手を伸ばす。
「あつい、なんで?」
燐の体は血の通わない機体とは対照的に雨に濡れているのもかかわらずとてもあつかった。
「彼はもうダメか・・・」
隙を盗んでは燐の様子を伺う銀の君。この状況下では燐の再起こそが唯一の希望だが望みは非常に薄い。如何せん一人でどうこうできる状況ではない。
「よそ見をするとは楽観視しすぎではないかっ!!」
イクスの左腕が銀の君を襲う。
「そこまで自惚れてはいないよ」
身を翻し間一髪のところで攻撃をかわす。反撃にハンドガンの雨を浴びせる。その攻撃もかすり傷と威嚇が精一杯といったところだ。そこへ別方向からさらに攻撃が加わる。
「困ったね、そちらにも武器を持たれたらいよいよ持って絶望的かな」
いつの間にかイプシロンの腕には小型の銃が握られていた。攻撃の最中またしても支援部隊からの補給が受けたようだ。
「ならこちらも打てる手は打ち尽くさなきゃグッドエンドは拝めないか」
「世迷いごとを!!貴様もその新型も今日が命日だと知れ!!そいつが日の目を見ることはもはやない」
2機による挟撃で戦場は更に加熱していく。
沈んだ意識の中燐は自身が昏倒していることを感覚で理解していた。まるで夢を見ているようなふわふわした感覚が彼を包む。あつい、彼は意識の海でそう漏らした。気を失っているにもかかわらず燃えるような熱さが燐を苦しめる。その熱さのなかでわずかながらの涼やかさを感じる。焼け石に水を浴びせるように飛沫が触れては弾け蒸発するように。燐は薄めを開く。真っ暗な空が変わらず暗闇にいるように錯覚させる。自分の体を懸命に冷やそうとする雨を表情をゆるめ全身で受け止める。
「リン、気が付いた?わかる?ペドラよ」
ペドラの声に茫然自失だった睦海も膝を折って燐に近づいた。
「ダメ、無理に揺すっては」
まだ完全には覚醒できていない燐だがそれでも誰かが呼びかけてくれていることには気づいていた。誰かが俺を呼んでいる。悲しそうな声で。よく見えないな、けど泣いているんじゃないかそんな気がするのはなぜだろう。おれはどうしていたんだっけ、なんで寝ているんだろう。燐の心の声は彼女たちには届かない。心配するな、泣かないでくれ。そう伝えたいけれど熱さ以外今は感じられない。
「君たちどきたまえ」
数名の社員が駆け寄ってくる。そばにはAW用の可動ハンガーと担架が置かれている。
「彼の装甲をパージする。だいぶ損耗が激しいようだ。最悪分解しないとダメかもしれない。すぐに確認したいからそこを開けてくれ」
言われるがまま睦海とペドラは燐から距離を開けた。白衣を着た男性が燐の喉元に手を伸ばす。
「だいぶ脈が荒れているね。点滴を用意しておいたほうがいいかもしれない」
「すいません、あの、いま通信が入って」
「見てわからないか、今はそんなことに構ってる場合じゃ。おいそっちは?」
「それが至急の要件だそうで」
作業着姿の整備員、白衣の医者、スーツ姿の社員が燐を取り囲むように忙しなく動き回っている。離れて様子を伺うことしかできない二人は自分たちの無力さを嘆いていた。
「仕方ないわ。あなた達はまだ学生。かく言う私もこの状況では見ているだけですもの」
びしょ濡れの二人に雨具と傘を差し出すユーディット。大人の彼女でさえ今できることは限られている。
「よし、なんとか外せそうだ。ハンガーに機体を固定、その状態からパージする。その後は指示通りに動け」
人の手では持ちあげられない燐の体を機械で吊り上げハンガーに誘導する。終始項垂れたままの燐。まるで人形のようで見ている人間に悲壮感を与える。その姿からは生気を感じられない。
「固定完了、パージします。」
「中身は意識がないんだ。慎重に扱え」
思い鎧を脱ぎ捨てた燐を男数人で抱え込む。そして流れるように担架へと運ばれていく。
「思ったよりも体温が高い。急がないと」
そこで燐の様態が急変した。身を震わせ這いずるように身を起こすと悶えるようにして胃の内容物を吐き出した。痛々しい苦しみの声を上げ透明に光る線を口元から伸ばす。
「リン!!」
「獅童くん!!」
たまらずかけより燐の背に手を掛ける。2,3度嘔吐を繰り返し荒々しい息を漏らす。落ち着きを取り戻したかと思うと今度は身を抱き震えだした。発熱から一変寒気が彼を襲う。急激に顔色も変化していく。見るに見かねた二人はたまらず燐を両側から抱きしめて少しでも彼を暖めたい楽にしてあげたいという一心で。
「なんだって!?そりゃあるにはあるが・・・」
「彼は病人なんだぞすぐに医務室に連れて行くべきだ・・・だからそんなことは」
まわりで雑音が聞こえる。寒さが容赦なく襲ってくる。けれどどうしてだろうそれを力強く誰かが抱きしめてくれている。
「・・・さん、・・・ラ」
今の燐には言葉を紡ごことすら難しい。ただ名前を呼ぶだけでも頭が働かない。
「・・が・・」
薄く開いた口から今の思いを投げかける。
「わかった、最善は尽くす。けどそんなこと無理に決まってる」
医務室には行かず雨を凌げる近場へと避難した燐たち。横たわった燐の手を両側から両手で包み込む。二人にとって今起きている惨状より燐の様態のことしか頭にはない。冷えた手を自身らも冷えきっているにもかかわらず温めようと握り続ける。早く目を覚ましてほしい。願わくばすべてが何事もなかったのように終わって欲しい。それはこの場にいる人間すべての願いでもあった。
孤軍で空中戦をなおも続けていた白銀。燐が倒れてからどれくらいが経っただろう。二機をあいてにこうも長時間耐え忍んでいるのは最新鋭機の性能ゆえかはたまた卓越した技能によるものか。
「いいかげんくたばりなよ。こっちもヒマじゃないんだからさ」
イクスの怒り節が飛ぶ。
「君たちが僕に優しく同一直線に並んでくれたら嬉しいんだけどね」
「甘えたちゃんだな、さすがに諦める気なったか」
両翼に挟まれ実際避けるだけで精一杯だ。ここまで来ると躱すのも完璧ではない。すでに幾多の縦断が白銀の装甲をかすめている。幸い能力に影響を与えるほどではないが。
「チラチラあちらを気にしているようだなぁ。貴様はアレが再起すると本気で思ってるのではあるまいな」
「期待するのはいけないことかい」
「そうはいわない。あいにく私は神に祈ったりはしないタチでな」
「僕だってそうさ。神を信じるんじゃない。自分とそして彼を信じるんだ」
「ついさきあったばかりの人間をなぜそこまで信じられる」
「そりゃはじめてじゃないからさ。それに僕もバカじゃない全幅の信頼なんか置いてない。期待を賭けてるんだ。こうみえてギャンブルは嫌いじゃないんだよ」
「そうかい、なら博打野郎は消し炭になりな」
イプシロンとタイミングを合わせるように左右から同時に距離を詰める。その間も銃撃はやめない。ギリギリまで惹きつけたところで白銀は上昇、二人を同一視野に誘いこむ。けれど折角の機会も今攻撃を仕掛ければただの的にされる。ここは神経を一点に集中できたというだけでよしとする。
「わたしは実力主義のチェスが好きでね。そんで取れるコマはとことんとってから勝つのさ。後顧の憂いは残しちゃまずいからね」
「そうなのかい、でも欲張り過ぎは身を滅ぼすよ」
威嚇用に数発反撃をしたところでいよいよ残弾が心もとなくなってきた。
「知ってるかい、日本には碁という遊びがあってね」
「なんだい、何の話がしたいんだ」
「君がチェスを持ち出すからだよ。日本に行くことがあれば極めてみたいと思ってるんだ」
「そうかい、じゃあそれはかなわぬ夢だね」
イクスは最大加速で垂直上昇した。右腕の巨大な爪を前に突き刺すように。同じく真上に登っていた白銀、浮力を上昇に傾けているためこればかりは回避困難だ。
「幕は閉じるんだよぉ!!」
イクスの叫びが加速を後押しした。
医務室から持ちだした簡易レスキューセット。横に寝かせられた燐に点滴が注がれる。
「よかった、さっきより顔色良くなったんじゃない?」
「そうね、最初の数分は度々痙攣で、ほんと・・・」
「大丈夫だってムツミ」
この間も二人は燐の手を握ったまま、現にかなわなくても力を分け与えようと気持ちを込めていた。
「どうです、容態は」
傍に立つユーディットが医師に問いかける。
「点滴は効いてるでしょう、血色は戻ってますし。重体かはないでしょうが絶対安静ですね」
燐に付き添う数名以外は上空の大激突に夢中だった。目が離せない戦い、GICの御曹司が前線にいるともなれば社員として気にならないわけがない。皆、自分が何かできないかとバタバタとまわりを行き交っている。
「ちょっと!!静かにしてよ。燐が休めないでしょ」
ペドラが檄を飛ばが誰も聞いちゃいなかった。
喧騒のためかどうかはさておきピクリと指先に反応が生じた。ずっと手を握りしめていた二人にはすぐに分かった。
「獅童くん!!」
「リン!!」
薄まぶたを幾度と無く瞬きさせ光を感じ取ると燐は半目をあけた。続けて燐に呼びかける二人だがまだ完全には意識が定まらない。それでも何か応えようと握られた手に力を込める。その反応にわずかな安堵を示す。口をパクパクと動かす燐。ペドラは耳を近づけた。けれどペドラは何度効いても聞き取れない。不自然に感じた睦海は自分に代わるよう促す。しゃがれた声で精一杯、音を紡ぐ燐。燐の言葉を聞いて睦海はハッとする。目の前に誰がいるのか認識できない燐は返ってこない反応に力を込めて行った。
「みずっ!!みず、くれぇえ!!」
それほどではないにしろ予想以上の声量に睦海は跳ね上がってしまう。
「水、水よ。誰か持ってきて」
戸惑って自分が日本語で言ったことに気づくとすぐさま英語で反復した。
哺乳瓶を飲ませるように口に水を注ぐといよいよ燐の覚醒が促され。握られた手を振りほどき自分の手で飲み始めた。体に水が染みわたるのが心地良いのか浴びるように飲み干すと。ようやく目をはっきりと開き現状を確認する。今までの行為全てが本能であったかのように顔に疑問符を浮かべ戸惑う。
「えっと、あ~、う~」
咳払い一つ。
「スメラギさん、ペドラ。えっとこれはどういう」
「もう!!リン何言ってるかわかんないよ!!」
当然全快ではない燐は会話に思考を回す余裕がまだない。
「はい、コレ」
そこへ傍に立っていたユーディットから通訳機が差し出された。
言われるがままソレを装着する燐。
「もう、いっぱい心配したのにひどいよリン」
「ごめんペドラ、それに皇さん。ふぅ、少しずつ思い出してきた。どうしてかはぼんやりだけど、やられたんだなオレ」
「急に熱出すわ震えるわで、私もムツミも泣いたんだからね」
「私はっ!!」
「そうみたいだね。意識なかったはずなのに体が覚えてるんだ。オレのために誰か泣いてくれてるって。誰かまではわからなかったけど、今は二人だったんだって確信できる」
「リンっ!!」
燐の首に抱きつくペドラ。
「ぐっ!!」
「ちょっとペドラ、ダメでしょ!!」
「ぐふっ、なんかあれだね。皇さん、こんなんだったけって」
「それはその」
ふぅ、と大きく深呼吸を繰り返した後、身を捩り体の調子を確かめる。
「痛いなやっぱ」
顰め面を浮かべそう言うがそれもそのはず全快にはまだまだ時間を要する。
「当然でしょ、獅童くん。あなた無茶が過ぎるのよ。いろんな人に心配も迷惑もかけて」
「そうだね」
ムツミの話を聞いているのか聞いていないのか燐の頭はソレ以外のことに向いていた。ひと通り体の調子を確かめた後、
「あとでいっぱい聞くから」
睦海に優しく微笑んだ。隣のペドラに合図を送り体を起こすのを手伝ってもらう。渋る顔をみせつつも望み通り肩を貸すペドラ。みかねてもう片方から支える睦海。
「先生、当然まだなんですよね」
ユーディットは複雑な表情で答えた。
「あれよ」
数歩先へ進み外界が覗ける場所から空を見上げた。なげやりなため息をつくともう一度奥へ引っ込む一同。
その行動を疑問視し口にする。
「おとなしいわね、そうね、あなたはそのまま回復を待ちなさい。他も動いてるだろうしもう少し待てば・・・」
そうはいってもユーディットには全く情報が入ってきていない。何一つ正確なことは言えないのだ。
腰を落とし、安静にしていると。どこからか重機のような騒音が聞こえてくる。社の作業員たちがAWハンガーを運んできたのだ。燐の覚醒を聞きつけ手配したらしい。ハンガーにはちゃんと燐が乗っていたクラシックモデルも乗せられている。
「ちょっとあなたたちそんなもの持ってきてどうするのよ」
激昂するユーディット。睦海もペドラも不快感を露わにする。
「リン、行かなくていいからね」
「あなたは頑張ったわ」
燐が変な気を起こさないように懸命に諭す。それに笑って返す。
「わかってる、もう無茶はしないよ。体も動かないしね」
そういって燐はゴロンと寝転がる。背中を床に預けスースー息をする。まぶたを閉じ数秒。けれど眠るためではない自分に問いかけるためにそして答えが出たようにゆっくり眼を開く。まわりの人間を確認する。
「皇さん、ヒミツだよ」
それだけ言って通訳機を睦海に預けた。
横になったまま突然低い唸り声をあげる。ぅぅうぅぅぅぅうぅぅ、と。
そしてクレシェンドぎみに大きくなり終いに腹の底からうぅうぅう唸り跳ね上がった。当然のように周りは奇異の目を向ける。だが構わない。上半身をだらんとうなだれさせそこから腰に手を当てる直立。首を軽く動かし。そのまま歩き出す。
「ああ、なんでだよ」
肘を曲げ両肩を交互にグルグルまわし
「いたいわあ、まじいたいわあ」
作業員の腕からスーツをひったくる。
「寝起きでまだ頭ぼんやりしてんのに」
袖口に腕を通していく。
「なんでおれがやらなあかんねん」
ハンガーにのぼり
「楽しい研修旅行やろ?」
AWにのりこみ下半身を固定させる。
「勉強して終わりでええやん」
睦海に対し指をくいくいとする。
「あいつらなんなん?まじなに?」
眉間のシワが深くなる。
「だるいわあ」
睦海から通訳機を手渡されそれをAWに組み込む。
「やりたくなんかホントはないけど」
腕、胸部装着。システムのセットアップに入る。スクリーンに無限のような文字列が川の流れのように流れ続ける。
「けど、オレがやらなきゃだよね。いつだって男は、ヒーローになりたいもんだから」
睦海の目をみつめてそういった。セットアップ完了の通知が流れる。
それだけ言い残すと燐は作業員との会話に専念した。
燐の気持ちが測りきれす困惑気味に横顔を見つめる睦海。
そしてハンガーは射出体制に入った。
「いいか、頑張ってくれるところ悪いが性能はさっきと一緒。どっちもみち使えるのはコイツだけだからな。破損箇所の応急修理はしたが数字は低下傾向にある」
「了解です」
それだけ返す。
「ゴー、いつでもどうぞ」
燐の乗るAWは唸りを上げるようにゆっくりとその身に浮力を蓄えていく。体は痛むであろうにその顔はいたって冷静。
「ファイブカウントください」
「OK、Five,Four,Three,Two.One・・・GO!!」
まるで空に吸い寄せられるようにAWは飛び立った。その離陸はいままででもっとも美しくそれは痛みから全身の力を極限まで抜いた結果であった。
不安そうな顔で飛び去っていく燐を見送る女達。きっと皆が同じ心境だったに違いない。




