4.リンゴさん、悪夢を見る
~ここまでのあらすじ~
自称勇者コータローは自称賢者アリサによって銃殺された。
狂った言葉を放つアリサをリンゴは倒した……はずが、無傷のアリサがその場に現れた。
催眠術を疑う。魔法を疑う。手品を疑う。
あるいは他にどのような手段なのか対抗するにはどうすべきか。まったく無傷まったく同じローブ姿で再び現れたアリサに私は頭を回転させる。
怖いだのわからないだの泣き言を吐いている場合ではない。状況は一瞬にしてわからなくなってしまったのだ。
まずは、無駄かもしれないがもう一度このアリサを――
「ああ、リンゴ・ジュースさん、そんな怖い顔せずともすぐ種明かしはしますよ。ですから、もう少しだけ話を聞いてもらえませんか? せっかく時間をかけてこの場を作ったのに、ぐちゃぐちゃすぷらった――でしたか? コータローさんが言っていましたけれど――するだけでは詰まらないじゃないですか」
おかしそうにころころとアリサは笑う。
「私が君の言葉を聞くと思うのかい?」
「はい。信じるかどうかは聞いてから決めれば良いことですし」
私は歯噛みする。それが合理的だと思えたから。
この一連は大国アスミニアをも揺るがす大事件であるのに、今の今まで私はアリサの存在さえ知らなかった。主導権は常にアリサの手にあり、対処しかできていない。その結果が事件での何百人もの死につながった。
そして、この話――否、要求――は武力でもってようやく私が奪った主導権の返却を求めるものである。
だが、そうとわかってなおアリサの復活の種明かしは魅力的過ぎる。
ならば、せめて――
「――《隔離絶壁》《指定対象C》」
ぼわ、と私の魔法が発動される。
「リンゴ・ジュースさん、今のは何ですか? 何ですか?」
わくわくと楽しそうな顔をしたアリサに問われた。
「私が使える最高の防御魔法を発動させたんだよ。対象は、私、ニル、ミケ、ポチ、孤児院のお子様たちの他、王城やガーナ市の要人も含んである。まっとうな手段であれば、およそ殺傷することも捕縛することも不可能にした」
これはハッタリではなく事実だ。が、問題もある。
この魔法の消費魔力量は、私が各地に飛ばしている空中魔力収集装置が集める魔力量よりも圧倒的に多いのだ。普段発動させている防御魔法は消費が多くともまだ収支はプラスであったのだが、こちらは大幅なマイナス。札束を燃やして暖を取るような不経済。
個人での魔力量が冗談のように低い私にとって、蓄積した魔力の量は生命線であり。それを莫迦みたいに消耗するこの魔法はできるだけ使いたくないものであった。
「ふむふむ、わたしからの奇襲対策ですね。さすがです。油断がありません」
うんうん、とアリサは頷く。
崩れない余裕に大きな不安を感じながらも、押し隠して私は問う。
「それで、アリサ。君の種明かしはまだかい? 私にだけ説明させるのは不公平だろう?」
「そうですね……。わたしを傷付ける方法がないと知っていただいた方が話は早そうですし――では、わたしの顔をよーく見てください」
アリサが自分の顔を手で撫でると――
「あっ」
「きゃっ!?」
「気持ちわりーです」
その下から現れたのは目も鼻も口もない貌。
眉も頬の動きもないその顔から表情を受け取るのは難しく、垂れ下がる髪ばかりが変わらないことにより一層の人がましさを感じて胸が悪くなる。
「……ガーナ市の森でのニル襲撃犯」
「はい。そちらのニルウィ・ラ・エルス・アスミニアさんの命を狙い、リンゴ・ジュースさんにあっさり殺された襲撃犯です」
どうやって発声しているのか、変わらぬ口調でアリサは応えた。
「リンゴ・ジュースさんであればご存知かあるいは事件後に調べたと思いますけれど、この子たちは外見を真似ることができる種族です」
ルマフジと呼ばれる人型種族がある。
知能は低いが人型種族の容貌を真似ることができる特徴を持ち、それゆえに大陸で圧倒的多勢を占める人族に迫害され、ことごとくを殺され絶滅したとされていた。
「本来、この子たちはただ化けるのが能ですけど、意志を伝える方法さえ確立すればこのとおり。危険な場所への使者にぴったりというわけです」
「なるほどね……」
厄介な。いっそ正体のない物理的な無敵の方が対処が簡単だ。
視線はそのままに、私は『リンゴの書』を密かに動かす。
会話に違和感を覚えないほど即座にアリサは反応している。ならば、『意志を伝える方法』とやらは十分に伝達までの時間が短い必要がある。
電波等の低周波と中距離帯の魔法にあたりをつけて、検索を開始する。
「さて、リンゴ・ジュースさん。再三のお願いですが、わたしたちに協力してはもらえませんか?」
「お誘いは丁重にお断りさせてもらうよ。大体、なんだって私がテロリストに協力すると思うのさ?」
「だって、わたしたちは同じようなものじゃないですか♪」
検索の時間稼ぎに出した質問。大きな意味なく聞いたそれに返ってきた答えに私は眉をひそめる。
「さっきも言っていたけれど、『私と同じ』って何が同じなのさ?」
「いくつもありますよ、リンゴ・ジュースさん。はい、いくつもいくつも」
と、アリサはそこで言葉を切ってにこにこと微笑むのみ。
「……たとえば?」
二呼吸ほど待って、得体のしれないものを感じながら私はそろりと続きを促した。
「一番は、わたしもローブ愛好家なことです!」
がくっときた。
「リンゴ・ジュースさん、ローブっていいですよね。日差しにも風にも強くて汚れても傷みにくい。旅装にぴったりですしポケットたくさん付けられますしこのだぼだぼ感がとってもとっても可愛いですし♪」
アリサは、自分のローブの裾を掴んでくるんとその場で回ってみせる。
「い、いや確かに便利だけどさ……」
「ですよね! ですよねっ! 元々はただの物真似だったんですけれど、もう私生活でも手放せませんよー♪」
「物真似?」
「ええ、物真似です。――わたしが『リンゴ・ジュース』と名乗るための」
「――ッ!?」
アリサは、ローブの裾をそっと下ろす。私と同じ白いローブの裾を。
そうして、アリサは顔に手を当てながら口を開く。
「道理で王都付近では反応が芳しくないわけです。『不老魔術師リンゴ』は外見年齢が若いと聞いていましたが、まさかここまで幼い姿とは思っていませんでした。でも――」
「――これでもう大丈夫ですね♪」
アリサが顔に当てていた手を離すと、そこには鏡で見慣れた私の顔があった。
「君は……いったい、何がしたいんだ?」
私の声は枯れて、うめくようにあった。
火力では。おそらくは、正面切って戦えば勝負らしい勝負にもならずに一瞬で決着が付くであろう相手に。私は明らかに負けていた。
「ですから、リンゴ・ジュースさんと同じようなものですよ」
「何が! 何が同じだって言うんだ!?」
負けているから声ばかり大きい。吠えたところで強者は小動としないのに。
「リンゴ・ジュースさん。あなたは、自分に都合よくなるよう世界のあり方を変えてきませんでしたか?」
「違うっ! 私はそんなつもりでなんて動いてないっ!」
「リンゴ・ジュースさん。あなたは、邪魔立てするものはどんな大義があろうと名分があろうと一顧だにせず、法も権威も飛び越えて望むままに罪を犯し欲するままに場を整えてきませんでしたか?」
「それは……違う! 違うんだ! 私は! 私はっ!」
「リンゴ・ジュースさん」
にこり、と目の前の私は私に見たこともない純粋な笑顔を向ける。
「わたしたちは同じですよ。自分の世界を守るためならば、自分に関わりのない誰が死のうと構わないんです。極めて残虐で残忍で残酷で、恐ろしくわがままで無神経で横暴で。方舟に乗せるものを『好きだから』という理由で気まぐれに選別し、『嫌いだから』という理由でことごとくをその方舟から突き落とすんです」
「ちょおっと待ったぁ! ですの!」
「莫迦言うんじゃねーです。リンゴ姉さんがそこまで勝手なら、あたしはスラムで死んでるーですよ」
「むしろ、押しかけたわたくしが振り回していましたわ!」
私とアリサが居る教室へと降りてきたニルとミケが目を吊り上げていた。
「ミケ……ニ、るっ!?」
「リンゴをいじめるなら容赦しないですの! かかってくるといいですわ! ですわ!」
んぎゅっとニルに抱き締められ、ぴんぴんと耳を立てたミケが私の前にふさがった。
「きゅう……お姫様方にも嫌われてしまいました……。わたしとしては、敵対しつつも事後の窓口になれる友好関係を築きたいのですが……」
その複雑な関係は何を意味するのか。ニルたちに助けられて、私はようやく正しい質問を理解した。
「アリサ……君は、何者だ?」
アリサは目を細めると、姿勢を整え一礼する。
「お初にお目にかかります。リンゴ・ジュースさん。わたしはアリサ。北部抗人族種族同盟軍――コータローさんの言葉を借りていえば、『魔王軍』のものです。この大陸で勝ちすぎな人族に、少しばかり仲間割れを誘発して数を減じてもらうのがわたしに与えられた使命です」
調整者。アリサはそう名乗った。
間が開いてすみませんでした。




