過去編・召喚
北野は目を開けた。
今まで眠っていたようだ。頭がズキズキと痛む。この痛みの原因は何なのか、と思いつつ上体を起こした。
途端に愕然とした──
まず視界に入ってきたのは、おかしな服を着た連中だ。若いのから年寄りまで、幅広い年代の男たちである。共通しているのは、全員がマントのようなものを着ており杖を手にしていることだ。
北野は思わず目を細める。こんな男たちに見覚えはない。それ以前に、なぜこんな連中に囲まれ、見たこともない場所にいる?
「あんたたち、何なんですか?」
震える声で尋ねた。周りにいる連中が何者かはわからないが、服装から判断するに、まともな人間でないのは確かだ。
となれば、怒らせることなく、どうにか情報を引き出す……それしかない。
「私はガンドール。すまないが、君にやってもらいたい仕事がある。それが終わったら、元の世界に帰してあげよう」
男たちの中でも、ひときわ年長と思われる者が進み出て答えた。白い髭は長く伸び、マントの色もまた白い。先端に大きな宝石のついた杖を持ち、北野を正面から見据えている。
「仕事、ですか。でも、僕は何の能力もないですよ」
一応、言葉を返してはいたが……北野は、この訳のわからない状況におかしくなりそうだった。目を覚ましたら、いきなりおかしな部屋にいて、国籍も不明な男たちに囲まれている。そして第一声が、仕事をやってくれときた。
さらに、元の世界などという単語が飛び出した。これは、十六歳の少年が受け止めるにはあまりにも大きな事象だ。
つまり、ここは異世界ということか?
北野の頭に、そんな疑念が浮かぶ。これは現実なのか? それとも俺がおかしくなったのか? などと考えていた時だった。
「説明しよう。この世界は今、危機に瀕している。予言の書に書かれし魔王デスダークを復活させようと目論む者たちがいるのだ」
ガンドールは、そんなことを言い出した。
魔王って何だよ? デスダークって、妙にそれっぽい名前だな……と思いつつも、北野は冷静に言葉を返していく。
「そうですか。でも、僕は何の能力もないですよ。あなた方のお役には立てないかと……」
もしかしたら、帰らせてもらえるかもしれない……という淡い期待を込めたセリフだったが、その期待は一瞬で打ち砕かれた。
「魔王は、この世界を滅亡させると言われている。その復活を阻止するため、君に戦ってもらいたい」
「いや、ですから僕には何の能力も──」
「あるんだよ。こちらの世界に召喚される過程で、君の肉体には目に見えない変化が生じている。君の体に秘められた力は、千人の一般兵と同等……いや、それ以上の可能性もある。まずは、君のその力の使い方を学んでもらいたい。さあ、我々と行こう」
言われるがまま、北野は立ち上がった。しかし、そこで新たな疑問が浮かぶ。
「そのデスダークが復活したら、世界が滅亡するんですか?」
「そうだ」
「滅亡って、具体的にどういうことですか?」
この時、居並ぶ者たちの表情がこわばった。だが、ガンドールだけは平静な顔つきで答える。
「伝説によれば、デスダークの通った後は草木も生えぬ砂漠と化してしまうのだ。出会った生物は皆殺し。言うなれば、破壊のためにのみ存在している怪物なのだよ」
そこで、ガンドールは笑みを浮かべる。
「そろそろ行こう。他の召喚者たちも待っている。全員、君と同じ十六歳だ」
えっ、他にも来ている奴がいるのか。それはありがたい……北野は、すぐに歩き出した。もっとも、頭の片隅に生まれた疑問は消えていない。
そんな破壊しか能のない奴を復活させて、どうしようっていうんだ?
ガンドールに連れられて向かった先は、狭く殺風景な部屋だった。壁は灰色で、二段ベッドがふたつ設置されている。それ以外、家具らしきものはない。
さらに日本人と思しき少年が三人、部屋の中で座り込んでいる。
「もう少ししたら、食事の時間だ。それまで、ここで親睦を深めていたまえ」
そう言うと、ガンドールは去っていった。すると、待っていたかのように立ち上がったのは金髪の少年だ。体はさほど大きくないが目つきは鋭く、俺は悪いぞ……という雰囲気を醸し出していた。
「お前、名前は?」
「北野豊だよ」
「俺は坂本哲也だ。向こうじゃヤンチャが過ぎて少年院いきになるかもしれなかったところを、ここに召喚されたってわけ」
坂本は自慢げに語っていた。なるほど、君はそういうタイプなわけね……などと北野が思っていたら、坂本は残りの者たちの方を向いた。
「おい、お前らも自己紹介くらいしとけや。これからパーティー組むことになるんだからよ」
この坂本、ヤンキーな上に仕切りたがりなようだ。その言葉に反応し、小太りの少年が立ち上がった。
「あ、あの、お、俺は山下由紀夫」
伏し目がちな態度で言った。見るからに気の弱そうな少年である。こいつが、その魔王デスダークの復活を阻止するのに役立ってくれるのだろうか。
残るひとりはというと、座り込んだまま北野に視線を向ける。
「俺は鬼塚隆史だ」
静かな口調であった。こちらを見る目も冷たい。お前が誰だろうが知ったことか、という思いが感じられる。
その態度に、坂本の表情が変わった。
「おい、何なんだてめえは? 俺はな、お前のその目が気に入らねえんだよ」
この両者は、北野が合流する前からバチバチやり合っていたのかもしれない。今の坂本は、完全にやる気になっている。
しかし、鬼塚は完全に無視していた。お前など相手にしていられるか、という態度だ。
その態度が、坂本をさらに怒らせてしまった。
「てめえ何なんだよ! 殺すぞコラァ!」
言いながら近づいていった。その瞬間、鬼塚は弾かれたような勢いで立ち上がる。その顔には、面倒くさそうな表情が浮かんでいた。
同時に、北野も動いていた。ふたりの間に割って入り、坂本を両手で押していく。
「やめようぜ。これから何が起こるかわからないのに、ここで喧嘩しても何もならないだろ」
笑顔で言いながら、どうにか坂本を引き離した。だが、彼の心臓は恐ろしい勢いで動いていたのだ。
立ち上がった時の鬼塚の目には、本物の殺意があった。来るなら殺す、そんな思いが感じられたのだ。
このままでは、本当に死人が出る……そう感じた瞬間、体が勝手に動いていた。
また、あの時のような思いをしたくないから──
◆◆◆
北野の両親は、彼が八歳の時に死んだ。
崖下に、車がひっくり返っている。
その横には、ガードレールの一部が転がっていた。車がガードレールを突き破り、共に落下したのだろう。道路から崖下までは二十メートルはあり、車の破損もひどい。
空からは大粒の雨が降っており、道路は濡れている。この事故を生んだ要因のひとつであった。
車の中には、ふたりの大人とひとりの幼子が乗っていた。
幼子の北野は、必死で体を動かそうとする。だが、体に力が入らず指すら動かせない。前の席には、両親の姿があった。父は運転席で無防備に横たわり、母は助手席で口を開けていた。どちらも、ピクリとも動かない。
泣きたかった。だが、涙は出ない。声も出ない。体は動かない。
次に目を開けた時、視界に飛び込んできたのは白い壁と白衣を着た男女だった。彼らは、笑顔で北野に語りかける。
「安心しなさい。君は助かったんだよ」
北野は、虚ろな表情で頷いた。
安心などできなかった。できるはずがない。全ての感情が消え失せ、呆然となっていた。
目の前で両親が死んだ。なのに、自分は生きている。ただ、目の前でパパとママの死を見ていることしかできなかった。
だから、もう誰も死なせたくないという思いが芽生える。その思いは、いつしか彼の中で信仰のようなものになっていた。
しかし、神は残酷であった。北野はこの先、多くの死を見ることとなる──




