サビアの知らない話(番外編2)
エントは二度の婚約解消の後、縁談が無いまま爵位を引き継いだ。両親が馬車の事故で亡くなったからだ。
婚約解消は、いつも相手側からの申し出だった。
『娘が結婚しても不幸になると言いまして』
『信じて人生を共にする事は出来ないと言って聞きませんもので』
婚約期間と言うのは、結婚後の生活の試しも兼ねている。……エントは何が悪いのか分からなかった。浮気はした事がない。婚約者としての交流もきちんとしていたのだ。
そんな時期に取引のある商人から紹介されたのがセチアだった。セチアは騎士爵を持つ夫を西の紛争で亡くしている未亡人だった。
セチアは平民の薬師で王都に店を出している。
夫を店の保証人としていたが、その夫が居なくなった事から店を取り上げられそうになっている。貴族の保証人が居れば店を取り上げられないから、保証人になってくれないかと頼まれたのだ。
エントは婚約者も居なくなり手持ち無沙汰だった事もあり、保証人になる事にした。
セチアは、サビアと変らない年齢の女性で彼女と雰囲気が似ていた。エントは彼女が気になり、よく会いに行って話すまでの間柄になった。
そんな時、サビアが北の隣国で奇術師と呼ばれている軍の参謀と結婚しており、侯爵夫人になった事をエントは知る事になった。北の国の軍事力は圧倒的で、サビアを貶めたままでフォトン家と決裂しているゴーレン家の立場は一気に悪くなった。酷く落ち込むエントに、セチアは言った。
「謝罪すべきです」
「しかし、前も謝罪に行ったが拒まれたんだ」
「それは……いきなりですか?」
エントの脳裏に一瞬、必死にお願いを口にする幼いサビアの顔が浮かぶ。次の瞬間、それは冷たい笑みに変わった。セチアは続ける。
「その方は人の話を聞かないのですか?」
違う。エントは即座に首を横に振った。
「なら原因がある筈です。それに言及して謝罪すべきです」
「しかし……何年も前の事で今更なんだ。許してもらえない」
「相手が許してくれないから謝罪をしないと言うのは……おかしいと思います」
セチアの言葉にエントは唖然とする。
「ゴーレン様の詳しい事情は存じません。ただ……相手を怒らせた以上、許してもらえない事があるのは当然だと私は思っています。商売柄、ご要望に応えられず、お叱りを受ける事はあります。来店されなくなった方もいらっしゃいます。それこそ仕方のない事です。だとしても必ず事情説明と謝罪はします」
セチアは静かな表情で言う。
「……これは人との縁を続けていく上での誠意の問題です」
エントは自分が謝罪する時には、相手が許すしかない状況ばかりだった事に気付いた。謝罪したくない時には話題をすり替えたし、仕方ないと口を閉ざした。
「謝って許されないのと、最初から謝らないから許されないのは……全くの別物ですから」
エントは家に帰ってからも、セチアの言葉が耳から離れなかった。
セチアの言っていた事は当たり前の事で、商売や貴族同士の縁を結ぶには大事な事だとエントもよく分かっている。しかし……個人の付き合いで、近しい女性にそれをしていなかったのではないか。
サビアは王女の恋心を消すのに協力してくれた上にエルシャの話し相手になって欲しいと言う願いまで叶えてくれた。まだ十四歳だったのに。そんなサビアに……自分は、何をした?
両親は嫌な事からすぐ逃げる人達だった。エルシャの事はその最たるもので、早く死んでほしかったのは耳にしていた。それなのに普段の面倒事は、エルシャのせいにして逃れていた。怠惰な自分達を隠すかくれみのに利用しているときには、饒舌にエルシャを大事にしているとふれ回る。そんな姿に心が押しつぶされた。サビアにエルシャを任せればいいと思ったときから、それを感じなくなった。
エルシャが居なくなった後、両親は断れない遠方の夜会に行かねばならなかった。準備を先延ばしにしたせいで、馬車は借りたが御者の手配ができなかった。それで庭師に御者をさせた結果、事故を起こして帰らぬ人となってしまった。
両親の葬式には、平民になったエルシャとクロースも来ていた。花を手向ける姿に儚さも涙もなかった。近づいて話そうとしたが、エルシャの目を見て足が止まった。
「これから大変でしょうが、お兄様の御健勝をお祈りしております」
エルシャは他人行儀にそう言って、クロースと共に去って行ってしまった。エルシャを呼び止め、かつての態度を謝罪しなかった。許されない事を悟り、諦めてただ見送った。
サビアを悲しませ逃げ出す程追い詰めた頃と、エントは少しも変わっていなかったのだ。
だから婚約は解消された。妻になったところで、不満があっても歩み寄れず、離縁を切り出せばあっさり了承される。そう見抜かれていたのだ。
エントは一人で笑った。その目には涙が滲んでいる。
「あーあ」
そんな声が静かな部屋に染みる様に消えて行った。
エントはサビアに手紙を書いた。許されなくてもそうすべきだと言うセチアの意見を受け入れたからだ。読まれなくてもいい。許されなくてもいい。非難される事もあるだろう。しかし、これをしなければ前に進めない。そう思ったのだ。
婚約を解消した令嬢達にも、かつての態度を詫びて幸せを祈る手紙を送った。エルシャにも謝罪の手紙を送った。
令嬢達からは、許すという手紙が来たが、サビアからもエルシャからも返事はなかった。謝罪が遅すぎたのだ。エントはその現実を苦しいが受け入れた。
その後、西の国境の紛争はサビアの夫主導で北の国が介入して終結した。
「あなた!」
死んだと思われていたセチアの夫は、西の国の捕虜になっていた事が判明し、後日帰国した。
夫に抱き着くセチアと、それを抱きとめる夫の姿にエントは胸の痛みを覚えたが……妙に納得していた。
サビアはああして抱きとめて欲しかったのだ。それを避け、なかった事にしたのに甘え続けた自分は卑怯だった。セチアに指摘されるまで気づきもしなかった自分は、誰も抱きとめる事が出来ない。だから側に誰も居ないのだ。
もう遅いのかも知れない。しかし……。
エントは抱き合う二人を祝福し、新たな一歩を踏み出した。
それから十年後、ゴーレン家の屋敷には子供達の笑い声、若くて元気な妻、そして遅くに結婚した当主の明るい声が響いていたのだった。
これで番外編も終わりです。
読んでいただきありがとうございました。




