プレイボールⅦ
「それはそうと克也君、野球部は今困ったことになっていてな」
「困ったこと?」
「困ったこと」と言うワードに嫌な予感しかしない克也。
できることなら話を聞かず、このまま生徒指導室から出てしまいたいと思う克也だが、勿論そんなことできるはずもなく諦めて虎子の言葉を待った。
「ああ、野球部消滅の危機なのだよ」
「え?」
衝撃の告白である。
「もしかして」と心当たりがないわけではない克也は不安げに虎子に訊いた。
「俺の噂のせいですか?」
「いや、それは関係ない」
原因は自分とは関係なくホッとした克也だが、ではなぜ野球部消滅なんてことになるのか疑問が残った。
「じゃあ、どうして?」
「部員が足りんのだ」
「は?」
「だから部員が足りんのだ。部を設立するには最低五人の部員が必要なのだ。しかし現在野球部員は君と亜美君の二人しかおらん。正確には野球部は設立しておらんのだ」
(なんですとー!!!)
「何故そんなことに、全国の有名選手をスカウトしていたはずじゃ」
「それなら君以外は全員断られた。私の誘いを断るとはいい度胸をしている。桜華女子を選ばなかったことを後悔させてやる」
怒気を含んだ虎子の声に背中がゾクッとする克也。
「そういう訳で君には部員集めを頼みたい」
「男子生徒に片っ端に声をかけろと?」
「いや、リストアップしている」
虎子はポケットから折りたたまれた紙を取り出し克也に渡した。
そこには虎子がリストアップしたと言う三名の生徒の名前とクラスが記されていた。
「これって全員女子じゃないですか」
そうそこに書かれていたのは全て女子生徒だった。
「女子の勧誘だったら、おれより小林さんの方が適任だと思いますよ」
桜華での克也の評判は最悪である。そんな自分が面識のない女子を勧誘しても上手くいくはずはないと克也は思った。
「亜美君には伝えていない」
虎子の話では亜美は中学時代、女子というだけで戦力外通告を受け野球を辞めようとしていたそうだ。そんな亜美に野球を続けるきっかけを与え、更に桜華で野球をするよう薦めたのが虎子だという。亜美は野球推薦ではないが野球をやりたくて桜華を選んだ。
そんな亜美に「野球ができない」とは伝えられないとのことだった。
「ふざるな!おれも野球をするために桜華に来たんだ。無責任に誘っておいて、自分でなんとかするのが筋ってもんでしょう!」
と克也がは言えるはずもなく「でもおれ噂の張本人だし無理ですよ」とやんわり断るのが精一杯だった。
「噂の件は私がなんとかするから安心したまえ」
予想だにしなかった虎子の答え、「本当に自分の噂がなんとかなるのか?」そんなことできるのかと思案する克也。
部員集めは簡単な話ではない。噂がなくても難しいであろう。だが克也にとって噂がなくなるのはそれ以上のことだった。
「本当に噂がどうにかなるんですか?」
「心配するな。噂は真実ではないと分からせればいいだけだ。君は気にせず勧誘を頑張ってくれたまえ」
「善処します」
自分でどうにかするより、桜華において絶対的な影響力を持ち生徒からも慕われている虎子に任せた方が速く収束するだろう。それにあの自信。克也に承諾する以外の選択肢はなかった。
「それと試合をするためには九人は必要だから残りは君が自分で見つけたまえ」
虎子の言うようにリストにある生徒は三名。全員の勧誘が成功しても部の設立はできるが試合はできない。だからと言って残り全員を克也に探せとは無茶ぶりもいいとこであろう。
「そんな無理ですよ」
克也の当然の反応に虎子は微笑み
「君なら大丈夫さ、仲間の大切さを知っている君なら」と含みのある言葉を返した。
氷の微笑の前に克也に拒否権はなく、まずはリストの三人を当たってみようと思うのだった。
「言い忘れたが、設立までの期限は一週間だ」
次から次へと無茶が降り注ぐ。
「一週間なんて無理ですよ」
「君はさっきかそればかりだな。無理以外の言葉をしらんのか。無理でもやるんだ。なに、リストの三人だけなら一週間もあれば十分さ」
簡単にいくはずはないと思う克也だが、今は虎子の言葉を信じるしかなかった。
「それはそうと亜美君との関係改善も頼むぞ、バッテリーの仲が悪くては困るからな」
そっちの問題も残っていたと克也元気なく生徒指導室を後にする。
生徒指導室のドアは来たときよりも重くなっていた。
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