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桜華女子高等学校野球部  作者: name


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遊撃手 鳥谷真琴Ⅵ

 ひと月ほどで退院した克也だったが、その後のリハビリに思いのほか時間を要した。

 練習は無理でも雑用等、皆の役に立てればと部活に出ようと思っていた克也だったが、学校側は完治するまで克也の復帰は認めないとした。万が一事故でもあれば学校側の責任が問われかねないので許可しなかったのであろう。

 克也はリハビリを続ける一方で他の筋力が落ちないようトレーニングを行っていた。

 真琴から貰ったトレーニングメニューを記したノート。

 真琴のお願いを快諾した真琴の父が作ったノート。そのノートのおかげで効率の良いトレーニングを行うことができた。


「無理し過ぎないようにボクが付き合ってあげるよ」

 そう言って真琴は時間の許す限りトレーニングに付き合った。

 回復の状態に合わせ新たなメニューが追加されるなど、完治する頃には、克也の体は以前より逞しくなっていた。


「無理はやめなよ」

 ようやく部活が解禁となり、部室に向かう克也にくぎを刺す真琴だったが、克也の無邪気な笑顔に自然と頬が緩んだ。

 あんなにも野球が好きで人一倍努力をしている克也。

 遠ざかる克也の背中を見つめながらその努力が報われることを願う真琴であった。

 そんな真琴の願いは「あの事件」により打ち砕かれることになる。


「鳥谷さん。矢野君ってどんな人」

 次の日、真琴が登校するとクラスの女子から克也のことを訊かれた。

 一年生の頃はよく克也との関係を訊かれたものだが、親友だと周知されている今は訊かれることはなかった。それに克也との関係ではなく克也自身の事を訊かれたのは初めてだった。

「普通にいい奴だよ」

 興味津々といったその目にいい感情は持てなかったが、無視するのもどうかと思い真琴は簡潔に答えた。

「でも空手とかやってて乱暴だって聞いたよ。野球部でも暴力事件起をこしたらしいし」


 真琴は彼女が何を言ってるのか理解できなかった。


 そんな真琴に「高橋君を妬んでいた矢野君が、自分が試合に出られないのを高橋君のせいだと逆恨みし暴力を振るったらしいよ」と楽しそうに教えてくれた。


「克也がそんな事するもんか!」


「で、でも…」


 無意識に大きくなった声に気圧された彼女は言葉を詰まらせながらも「みんな噂しているよ」と教えてくれた。

 更に詳しく訊こうとしたが、彼女も友人から聞いた話で真意はおろか出所さえ分からないという。

 しかし克也と高橋が言い争う姿は度々目撃されており、二人の仲は良くないと以前から噂があった。そのことが今回の噂に信憑性を持たせていた。

 言い争いの原因は主に、克也が高橋の独りよがりのピッチングに対し「野球はチームでやるものだ」と諭したり、横柄な態度を注意したりというものだったのだが部外者が内容まで知ることはなかった。

 実際に克也は新学期になるまで部活動禁止の処分を受けた。その事実が分かると真実であるかのように学校中に広まった。

 真琴は事の真相を確かめようと克也を問い詰めたが「ついカッとなって殴っちまった」と力なく笑うばかりで理由を語ることはなかった。


 昼休み真琴は同じクラスの野球部員をつかまえ理由を訊くことにした。

 最初こそ口を閉ざしていたが、恫喝さながらの真琴の迫力に耐えることができず、口外しないという条件で渋々口を開いた。


「なぜ本当のことを言わないんだい?」

 真琴は不思議だった。話を聞く限り高橋が皆から慕われているとは言い難い。そんな高橋をなぜ庇うのか。

「高橋は特別なんだよ。高橋がいるから勝てる、このチームは高橋のチームなんだよ。監督だってそう思ってる。高橋に睨まれたら試合に出られないんだよ」

「そのためなら克也がどうなってもいいと?」

 真琴の声に怒気が混じる。


「……」


 俯いたまま何も言わない男子生徒。


「克也に悪いと思わないのかい」

「……矢野には、矢野には悪いと思ってるよ。でも仕方ないんだ」

「最低だね」

 軽蔑するかの言い方に男子生徒の声が大きくなる。


「最低だよ。でも、いままで頑張ってきて、やっと掴んだレギュラーなんだ。最低でも何でも試合に出たいんだよ。それに本当のことが分かったら高橋のこれまでの行動も問題になるかもしれない。そうなれば活動停止になる可能性もある。それだけは避けたいんだよチクショー」


 克也も皆の気持ちが分かっていたから、仲間の努力を無駄にしたくなかったから理由を言わなかったのだろう。そう考えると目の前で泣きながら思いを吐露する男子生徒にこれ以上何も言えなかった。

 

「はぁ」

 春休みを前に、嬉しそうな生徒の声がそこかしこで聞こえる中、真琴は今日何度目かの溜息を吐いた。

 原因は克也だ。

 克也は引退するまで試合に出ることはできない。正確には可能性がないわけではないが、まずあり得ないだろう。

 先日、克也は顧問の教師から当分試合には出さないと伝えられた。

 当分がいつまでかは不明だが七月までしか部に在籍できない克也にとって事実上の引退勧告だった。

 もしかしたら時間を無駄にせず受験勉強に励むようにとの親切心だったのかもしれないが、それはあまりにも残酷な言葉だった。

 しかし克也は「今まで一緒に頑張ってきた仲間を最後までサポートしたい」と退部することはなかった。

「試合に出たい」と涙ながらに語った男子生徒の姿を思い出す。

 これまで努力しても試合に出ることができなかった克也、中学ではもう試合には出られない克也。

 そんな克也の気持ちを考えると自然と溜息が漏れるのだった。

 

「明日ボクに付き合ってくれないかい」

 終業式の日、真琴は克也をデートに誘った。

 親友の二人は一緒に出掛けるなど普通の事だが男女が日時を決めて出掛けるのがデートというのならばデートである。

 場所は地元の高校のグラウンド。

「真琴、克也よくきたね」

 グラウンドに着くと練習着姿の真琴の兄に声をかけられた。

 真琴の兄はこの高校の卒業生で、春休みの間、臨時コーチを頼まれたのだ。

 それを知った真琴は「克也も一緒に練習させて欲しい」と頼み込んだ。幸い四月から入学する新入生も練習に参加しているので一人くらい紛れ込んでも構わないと承諾してくれた。


「克也、硬式に慣れとくのもプラスになるぞ」

 そう言ってグラブを渡された克也は初めての硬球に、初めて野球をやった時のワクワク感を思い出し、元気に練習の輪に混ざっていった。

 さすがに高校生とは基礎体力が違う中、厳しい練習に食らいつく克也。本格的な練習は退院後初の克也は息も絶え絶えで苦しいだろうがその顔には楽しさが滲んでいた。

 そんな克也を眺めながら真琴は兄にお願いしてよかったと心底思うのだった。

 

 春休みが終わり三年生になった。

 部に復帰した克也は皆が練習に打ち込めるようにと新入生と一緒に雑用をこなした。


「今日もやるんだろ」

 誰もいないグラウンドに一人残っている克也に声をかける。

「もちろん」

 そう言って克也はバッグから真新しいミットを取り出す。

 硬式用のキャッチャーミット。

 春休み高校に練習に参加した克也は「借りるのも悪いから」と貯金を叩いてキャッチャーミットを買った。中学生にとって安い買い物ではなかったが、高校生になれば必要になるし克也にとっては早いか遅いかの違いであり、迷いはなかった。

「じゃあやろうか」

 真琴が左手にはめたグラブを広げる。

 克也はミットと一緒に買った硬球を箱から一つ取り出すと真琴に向かってボールを投げる。

 ボールをキャッチし投げ返す真琴。いわゆるキャッチボールだ。


 二人は徐々に離れ、やがて四十メートルというあたりで克也は腰を落とす。

「いくよ」

 そう言って真琴が投げたボールを捕球すると素早く立ち上がり返球する。今までとは違い、速く低い軌道だが少し腰を落とし待ち構えている真琴にとってはストライクの送球だ。

「ナイスボール」

 克也が体勢を整えると再びボールを投げる。先程と同じように捕球し素早く返球する克也。二塁へのスローイングの練習。

「練習するならつきあうよ」と真琴は言った。

 そこで克也は練習後のグラウンドを使わせて貰えるよう顧問に懇願した。自分の練習を差し置き雑用を買って出た克也に「後片付けをきちんとすること」を条件に許可が下りたのだった。


 ティーバッティングやブロッキングなどボールが見えなくなるまで練習をする。

 改めて克也と一緒に何かをするのは楽しいと実感する真琴、当然この先も親友とのこうした時間が続くものだと思っていた。


 最後の大会が終わり部活を引退すると受験勉強に励むようにと、学校での練習はできなくなった。

 真琴は少し物寂しさを感じていたが、こればかりはしょうがない。もっとも引退して勉学に励む者がどれくらいいるかは不明だが。

 実際に真琴も勉強に割く時間が増えるということはなかった。

 真琴の成績ならもっと上も狙えると教師に言われていたが、地元の公立高校に進むつもりの真琴にとっては、これ以上勉強に時間を割く理由もなかった。

 そんな折、克也が野球で桜華高校に誘われたと教師と話しているのを聞く。

 何でも克也の出場した試合を観て、その実力を高く評価したとのことだ。

 真琴は「桜華高校」についてネットで調べてみたが検索に引っかからず、気になった真琴は桜華について教師に尋ねた。

 桜華は桜舞島の島民のために創設された学校で、一般で入学するにはかなりの偏差値が必要だという。


「ボク、桜華高校を受けることにします」

 真琴の言葉に教師が驚きの表情を見せる。

「鳥谷、さっき言ったように一般での合格は、ほぼ無理……」

「ほぼと言うことは、全部じゃないのでしょう」

 可能性が低かろうが諦める気はなかった。


 それからの真琴は勉学に励んだ。

 真琴は怒っていた。

 理由はもちろん克也だ。

 真琴は克也から桜華の話を聞いていないのだ。

 克也の人生だ、自分で進路を選ぶのは当然で真琴に口出しする権利はない。

 それは分かってはいるが、相談はないにしろ報告ぐらいあって然るべきだと。

 その怒りをぶつけるかの如く猛勉強するのだった。

 だから真琴は桜華を受験することを秘密にした。

 そして自身の心に誓う、絶対に合格して克也を驚かせてやると。


お読みいただきありがとうございます。

次話もご一読いただければ幸いです。

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