遊撃手 鳥谷真琴Ⅴ
「克也君はどのポジションをやりたいんだい?」
野球を始めて少し経った頃、真琴の父に訊かれた。
「やっぱりピッチャーかな、エースになってチームを勝利に導くんだ」
「そうだね、勝ち負けがつくのはピッチャーだけだし、そういった意味では勝敗に一番影響を与えるのはピッチャーかもしれないね」
野球でエースと呼ばれるのは投手だけだ。
どんなに凄い選手でも投手じゃなければ、チームのエースとは呼ばれない。それだけ投手の存在は大きいのだ。
野球は相手より多く点を取った方が勝つ、逆に言えば点を取られなければ負けないのだ。
だからこそチームで一番の投手はエースと呼ばれ、当然のように勝利を期待される。
「確かに、一人でチームを勝利に導けるピッチャーはいるかもしれない。でもね克也君、野球で一番面白いのはキャッチャーだよ」
「キャッチャー?立ったり座ったり地味だけどきつそうであまりやりたくないな」
素直な感想を告げる克也に対し真琴の父は言った。
「凄いピッチャーで勝つのは簡単だけど、平凡なピッチャーでも勝つ。それができるのがキャッチャーなんだよ」
捕手は「扇の要」「グラウンドの監督」と言われるほど重要なポジションで、投手を生かすも殺すもキャッチャーのリード次第だという。
それに打者としても配球を読むことができ有利になると熱く語るのだった。
テレビで野球を観るとき配球を楽しんでいる真琴の父の口車に乗せられ、捕手としてやっていこうと決心した克也は、野球論を叩きこまれるのであった。
克也が野球部に入り一緒に過ごす時間が減った真琴だったが、学校では一緒にいることが多く、よく友達から「付き合っているの?」と聞かれた。
真琴は当然のように「親友」と答えていた。
この年頃になると異性を意識するのは当然かもしれないが、真琴は克也のことを親友と思っていたし周りが何故騒ぐのか理解できなかった。克也も同じで、二人の関係に男とか女とかは関係なかった。
二年生の時、克也たちの中学は全中で県大会まで進んだ。昨年まで目立った活躍のない野球部だったが、一人の選手の登場により実績を上げ、ついに県大会に出場するまでになったのだ。その選手の名は高橋達也。彼のストレートは県内でもトップクラスで、県内の高校からも視察にくるほどだった。
克也の中学の地区には際立った学校はなく、県内では弱い地区だったが、それでも県大会出場は開校以来初の快挙だったため学校全体が盛り上がり、応援は地区大会とは比べものにならないくらい増えた。
真琴も父と一緒に試合を観戦した。
解説者さながら試合を観戦する真琴の父、たまたま隣に座り解説を聞くはめになった人は微妙な表情をしていた。
一回戦は高橋の力投もあり勝利し、次の相手は昨年全国ベスト8の強豪の南中だった。
南中は全国屈指の打者、村上を擁し今大会も優勝候補の筆頭と言われていた。
村上の全国デビューは鮮烈だった。昨年の全国大会で一年生ながら四番を任された村上は初戦で三打席連続のホームランを放ったのだ。昨年と言えば小学校を卒業して半年も経たない時期だ。高橋でさえ試合に出ることはなかった。しかし村上は同じ一年生でありながら自身の名を全国に轟かせたのだ。
そんな優勝候補筆頭の南中に勝てれば全国大会出場も夢ではない。
応援に来ていた人たちは高橋がいれば南中に勝てるかもしれないと、その先にある全国大会へと大いに盛り上がっていた。
ただ、三人を除いては。
「今日のようなピッチングなら次は勝てないだろうね」
帰りの車の中、真琴の父は言った。
「確かに高橋君は良いピッチャーだ。今までは力だけで抑えられたのかも知れない。でも次の相手は全国レベルの強豪だ。緩急もコースも考えずに投げるだけじゃ通用しないよ」
誰に言うわけでもなく真琴の父は呟いた。
真琴は同じ言葉を克也から聞いたことがあった。
克也は高橋の力を認めつつも、今のままでは県大会止まりだろうと独りよがりの投球をする高橋を残念がっていた。
予想通り高橋は打ち込まれ南中に惨敗する。
本人は、「疲労が溜まっていて本調子じゃなかった」「打力と守備力の差が出た」と惨敗は周りのレベルが低いからと言わんばかりの発言をした。
確かにエラーもあったし記録上はヒットでも守備が上手ければ捕球できた打球はあったかもしれないが、クリーンヒットも多く、あまつさえホームランも打たれた高橋の言い分が正しいとは言い切れなかった。
三年生が引退すると高橋は更に横柄になった。
チームメイトのミスに対してあからさまに不満を出すようになり、試合が終われば罵り、チームはミスを恐れ消極的なプレーが目立つようになった。
そんな高橋を克也は何度も注意したが、高橋は聞く耳を持たず、逆に克也のことを煙たがり、やがて高橋は克也とはバッテリーを組まないと言うことになる。
それでも地区内で高橋を攻略できる中学はそうはなく、大会では常に上位に入り、秋季大会では県大会に出場した。
県大会初戦の相手は、あの南中だった。前回のような盛り上がりは見せなかったが、真琴の父は「村上君に対して克也君がどんなリードをするのか楽しみだ」と、克也の出場を期待しこの試合も観戦に行ったが、克也があまり試合に出ていない理由を知る真琴は「どうせ今回も……」と観戦に行かなかった。
しかし、真琴の予想に反し、克也はスタメンで出場する。
高橋が登板を回避したのだ。
父からの電話でそのことを知った真琴は、急ぎタクシーで球場に向かった。
球場に着いた真琴の目に救急車の赤色灯の光が飛び込んだ。
何事かと思い目を向けると、ちょうど担架を持った救急隊員が球場から出て来るのが見えた。
真琴は驚愕した。
担架で搬送されているのは克也だったのだ。
真琴は救急車に駆け寄ると、知り合いであることを告げ救急車に同乗させて貰った。
「真琴?」
「災難だったね」
真琴に気づいた克也に声をかける。
「やっちまった」
ばつの悪そうに笑顔を作る克也。
「悔しいんだね」
真琴にはその笑顔が作りものであると分かった。
「久々のスタメンだったんだ。それも県大会、あの南中と……」
「楽しかった?」
「楽しかった。もっとプレーしたかった。あと少し、あと少しだったんだ。みんなで一丸になって……、それなのにこんな……」
「次があるさ」
「次あるかな?おれ、今でも試合出れないし、こんな怪我までして、いつ練習できるようになるかも分からない。こんなんじゃますます……」
弱音を吐露したのは相手が真琴だったからだろう。
「克也なら大丈夫さ」
真琴は克也の手を優しく包み込んだ。
その優しさに克也は声を殺しながらも泣いていた。
「父さん、お願いがあるんだ」
その日の夜、真琴は父にあるお願いをした。
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