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プレイボールⅣ

 生徒指導室の扉の前で大きく息を吐きだす。

「よし!」

 意を決し扉をノックすると中から「入りたまえ」との返事があり克也は扉をに触れた手に力を込める。

「失礼します」

 初めて入る生徒指導室は長机があるだけの小さな部屋だった。

「初めまして矢野克也君」

 その長机の奥に座っていた女性に声を掛けられる。

 真っ赤なスーツに金色の艶のある髪。小さな顔は目鼻立ちもしっかりしていて美人というのはこういう人を言うんだと実感させられる。さらに口元にあるホクロが色気を感じさせた。細身だが出るところは出ていてスタイルもいい。年齢は二十代半ばくらいだろう。しかし十五歳の克也にとってはクラスにはいない大人の女性だった。

 克也も健全な男子である。大きく開けられた胸元、スカートから伸びる組まれた長い脚に自然と視線が惹きつけられる。

 熾烈を極めた本能と自制心の攻防はなんとか自制心が勝利をおさめ視線を女性の顔へ上げる。


 克也が彼女を見たのはこれが二度目である。一度目は先ほどの入学式の時、そうこの女性こそ桜華女子高等学校理事長、桜小路虎子その人である。

 何故理事長がここにいるのか理解できず克也は困惑する。

「そんなところで惚けてないで、掛けたまえ」

 虎子に促され向かいの椅子に腰を下ろす克也。

「僕にどんな御用で……」

「一人称はおれだろ。普段通りで構わんよ」

「はい。それでおれに何か?」

「君についての噂を耳にしたのだよ。それもあまりよろしくない噂だ」

 噂というのはアレのことだろう。理事長の耳に入るほど広まっていることに驚愕する。

 停学?もしかして退学?入学早々退学の危機に不安になる克也を余所に話を進める虎子。

「素行調査は問題ないと報告を受けていたのだがな」

「素行調査?」

「桜華女子の共学化については反対意見もある中、私が強引に押し切ったのだ。君の入学も然りだ。素行調査も当然だろ。だから君が応援団に甘んじていた本当の理由も知っている」

 克也がベンチ入りさえ叶わなかった本当の理由、それは暴力事件を起こしたからだ。克也は高橋を殴ったのだ。

「それを知っているのにどうして俺を誘ったのですか?」

「言っただろ本当(・・)の理由を知っていると」

 ワンマンプレーの高橋とチームワークを大切にする克也には元々確執があった。

 そのせいで高橋は「矢野とバッテリーを組むなら試合に出ない」と言い出し、監督もそれを受け入れた。監督と言っても所詮は雇われ教師、いい成績を残して自分の評価を上げたかったのか、学校の評判を上げたい校長に忖度したのか、はたまたどちらもなのかは分からないが克也は控え捕手となった。

 この結果は『高橋に逆らえば試合に出られない』という高橋王国誕生の瞬間でもあった。

 それでも腐らず野球を続けてこれたのは野球が好きとの思いと仲間の励ましがあったからだ。それに監督も練習試合など高橋が投げない試合は克也を出場させてくることもあった。

 そのおかげで虎子の目にとまり今がある訳だが。

 リハビリも終わり久しぶりに練習に顔を出したその日、前の試合でミスをしたチームメイトを執拗に責める高橋を止めに入った克也は高橋の「こんな下手くそ野球続けたって意味ねーんだよ。俺の足を引っ張ることしかできねんだから。才能ねえから野球辞めろ」との言葉にカッとなり気付けば高橋を殴っていた。

 この事件は大事にはならなかったが、校内では問題となり退部こそ免れた克也だがそれ以降公式戦出場はおろかベンチ入りさえすることがなかった。

「君の行動は間違っちゃいない。まあ私なら暴力など振るわず高橋を社会的に抹殺するがね」

 前に聞いた若林の言葉が思い出され冗談に思えない台詞に克也は苦笑した。

「それで噂の件なのだが、実際はどうなんだ」

「あの噂は誤解です」

 克也は事の真相を細かく説明した。

「なるほど。新井君か」

「新井?」

「新井菜那。君がぶつかった相手の名だ」

 何でも菜那は常人では計り知れない思考の持ち主で、その突拍子もない行動で度々騒ぎを起こしているそうだ。しかし本人に悪気はなく明るく裏表のない性格で周囲からは好かれていてるらしい。それに見た目にそぐわず面倒見も良くクラス委員をしているとのこと。たしかに呆然としていた克也に踵を返し遅刻すると注意してくれたのは彼女だった。

「それで君はロリコンなのかい?」

「違います!」

「やはりな。君は私のような年上がタイプか」

「い、いや……」

「違うとでも?入ってくるなり私の胸や脚を舐めるように見てたではないか」

 その追い込むような笑顔に克也は「ご想像にお任せします」と答えるのが精一杯だった。


「事情は理解した。人の噂も七十五日だ。問題を起こさず過ごしていればいずれ噂も収まるだろう」

 喩えではあるが二ヶ月半もこの状況が続けば噂が収まるよりも先に自分の精神が音を上げるのではないかと克也は思った。

「そんなに心配するな。女子高生の噂話なんて日々更新される。古いものはすぐに淘汰されるさ」

「はぁ」と力なく返事をする克也に、「練習着は持ってきているのだろう。体を動かして気分転換してこい」と虎子に言われ生徒指導室から送り出された。


お読みいただきありがとうございます。

次話もご一読いただければ幸いです。

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