大人になったエジワルド殿下の一コマ
重い本編と違って軽い内容になっています。世界観が崩れる可能性がありますのでご注意ください。
僕はベリル。公式にはエジワルドだが、育ての父と母がつけてくれたベリルこそが真実の名前だと思っている。
そんな僕も二十七歳になり、父王の後継として日々精進し、王子としての役目を全うしている。
生まれた時から六歳まで庶民として育ち、民の生活や苦労を身を以て知る未来の王として国民の人気も高い。
過去に大きな危険に晒されていたとは言え、現在の僕は順風満帆といえばその通りなのだけれど。
「あの、殿下。こちらの書類に不備でも御座いましたでしょうか?」
「……うん」
不備はないよ。大雨で度々氾濫する河川の治水工事について、予算も工期も適切で、あとは僕が署名すればいいだけになってる。この工事の責任者になる男が心配そうに眉を下げているのは、僕が書類を前に難しい顔をしているからだろう。
僕はペンにインクをつけて最初の一文字を記したが、そこで手が止まっていて紙にインクが滲んでいる。
だってしょうがないだろう? 僕の思考は一回り年下の可愛い可愛い妹、今年十五になったクラーラの恋愛問題でいっぱいなのだから。
クラーラは育ての父と母との間に生まれた僕の妹だ。僕とは血の繋がりがないせいで王城で育つことはできなかったけど、僕にとってはとても大切な、目に入れても痛くない可愛すぎる妹。
僕があまりにも妹を溺愛するものだから、口さがない者たちは僕が妹を側室にするのではと噂したりしているけど、そんなことは絶対にあり得ない。
あいつらには僕と育ての家族の絆を理解するだけの能力がないのだ。本当に無能。僕のクラーラに対する愛を邪なものに変えてしまう奴らには相応の報復をするとして……
今はそんなことよりもクラーラの恋愛問題。妹が恋をしている相手というのがよりにもよって双子の悪魔、セザール侯爵家の双子だって言うじゃないか。
許せなくて叫びたくなったけど、クラーラの前だから堪えたよ。あの双子を罵倒するのもクラーラの前だからぐっとこらえた。
悪魔の双子。
それはネイトおじさんの息子達で、僕より十歳年下の十七歳。悔しいことにクラーラの結婚相手としても年齢がぴったりだ。
あの双子のことは僕も大好きではある。小さい頃は「ベリルにぃさま」って、おんなじ顔で可愛らしく呼んでくれていた。
めちゃくちゃ一緒に遊んで遊び倒した。
庶民育ちの僕は貴族の子弟がやらないような遊びを二人に教えて……双子は乱暴者に育ってしまった。
庶民に交じって遊んで、喧嘩をして。その辺のガキ大将になって子供達を仕切っていたけど、弱い者虐めはしない、愛されるガキ大将だった。
その代わり悪い奴には容赦なく、兄は力で、弟はネチネチと精神的に相手を追い詰める、ある方面では悪魔の双子として有名でもある。
その乱暴者の双子がクラーラに危険な遊びを教えて。クラーラはおてんばな女の子に育ったけどそこは可愛いから許せる。
では何が許せないかって。
それはクラーラが恋い慕う悪魔の双子の兄、乱暴者のアベルが、成長するに従い女にだらしない来るもの拒まずのクズに成り果てたってことだよ!
寄宿学校に入った頃から女の子にモテた顔の良い双子は、嫌われ者の乱暴者から女生徒たちの憬れの的に早変わりした。
女の子にモテだした双子、特に兄のアベルは、次から次へと交際相手を取っ替え引っ替えし、女の子の憬れの王子様を演じて爛れた生活を送っているのだ。
僕も男だからわからないわけじゃない。双子がどんな交際をしようと、問題を起こさなければ別にどうでもよかった。
けどっ!
それもクラーラが絡まなければだけどね!!
クラーラは女性の扱いに長けたアベルに心を奪われて。幼馴染という立場もあって少しずつ恋心を募らせていったらしいのだけど。絶対にあの悪魔が不要な色目をクラーラに向けたに決まっているんだ。
そうじゃなきゃ僕の大事な大事な可愛いクラーラが、「ねぇお兄様、アベルの心を射止めるにはどうしたらいいと思いますか?」なんて、頬を染めて瞳を潤ませ助言を求めてくるなんて絶対にあり得ないから!
僕は怒りのあまり手元にあった書類をぐしゃりと掴んで丸めるとゴミ箱へ叩きつけるようにして投げつけた。
「でっ、殿下ッ!?」
聞こえてきた怯えた声に我に返る。
あ、いけない。僕は今エジワルドで、未来の王として政務に勤しんでいるのだった。
「悪かった。あなたに怒っているのではないよ」
僕はゴミ箱からそれを拾うと、くしゃくしゃになったシワを伸ばして丁寧に署名する。
このままではいけない。これからも理想の王位継承者でいるために外出でもして心を落ち着けるとしよう。
僕は急ぎの仕事だけを手早く済ませると、城を出て育ての両親と妹が住まう屋敷へと向かった。
今夜は母の料理を堪能して、クラーラの寝顔を見届けるまで城には帰らないと決めて。