第74話 大事件
フリーズランドを後にして、一路龍族の里を目指す。
馬車の中では、サクラ達が雪子を囲んで談笑している。
しているのだが……
「あのさぁ……」
「うん?」
「もしかしてだけど、アンタまだお嫁さん増やす気なの?」
「いや、俺にそんな気はないんだけど、なぁ……」
「あたしは別にいいと思うんだけど、増えすぎると困るのって、アンタじゃないの?」
「う、うん、そうだね。」
「でさ、どうすんのよ。」
「どう、とは?」
カスミに思いっきり後頭部をたたかれた。
スパーン!と、小気味良い音がしたよ。
見ると、カスミの手には緑色の便所スリッパがあった。
なるほど、いい音するわけだ!
じゃねえよ!
どっから持ってきたんだ、そんなもん!
「もう、サクラとローズと、リサとアタシと、アルチとシャヴィはもういいとしてだよ?」
「うん?」
「ピコとサダコとユキはどうすんのさって聞いてんの。」
「どうって、お前……」
「あとさ、アンタも薄々気付いてるだろうけど、フランもお嫁さん狙ってるからね、あれ。」
「うーん、いや、そうだなぁ。」
気にしてはいるんだよ。
でもさ……
「いや、だってさお前、この後俺、死にに行くようなもんだろうよ。死ぬ気はないけどさ。」
「バカねー、だったら尚更なんじゃないの?フツー?」
「うーんとさ、もし俺になんかあったら、みんな、その、未亡人になっちゃう訳じゃん?」
「は?」
「それってさ、何か申し訳ないなーって思うんだよ。」
「ま、まぁ、そういう見方もあるけどさ……」
「大切な人が居なくなった、その悲しみってさ、癒えないんだよ。痛感してるんだよ。」
「……それは……まあアンタは特にそうかも知れないけど。」
「だから、いまいち踏ん切りがつかない。」
「だけどね、タカヒロ。」
「うん?」
「結婚していようがいまいが、想っている人、大切な人には違いないんだよ?」
「あ……」
「だったらさ、その、絆というか、証というか、形があったほうが良いと思うけど。」
「…………」
「それにさ、アンタ生きて帰ってくるんでしょ?」
「……ああ、もちろんだよ。」
「その間は気になるけどさ、みんなアンタときちんとした絆が欲しいと思ってるんじゃないかな?」
「…………」
「ま、こればっかりはアンタが決める事だからさ。無理強いはしない、というかできないけどさ。」
「カスミ……」
「しっかりしなさいよね。」
「お前にはそんな気苦労ばっかりかけてるな、ごめん。」
「いっ、いいんだってば、そんなの。もう……これも、嫁の役目、なのかな?」
という会話をカスミとしていたんだけど、いつの間にか荷台の中は静かになっていた。
うん、マズイね。聞かれてたね、しっかりと。
恐る恐る荷台の方を振り返ると……
ピコと、雪子が。
期待に目を輝かせ、祈るようなポーズを取って。
俺を見つめている。
その後ろには……
微笑み?なのか?
そんな感じで優し気に微笑んでいるサクラとローズとリサとアルチナとシャヴィがこっちを見ていた。
んで、何故かフランまでそこにいた。
あなた、さっきまでファルクの御者台にいたんじゃ?
「えーと、その……」
「…………」
「うん、わかったよ。でも、きちんとしたいから、この話はまた後で、でよいでしょうか?」
「「「「「「「 キャー!!! 」」」」」」
それからは荷台はもう大騒ぎだった。
馬車を引く馬も呆れているようだったよ。
「にひひ、でもあれだよね、アンタもシチュエーションに拘るよね。」
「いや、そりゃまぁ、な。男ってこういう所は女よりこだわるんだぜ。」
「確かに、そうかも。」
「そういや、お前にも言ってなかったな。実は俺、元々女性不信なんだよ。」
「へー意外。なんで?ねね、なんで?」
「あーその話はまた後でな。」
「すげー気になる!」
そんな話をしながらも、馬車は龍族の里に到着した。
マリューさんの計らいで美味しい夕食を頂き、食休みしている時だった。
ファルクが俺の所にやってきて
「ご相談があります。」
と何やら真剣な表情だった。
「ど、どうしたんだ?」
見ると、ラファール、クフィルさん、フラン、と勢ぞろいしている。
できれば、サクラとローズも交えて相談がしたいとの事なので、マリューさんにお願いして会議室を借りることにした。
そして俺とサクラとローズ、そしてファルク達が会議室に集まった。
「で、相談って何?」
「はい、タカヒロ様、フランを貴方の一行に加えていただけませんか?」
「へ?」
「できれば、今後ずっと、という事で。」
「ちょ、ちょっと待て、どういうことだ?まさかフランをクビに?」
「えーっとですね、結果的にはそうなります。ですが、フランだけではありません。」
「は?」
「もしや、ファルク様達は解散する、という事ですか?」
「……はい。」
「え?お前、英雄辞めちゃうの?」
「あ、いいえ、そうではありません。僕は英雄としてやるべきことは残っていますので辞めません。」
「じゃあ、どういう……」
「順を追って説明します。」
ファルクの話はこうだった。
元々このパーティーは対魔族への警戒を軸にしたパーティーだったそうだ。
魔族との争いが事実上回避できている現状、このパーティー編成の意義は薄れてきた。
そこに来て、先日のアインフリアンでミト、もとい姫神子からラファールに、正式に姫神子の継承を命じられたそうだ。
クフィルさんは元々ロマリア連邦のとある国から借用契約したメンバーで、もうすぐ契約期間満了になるとか。
解散の理由はこうした事情なのだが、ファルク的にはそろそろ対魔族ではなく、治安維持へとシフトすべき、との思惑もあったと。
「なるほどなー。それはわかったけど、なんでフランをウチに?」
「本人の希望もあります。しかし、僕としてはやはり、タカヒロ様が心配なんです。」
「ん?心配はありがたいけど……」
「僕はおそらく、ここから先タカヒロ様の助けになることはできないと思っています。」
「まぁ、戦力的、というよりも内情的に、という事、か。」
「はい、その面が強いです。が、補助的な面ではフランならまだまだタカヒロ様を支えていけると思います。」
「あー、まあ、なぁ。」
「それに何より、僕はあなたにどんな形であれ、力になりたいんです。」
「……なるほどな。」
つまり、単なる厄介払いではなく、かといって喧嘩別れっていう訳でもない。
丁度解散予定のタイミングが今と重なった、という事か。
ふと、フランを見る。
いつもの雰囲気とは全然違う。
こんなフランを見るのは初めてだ。
きっと、さっきまでファルク達と話をしていて感極まって泣いたんだろうな。
目が赤くてはれぼったくなっている。
「ところでさ、ファルク。」
「はい?」
「このパーティーを解いて、何でまた新たな人財を集めるんだ?」
「それについては、僕の役目、というものも関係しています。」
「役目?」
「はい。各国の王との確約もありまして、定期的に人員を入れ替えて、有能な人を育てる、という役目も担っていたのです。」
「ということは、今回のそれは」
「はい、クフィールがそうです。」
「なるほどね。」
これは、いわゆる転換期ってやつなんだろうな。
人類にとって一番の脅威だった魔族は、まだ先の話だが脅威の対象からは外れる。
それに代わるもっと大きな脅威が迫っているが、これは公言できるわけもなく、その対処は俺が一身に背負う。
となると、英雄の立ち位置としては外向的でなく内向的なものになる。
ラファールとクフィルが離脱するのは理由が理由だけに仕方がないが、残ったフランは中途半端な立場になりかねないな。
それに、俺の気のせいかも知れないけど、フランは何かファルクにも言えない事情を抱えている様にも思える。
まぁ、これは俺の勘だけど。
「タカヒロ様……」
「サクラ、ローズ。今の話って、国家的にはあり得る流れなんだよな?」
「そうね、英雄としては今後はどっちかっていうと国を跨いでの治安維持も必須になるでしょうしね。」
「ラディアンス王国としても、自国の兵士、騎士団だけでは解決できない問題も、実際ありますので。」
「なるほどね。よくわかったよ。」
「では?」
「ああ、フランは俺が預かる。俺たちの一員として迎えるよ。」
そう言った途端
「ふ、ふぇええええん……」
フランは声を上げてぼろぼろと泣き出した。
普段の彼女からは想像もできない程、泣きじゃくっている。
ラファールとクフィルがフランに寄り添い、慰めているのがちょっと微笑ましく思えたのは今は内緒だ。
「タカヒロ様、ありがとうございます。」
「いや、礼なんてすんなよ。困ったらお互い様だろ?」
「……はい。」
俺は右手を差し出した。
ファルクはそれに気づき、同じく右手をだして、かたく握手を交わした。
いつものボディタッチのような感じはなく、しっかりと英雄の雰囲気を纏ったままだった。
握りあった手が熱かったのは、きっと忘れない。
お前はやっぱり、英雄だよ。
という事で、フランは俺たち一行の正式なメンバーとなった。
いや、そもそもそんな正式な、とかないけども。
ともあれ、英雄一行の解散はまだ先の話ではあるものの、当面は俺たちに加わることにしたそうだ。
「あー、なんかこう、怒涛のように次から次に、いろいろ起こるなぁー。」
湯に浸かり、そんな感想を言いながらゆったりと空を見上げる。
結構な時間話していたようで、もう誰も温泉に浸かりにはこない。
俺一人だ。
と、思ったのだが。
「ふむ、やはりここにいたか、主様。」
「サダコか。」
「うむ、温泉はいいの。心が洗われる感じがする。」
「あはは、そうかもな。」
静かな時間が流れる。
お互い、何も言わずにゆっくりと浸かっていたのだが。
「なあ、サダコ。」
「ん?」
「サダコはさ、この世界にきちゃって本当によかったのか?」
「ふふ、今更じゃな。うむ、この世界も気に入ったぞ。来てよかったと思えるほどには、の。」
「そうか。」
「どうしたんじゃ、急に?」
俺は、サダコの前に行くと、正面からサダコの顔を見据えた。
「サダコ、変な事に巻き込んじゃって、ゴメン。」
「それも、今更じゃが……主様?」
「サダコ、俺を今後も支えてくれ。一緒にいてくれ。伴侶として。」
「んなッ! なッ!!」
シーンとした浴場内で、湯が流れる音だけが響いている。
数秒、いや、数十秒、こうしていただろうか。
「主様よ、それはワシが後々苦しむと、わかって言っているのであろうな?」
「こればかりは、謝るしかない。どうしたって、俺の方が先に死ぬ。お前を残してしまう。」
「それなのに、ワシにそう言うか?」
「ああ、これは俺の気持ち、わがままだ。でも、せめて、自分に正直でいたい。」
「たわけめ、そんな目で言われて、断れるわけが無かろう……」
「サダコ。」
「良いぞ、そのかわり、主様が生きている間は、ワシを幸せにするんじゃぞ。」
「ああ、もちろんだよ。」
「むう、これではどっちが幸福の使者なのかわからんではないか。」
湯船の中で手を取りあい、しばらくの間湯の流れる音を二人で静かに聞いていた。




